第51話 師匠からの卒業


「オスカー先生!!」


 馬車から降りたオスカー先生を見て、私は走り出した。


「久しぶりですね、フレイヤ。会いたかったですよ」

「私もです! 抱きついても良いですか?」


 今、必死に我慢している。

 オスカー先生は大人の男性で肉親ではないから、一応確認した。だって、二年ぶりの再会だ。オスカー先生にもずっと会いたかった!


「フレイヤは十三歳になったんですよね。世間では淑女扱いされる年齢です。家族以外の男性と無闇に触れ合うのは良くありません」

「無闇じゃないです。オスカー先生は私にとって家族同然です!」


 オスカー先生が小さな溜め息をついて言う。


「仕方ないですね。少しだけですよ」

「はい!」


 オスカー先生に抱きつく。

 お帰りなさい。やっと帰って来てくれた。

 あー、やっぱり痩せている。お父様も痩せていたし、前線は想像以上に大変だったと思う。


「フレイヤ、そろそろ」

「あ、すいません。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそです。家族同然と言ってくれて嬉しかったですよ」


 私はエヘヘと笑う。

 オスカー先生に会えて嬉しい。それに、今日は久しぶりの稽古だ。頑張ろう。


 すると、オスカー先生がじっと私を見ていた。


「どうしました?」

「この二年間でとても強くなったようですね。一人の鍛練だけではないはずです。何か大きな出来事を経験しましたか?」


 少しドキッとする。確かに色んなことがあった。


「どうして分かるんですか? お父様も気づいてなかったのに」

「老兵の勘というやつですよ。マルクス団長も気づいているはずです。マルクス団長はフレイヤの父親ですから」

「そうですか……」


 私はカロン様と手合わせをしたことだけを語った。

 貧民街に行っていることは今でも内緒にしているから、打ち明けなかった。

 あ! でも、ソフィアから手紙が来るかもしれない。驚くし、理由を訊かれるはず。デビュタントで仲良くなったことにすれば良いか。


 ペシッと頭を叩かれてはっとする。


「オスカー先生?」

「今は私と話をしているんですよ。以前から言っていますが、人と話をしている時に自分の世界に入らないでください」

「すいません」

「これでは本当に成長したのか分かりませんね。木剣を取りなさい」

「稽古ですか?」


 私は嬉しい気持ちで訊いた。


「いいえ、勝負です。私と本気で戦ってください」

「え? 勝負ですか?」

「はい。私は全力で戦います。今のフレイヤの全力を見せてください」


 驚いたけど、オスカー先生の全力を見てみたい。私、本気のオスカー先生と戦いたい!


「私への恐れはないようですね。マルクス団長からは許可を取っています。一度だけなら魔力吸収の連続使用を認めましょう。二度目を使った時点でこの勝負は終了です。始めましょうか?」

「はい!」



 ◇◇◇



 木剣を構えると同時に魔力吸収と魔力操作を完了させる。魔力の感知能力を引き上げるために、特に目へ魔力を集中させた。

 オスカー先生の魔力は赤黒く、体全体を覆うのがぼんやりと見える。格上の相手と戦う時は魔力感知の力がとても重要だ。カロン様と戦う時はそんなことを考える余裕がなかった。


「行きます!」

「来なさい」


 間合いに入って、横薙ぎの一撃を放つ。

 初撃全力だ!

 オスカー先生が木剣で私の攻撃を止める。


 一撃で決まらないのは想定内だ。そのまま連続攻撃を放つ。オスカー先生に反撃の間を与えない。

 連続攻撃の動作を速めるけど、オスカー先生は木剣を少し動かすだけで全て止める。


 どうして!?

 攻撃をしている私が後ろに下がっている。私が押していたはずなのに。


 魔力感知!

 オスカー先生が動く。一瞬で右腕に魔力が集中する。


 咄嗟に後ろへ下がって木剣を斜めに構えた。木剣が振り下ろされて、剣先でオスカー先生の攻撃を逸らす。


 凄く重い!

 剣先が当たっているだけなのに、木剣を落としてしまいそう。何とか躱すことができたけど、腕が痺れる。

 たった一撃でこの威力。これがオスカー先生の初撃全力。


 間合いが開く。オスカー先生の圧力が凄くて、飛び出せない。じりじりと後ろへ下がってしまう。


 オスカー先生が来た!

 魔力感知で先読み。連続攻撃を木剣で防ぐ。攻撃全てが重い。


 このまま下がり続けるのは駄目だ。

 右からの攻撃を木剣で受け止めて、左からの攻撃にオスカー先生が切り替える。

 今!

 防ぐのが難しい足を狙って、木剣を振るう。


「甘い!」


 オスカー先生がその場で跳躍して私の攻撃を躱す。木剣が空を切った。


 上を向いてオスカー先生を確認する。

 高い跳躍だけど、意味がない。どうしてあんなに高く跳ぶの?

 オスカー先生を見たまま、後ろへ下がって体勢を立て直す。

 急にオスカー先生の両脚に魔力が集まり始めた。かなりの魔力量だ。両脚が赤黒く染まっている。


「甘いと言ったはずです!」


 あの脚で何をするの?

 オスカー先生は空中で回転すると体を私の方に向けて、両膝を胸の位置まで上げる。

 そして、空を蹴った。

 私の方に向かって勢い良く翔んで来る。


 速い!

 木剣が振り下ろされる。

 瞬時に腕と脚に魔力を集中させてオスカー先生の攻撃を木剣で止めた。攻撃の威力を完全に吸収することは不可能。後ろへ大きく下がって膝をついた。

 あの動きはおかしいでしょ!


 オスカー先生の脚はまだ赤黒く染まっている。

 まさか…… 消えた!


 右から木剣が迫る。

 もう私の側に! 必死で攻撃を止める。

 魔力感知で追う。今度は上から!?

 横っ跳びで攻撃を躱す。


 目では追えている。先読みもできている。だけど、動きがでたらめだ。

 跳躍すると空中を滑空して、攻撃をしてくる。

 と思えば、とんでもない速さと俊敏さで色んな方向から攻撃をして来る。

 でたらめな動きを可能にしているのはあの赤黒い魔力だ。魔力が脚から溢れ出して、その魔力を蹴って速度を上げながら移動している。


 この動きがいつまでも続くとは思えない。オスカー先生の両脚から魔力は確かに減っている。

 どんな強者でも必ず隙はある、オスカー先生自身の言葉だ。それまで私がオスカー先生の攻撃に耐える必要がある。


 覚悟を決めて、私は呟く。


「魔力吸収、魔力操作」


 新たな魔力を空気中から吸収、身体能力を向上させる。


 オスカー先生がまた宙を舞い、空を蹴った。速いけど、今度は対応できる。


 私の右肩を狙って木剣が振り下ろされた。半身になって躱して、そのまま左手だけで横薙ぎの一撃を放つ。


 オスカー先生は木剣で受け止めるけど、重心を崩して地面に転がった。

 今が好機! 私は追撃する。


 木剣を全力で振り下ろす。

 オスカー先生は木剣を両手で支えて私の攻撃を止める。

 力比べだ。

 オスカー先生はしゃがんだまま。しかも、両手を使って何もできない。このまま押しきって……


「うわっ!」


 砂が目に飛んできた。

 目を擦って、砂を取る。


 最悪! 目潰しだ! いつの間に砂なんて。

 あの時か! 転がった時に砂を掴んだ。


 今のオスカー先生は全盛期ではない。

 その分、狡猾で思慮深い。さっきも私の油断を狙ってきた。

 どんな手を使っても勝て、って前に言われたけど、この勝負で改めて教えられている気がする。オスカー先生は凄い先生だ!


 赤黒い魔力はオスカー先生の脚に残っていない。あのでたらめな動きはできないはず。オスカー先生は限界なのだろうか?

 正直、私は次で決めないと動きなくなる。


 魔力操作で腕と足を強化する。

 私は一気に駆け出した。オスカー先生は木剣を大きく上に上げて待ち構えている。


 間合いに入ると、木剣の振り下ろしが来た!

 私は右足をもう一歩踏み出して、腰の回転を活かし、左方からやや右上に木剣を振り上げる。

 重い! けど、これを弾いて、二撃目に繋げる。オスカー先生に勝ちたい!


「ヤアァァァー!!」


 木剣を弾いて、その反動でオスカー先生が後ろへ下がる。

 前への勢いはまだ残っている。前に進め!

 木剣を振り下ろして右肩に当たった。

 私の勝ち!


 かと思ったけど、左肩がじんわりと痛む。 そして、私の木剣が剣先からバキバキに折れた。


「相打ちですね。フレイヤ、お見事です」


 オスカー先生の木剣が私の左肩に当たっていた。木剣は折れていない。確かに相打ちかもしれないけど、私の負けだ。


「ここまで強くなりましたか。嬉しいようで寂しいですね。もう私から剣術について教えることは何もありません」

「もう稽古をつけてくれないということですか?」

「稽古はつけませんよ。フレイヤはもう既に私と互角の実力を持っています」

「互角なんて、私はまだまだです」


 オスカー先生が真剣な表情で言う。


「フレイヤ、良く聞きなさい。今のフレイヤの実力は並の帝国騎士よりも遥かに強い。そして、まだあなたは十三歳です。私やマルクス団長よりも強くなるでしょう。ですが、強さに驕れてはいけません。今の気持ちを大切にしなさい。強き者には必ず責任が伴い、その強さを正しいことに使わなければならない。分かりましたか?」


 本当に稽古は終わりなんだ。オスカー先生に認められた証でもあるけど、やっぱり寂しい。


「はい。強さに驕れず、もっと強くなって、私の強さを正しいことに使います」

「良い答えです。稽古が終わったので、この調子で勉強も頑張りましょう」


 私は首を傾げる。


「ん? 勉強ですか?」

「コルネリア夫人から聞いてますよ。私がいた時よりも勉強をする時間が減ったそうですね」

「いや、そんなことは……」


 確かに勉強の時間を少し減らして鍛練の時間を増やしていた。

 お母様、気づいていたのね。一人だと勉強しても楽しくないからサボっていたんだけど……


 オスカー先生が優しそうな笑みを浮かべて言う。


「明日からサボっていた分の勉強を取り戻しますよ」

「はい……」


 オスカー先生、勉強はお手柔らかにお願いします。



















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