第50話 皇后陛下のお茶会


 メイドに案内されてついて行く。

 ここは帝城の敷地内にある皇后の離宮だ。貴族夫人たちを呼んで、お茶会を開く時に使うらしい。持て成すための豪華な造りにはなっているけど、彫像品は少ない。全体的に明るく温かい印象がある。


「あちらで皇后陛下がお待ちです」


 メイドに案内された場所は離宮の庭だった。

 礼を言って、一人で先に進む。


 池の近くにテーブルと椅子が置かれて、その椅子に皇后が座っている。周りにはメイドが数人控えていた。


 私はドレスの裾を摘まんで皇后に挨拶をする。


「皇后陛下にご挨拶を申し上げます。本日はお招きいただきありがとうございます」

「来てくださってありがとうございます。会えて嬉しいです。どうぞ座ってください」

「失礼致します」


 音を出さずに椅子を引いて座る。

 ふー、上手くいった。

 礼儀作法についてお母様と何度もお復習さらいをした。もうしたくない。お母様、厳しいから。


 目の前に皇后がいる。

 緊張して失敗するかもしれない。気をつけよう!


「このお茶会は非公式なので緊張しないでください。礼儀作法も気にしなくて構いませんよ。気楽に話してもらいたいです。フレイヤとお呼びしても良いですか?」

「あ、はい」

「フレイヤは甘いお菓子はお好きですか?」

「好きです」

「良かったわ。色んなお菓子を用意しましたから、是非食べてみてください」

「はい、いただきます」


 一番近い皿からクッキーを一つ取って口に入れる。

 サクッとしたクッキーでレモンの香りがする。それに、プチプチとした食感も。この食感はケシの実だ。


「美味しい」


 思わず言葉が漏れてしまった。


「フレイヤもケシの実が好きですか?」

「はい。このプチプチとした食感が面白くて好きです」

「そうですか。ダニエラも同じようなことを言っていましたよ」


 皇后はずっと私に微笑みを向けている。

 ダニエラお母様とどんな関係だったんだろう?


「その青のドレスも良く似合っていますね。ダニエラも青のドレスが良く似合っていました。本人は明るい赤系統のドレスが好きだったようですが」

「え!?」

「どうしました?」

「いや、私と同じだなと思って。私も赤系のドレスが好きなんです」

「それは嬉しいことを聞きました。ダニエラも自分の娘と同じで喜ぶでしょう」

「あの、質問宜しいですか?」

「もちろんですよ。何でも訊いてください」

「私の母とはどういったご関係だったのでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい。私からずっと一方的でしたね。ダニエラのことを話しましょうか。私の父のことは知っていますか?」


 お母様に教えてもらったからちゃんと覚えている。


「エディントン侯爵ですよね」

「そうです。私は十二歳の時、エディントン侯爵の養女となりました。それまではボグルド男爵の娘として暮らしていました」


 養女なの!? 養女の話は知らなかった。お母様も言ってなかったから。ボグルド男爵の名前も聞き覚えがない。地方の貴族だろうか?


エディントン侯爵養父に子がいなかったので、分家の私が養女となったんです。それまでの間はボグルド男爵実父の領地ドロルで暮らしていました。帝都から離れた小さな領地です。実父と仲の良い子爵がいまして、私はその子爵の娘と仲良くしていました。その子は私よりも歳下で、私のことを姉のように慕ってくれていました」

「その子が私の母ですか?」

「はい、ダニエラです。フレイヤとダニエラは良く似ています。私は以前からこうしてあなたと話をしてみたかったんですよ」

「私と話を…… ありがとうございます」

「私も立場があるので、頻繁にあなたを招待することはできませんが、これからも交流を続けて欲しいです。構いませんか?」


 は良い方だと思う。

 私の緊張を解すためにゆっくりお話しをしてくれている。ダニエラお母様のお話をする時は朗らかな表情をしていた。

 私もダニエラお母様のことは興味がある。


「もちろんです。私で良ければ。私の母はどんな人でしたか?」

「いつも元気でしたよ。元気過ぎて令嬢としての振る舞いを忘れる時があったくらいです。それでも、不思議な魅力に溢れていて皆が好きでした。騎士になってからもそれは変わらなかったと聞きます。お互いの立場上、交流は難しかったですが、私はいつもダニエラを想っていました。でも、まさか病気で逝ってしまうなんて。あっという間だったと聞きます。周りを悲しませる暇を与えないのが、あの子らしいというか…… ごめんなさい。フレイヤの前でする話ではありませんでした。許してください」


 皇后陛下はダニエラお母様を想って涙を流していた。本当に好きだったことが私にも伝わる。

 ダニエラお母様を想ってくれて、ありがとうございます。


「お母様、どうして泣いているの?」


 声の方を見ると、金髪の小さな女の子が立っていた。



 ◇◇◇



 あの子は誰?

 サラッとした金髪にぷっくりとした赤い頬に、色白で細身。イリアと同じ歳頃に見える。そして、イリア並に可愛い。


「リーゼ、どうしたの? もしかして、また抜け出して来たの?」

「ミュトス教の教義なんてつまらないです。全部暗記したので、いつまでもやりたくありません! そんなことより、お母様を泣かせたのはコイツですか?」

「またコイツって、汚ない言葉を使うんじゃありません。ごめんなさい、フレイヤ。この子は私の娘でリーゼロッテ。今年八歳になったんだけど、ちょっと元気過ぎて」

「この人は誰なんですか?」

「私の大切な友だちの娘よ。ほら、挨拶をして」

「分かりました」


 皇女殿下がドレスの裾を持って私に挨拶をする。


「リーゼロッテ・フォン・ドルトゥ・ロギオニアスです。よろしくお願い致します」


 上から見下ろしての挨拶は失礼に当たるので、私は急いで最敬礼を返す。


「ルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します。本日は皇后陛下に招待していただき、お邪魔しております」

「ルーデンマイヤー伯爵の娘!? あの慈善貴族!?」


 馬鹿にされたのかと思ったけど、皇女殿下の表情はキラキラしている。まるで憧れの人物に会ったような感じだ。これは馬鹿にされているの?


「はい、そうです」

「そうなのね! ミュトス教の教義なんかより、こっちに来て正解だった。本当に凄い! ルーデンマイヤー伯爵の娘に会えるなんて、とても光栄。最高よ! コイツと言って悪かったわ。本当に最高ー!」


 どうやら喜んでいるみたいで、皇女殿下が何度もその場で跳び跳ねている。全然意味が分からない。どういうこと?


「リーゼ! 私、怒りますよ。客人の前で騒がない! フレイヤが驚いているでしょ。話をするならここに座りなさい」

「はーい!」


 確かに驚いている。皇后陛下の怒鳴り声に。母親はどこも同じなんだなと思う。


 皇女殿下がようやく座ると、皇后陛下が私に言う。


「ごめんなさい。リーゼと話をしてあげてくれる? フレイヤのことを気に入ったみたいだから」

「はい、私も皇女殿下とお話をしたいです」


 皇后陛下がどうぞと言うと、皇女殿下は嬉しそうな表情で話を始める。


「私ね、ルーデンマイヤー伯爵は尊敬している方の一人なの。民に優しくできる稀有な貴族だわ。フレイヤはルーデンマイヤー伯爵から民への接し方を何か教えられているの?」


 お父様を慈善貴族と言ったのは尊敬しているからだったのね。でも、民に優しくって、皇帝の娘が言うの?


「直接の教えは受けていませんが、お父様の行動から学んでいるつもりです」

「そうなのね! じゃあ、フレイヤも民に優しくできるの?」


 その言い方は上から目線な気がする。何と言おうか……


「優しくすべきではあると思いますが、お父様であれば、民と共にありたいと言うはずです」


 皇女殿下はぽかーんとした表情になる。

 もしかして、怒ってる? 失礼だったかな?


「凄いわ! その答え、好きよ! 正に持てる者の義務を言ってるわ。ああ、私、上から目線で恥ずかしい。布団があったら隠れたい。共にありたいからこそ、持てる貴族が民に優しくすべきなのね」


 何が凄いのか全然分からないけど、お父様をお褒めてくれるのは嬉しい。私の言ったことも伝わってくれたようだ。


「ありがとうございます」

「何がありがとうなの? 私こそありがとうよ。これから私のことはリーゼと呼んで。特別に許すから!」


 皇女殿下のことを名前で呼ぶのは駄目だと思う。


「公式の場以外なら良いですよ」

「良いんですか?」

「構いません。私のこともフロレンシアと呼びませんか?」

「それは駄目です! 畏れ多いです!」

「そうですか、残念です……」


 皇后陛下が本当に残念そうにするので少し困った。

 三人で歓談を続けていて気がつくと、もう帰る時間になってしまった。


「皇后陛下、リーゼ様、本日は楽しいお時間をありがとうございました」

「私も楽しかったです。ダニエラのことを話せて嬉しかったです。何か困ったことがあれば言ってください。可能な限り、お力になります」

「ありがとうございます」


 リーゼ様も何か言おうとしているのか、もじもじとしている。


「フレイヤ、しゃがみなさい」

「あ、はい」


 リーゼ様と目線を合わせる。


「今日はとても楽しかったわ。今度来る時は妹も連れてきなさい。私ね、賢い妹に興味を持ったわ。名前はイリアね」

「はい、イリアです」

「今日のお礼をあげるから目を閉じて」

「目をですか?」

「早く!」

「はい」


 私は目を閉じる。お礼って何だろう?

 チュッ! と音がして、額に湿った感触を感じる。微かに温かい。額にキスをされた!?


「リーゼ様?」

「今日のお礼よ。感謝しなさい!」


 リーゼ様のぷっくりとした頬が真っ赤に染まっている。これは可愛すぎる!

 もう少しリーゼ様といたいけど、時間だ。


「皇后陛下、リーゼ様、本日はありがとうございました」


 私はドレスの裾を摘まんで深くお辞儀をしてこの場から失礼した。




















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