第四章 父の教え
第49話 おかえりなさい
屋敷の皆が掃除をしている。私たちだけ何もしていないのは嫌で、イリアと一緒に居間の模様替えを始めた。
「フレイヤ様、イリア様、何をされているのですか?」
机や椅子を動かしている私たちを見て、シオンが訊いてきた。
「お姉様と一緒にお父様が過ごしやすいように模様替えをしているんです」
「皆が屋敷の掃除をしているのに私たちだけ何もしないのって落ち着かないの」
「それが私たちの仕事ですので」
今日はお父様が帰って来る。予定よりも数週間早まった。クラウディオ団長も一緒に帰れることになったらしい。レオも喜んでいるだろうな。
「家具の位置は変えないとコルネリア様が仰っていました」
「模様替えをするの駄目なの? 私たちも何かしたいのに。そうだよね、イリア」
「はい。お父様に喜んで欲しいんです」
イリアが下を向いてしまった。
お父様が寛ぎやすいように模様替えをしようと言い出したのはイリアだった。お父様のために何かしたくて堪らないんだと思う。
「お二人がすべきことは他にあります。今からドレスに着替えましょう。美しい姿のお二人を見たら、マルクス様も喜ばれると思います」
「本当!?」
イリアが顔を上げて笑顔になった。
「はい、本当です。今から着替えましょう。フレイヤ様も宜しいですか?」
「ええ、もちろん。私、赤のドレスが着たいかな。お願いできる?」
「承知致しました」
◇◇◇
敷地ではドレスに着替えた私たちとルーデンマイヤー家の従者全員がお父様を待っていた。
私の横に立つお母様は明るい色のドレスを着ている。
「このドレス変かしら?」
「そんなことありません。とても素敵です。きっとお父様も喜びます」
「そう、良かったわ。早く帰って来ないかしら」
にこにこしてお母様はとても嬉しそう。お父様と会うのは二年ぶりだ。手紙のやり取りはずっとしていたけど、やっぱり、寂しかった。イリアは会いたいと言って泣く時があったし、お母様も目が真っ赤になって腫れている時が何度もあった。ようやくお父様に会える!
馬車が敷地に入って止まると、お父様が降りた。かなり痩せたように見える。
「マルクス!」
「え!?」
お母様がドレスの裾を持ち上げて走り出し、お父様に勢い良く抱きついた。お父様の姿を見て、我慢できなかったようだ。
お母様だけずるい。私だってお父様に早く会いたかった。
イリアと一緒に頷いて私たちも走り出す。抱き合っている二人にそのまま抱きついた。
私とイリアの言葉が重なる。
「「お父様、おかえりなさい!!」」
◇◇◇
お父様は疲れているようだったから、そのまま休むのかなと思っていた。一緒にいたいと仰ったので、私たちは居間で寛いでいる。
「まさかコルネリアが真っ先に僕のところへ飛び込んで来るとは思わなかったよ」
「もう言わないで。二年ぶりなんだから仕方ないでしょ」
「お母様もイリアと同じでお父様が大好きなんですね」
イリアの言葉にお母様が真っ赤になる。
「そうよ。私もあなたたちと同じでマルクスをずっと待っていたんだから」
お母様、凄く嬉しそう。お父様が帰って来てからずっと笑顔だ。
「それにしても、僕の娘たちはとても美しくなったね。もう世界一美しいよ」
イリアがお父様の膝の上に乗って体を預けている。甘えん坊は相変わらずだ。
「フレイヤもおいで。片方の膝が空いてる」
「私は……」
私はもう十三歳だ。イリアみたいに甘えるのは卒業してる。それに、お父様の膝の上に乗るのは恥ずかしいし。
…… 二年ぶりだから良いよね。
「重いですよ」
「フレイヤはまだ軽いよ。さ、おいで」
失礼しますと言って、お父様の膝の上にそっと乗る。
「お! 確かに少し重くなったね。成長した証拠だ」
「イリアはどうですか?」
「イリアも重くなっているよ。少し筋肉もついたかな。手紙で運動していると言っていたよね?」
「はい。毎日敷地を歩き回っています」
「うん、良いことだ。頑張ってるね」
お父様がイリアの頭を撫でた。ずるい、私もして欲しい。
「ずるいわ」
「え?」
言ったのは私じゃない。お母様の方を見る。
「何かしら?」
「何でもありません」
聞こえなかったふりをしよう。
楽しくお喋りを続けていると、敷地から馬車の音が聞こえた。
誰か来たのかな?
今日はお父様が帰って来る日だから、そんな日に来客の予定はしないはず。
「誰かしら?」
お母様もやっぱり覚えはないようだ。
「シオン、見て来てくれる?」
居間の外で控えていたシオンに頼むと、直ぐに戻って来た。馬車の帰って行く音がする。
いつもはそんなことしないのに、シオンが両手で手紙を慎重に持っていた。
お母様がシオンに訊く。
「どこの家からの手紙?」
「皇后陛下からの手紙だと使者の方に言われました」
「え? …… あ!」
デビュタントの時のことを思い出した。
ゆっくり話したいって皇后に言われたけど、あれ、本気だったのね。
「シオン、手紙をくれるかい?」
「はい」
シオンがお父様に手紙を渡した。
「手紙に国章の印が押されている。間違いようだね。フレイヤ、読んでも良いかな?」
「もちろんです」
お父様が手紙を読み終えて、私に渡す。
「フレイヤも読んでみなさい」
皇后からの手紙に目を通す。
内容は五日後に非公式のお茶会の誘いだった。あー、やっぱり。
「フレイヤには驚かされるよ。説明してくれるかな?」
返答に困って黙ってしまう。
ダニエラお母様のことだからお母様の前では言いにくい。
「言いにくいことなのかな?」
「はい」
「構わないから言ってみて」
「皇后陛下は私とダニエラお母様が似ているから気に入ったんだと思います。ご挨拶する時に言われました」
「そうだったんだね。でも、分からないな。どうして皇后陛下はダニエラのことを知っているんだろう? 皇后陛下とダニエラに接点があったかな」
お父様はダニエラお母様と皇后の仲を知っていると思った。
お母様のことが気になってちらっと見ると目が合う。
お母様が私の頭を撫でて言う。
「フレイヤは私のことを気にしすぎよ。ありがとう、私は大丈夫だから」
でも、お母様の前ではダニエラお母様のことを話題にしたくない。何だか気まずくなる。
「皇后陛下のお茶会はフレイヤだけなのよね?」
「はい、そうです」
「じゃあ、お茶会までに礼儀作法のお
「え、いいです。大丈夫です! デビュタントも終わったんですよ。今さらお復習なんて」
「やります! 皇后陛下に失礼があってはならないわ。私が鍛え直して上げる。フレイヤは稽古が好きでしょ」
お母様が本気の目でニヤリと笑った。
お茶会までの四日間はきっと大変だ。お母様が本気になってる。頑張るしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます