第47話 舞踏会 Ⅰ


 馬車はカルバーン侯爵領に入った。

 民家を通り過ぎる度に五芒星の旗が目に入る。聖女が現れたお祝いだ。

 デビュタントの翌日、ミュトス教会が聖女の存在を公表して、皇帝もその公表を直ぐに認めた。

 聖女がロギオニアス帝国に現れるのは数百年ぶりで、ミュトス教信者にとっては特別なことらしい。

 来月に聖女祭と呼ばれる祭りが帝国中で行われて、平民への減税も同時に行われる予定だ。喜ぶ平民は多いと聞くけど、とても短い期間で終わると思う。貴族が減税を我慢できないからだ。


 私はソフィアと友だちになったことをアンジェ様に伝えていない。アンジェ様へ不誠実になるかもしれないけど、悩んだ末に決めた。もし伝えたら、アンジェ様は伝えたことを怒ると思う。人との関係を大切にされる方だから。


「まだ怒っているのか?」

「別に」

「イライラしているのが分かる。伝え忘れていたのは悪かった」


 レオと一緒に行く舞踏会の主催者はカルバーン侯爵。侯爵のご息女、オリアナ様とは気まずい感じになっている。二年前のことだから、あっちは覚えていないかもしれないけど。


「本当に気にしてないから。今日はダンスもするんでしょ。レオは踊れるの?」

「当然だ。お前は?」

「それなりにね」

「そうか」


 レオの口数が少ない、表情も固い。緊張してるみたい。

 私がいるのに不安なの? レオのために頑張ってあげる。私に任せなさい!



 ◇◇◇



 帝都から二時間ほどで、カルバーン侯爵の屋敷に着いた。

 その間にいくつかの町を通ったけど、どこも活気があった。エイルリーナほどじゃないけどね。


「フレイヤ、手を」

「手? ああ、お願いします」


 レオの手を取って馬車から降りる。

 何か変な感じ。ちゃんとしなきゃ。もう私のふりは始まっている。


「レオ、ありがとう」


 可愛い笑顔を意識して笑った。


 驚いたようでレオが目を大きくする。

 どう? 可愛かった?

 何も言わずにレオが肘を曲げる。

 持てってことね。でも、可愛いくらい言ったら良いのに。本当に可愛く笑えたか不安になるでしょ。


 レオにエスコートをしてもらって侯爵の屋敷まで歩いて行く。

 会場は本邸に繋がる別邸の方で、続々と招待客が集まっていた。

 実は少し緊張している。デビュタントとは違う舞踏会に参加するのはこれが初めてだ。この舞踏会のことをお母様に伝えたら、伯爵令嬢として良い経験になるから楽しんできなさいと言われた。伯爵令嬢としてちゃんと振る舞いなさいってことだと思う。


 受付に招待状を渡して中に入る。

 煌びやかな会場で天井から大きなシャンデリアが吊るされていた。そのシャンデリアに照らされている会場の真ん中で男女が音楽に合わせて踊っていた。お酒を飲みながら会話を楽しんでいる人たちもいる。

 招待客が思い思いに舞踏会という社交の場を楽しんでいるように見えた。

 お母様の言葉をふと思い出す。社交界は貴族の戦い。気を引き締めよう!


「カルバーン侯爵に挨拶をして来る。フレイヤはどうする?」

「当然行くよ。私が一緒に行かないと、ここに来た意味がないでしょ」

「分かった、頼む」


 カルバーン侯爵を探していると、周りから視線を感じた。

 銀髪の私と黒髪のレオが一緒にいるから目立っている。私たちの髪色は珍しいからね。


 数人に囲まれて愛想良く話している男性がいた。どうやらあの方がカルバーン侯爵らしい。お父様よりも歳上に見えた。


 カルバーン侯爵が私たちの方に来る。


「久しぶりだな、レオンハルト君」

「お久し振りです。本日はお招きいただきありがとうございます」


 二人は初対面ではないようだ。クラウディオ団長も侯爵だし、それで繋がりがあるのかな?


 カルバーン侯爵が私を見て言う。


「おや、こちらは?」

「この舞踏会に私が誘った女性です。ルーデンマイヤー伯爵のご息女で、フレイヤ嬢です」

「そう、君が……」


 私のことを知ってる? 知ってても不思議はないか。お父様に指示を出せる人みたいだし。

 レオが紹介してくれたけど、私から改めて自己紹介をするべきだ。


 ドレスの裾を摘まんで挨拶をする。


「お初にお目にかかります。ルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」

「お会いできて嬉しいよ。私はジェード・フォン・カルバーンだ。フレイヤ嬢の父上、マルクス伯爵とは旧知の仲だよ」


 もしかして、カルバーン侯爵は騎士だったのかな? がっしりとした体つきで迫力がある。


「私も昔は騎士で、第十二騎士団にいたよ。マルクス伯爵は私の後輩だった。私は爵位を継いだ時に辞めたけどね。マルクス伯爵には感謝している。我々のために戦ってくれているのだから。もう直ぐ戻って来ることができるんだろう?」

「はい、楽しみにしています」


 先輩だったのか。それなら、お父様に指示を出せても不思議じゃない。


「君がこの舞踏会に来ると聞いて娘が嬉しがっていたよ。娘にも会ってあげて欲しい」

「…… 分かりました」


 カルバーン侯爵の前からレオと一緒に失礼する。


 オリアナ様に会うべきよね。訊きたいこともあるし。


「フレイヤ、大丈夫か?」

「大丈夫。行きましょう」


 オリアナ様は直ぐに見つかった。

 同じ歳頃の令嬢令息たちに囲まれている。声を掛けずらいな。


「レオンハルト様!」


 誰かがレオの名前を呼んだ?

 明るい茶髪の令嬢がレオの方に早歩きで来る。


「ディアナ嬢……」

「はい! ディアナです! レオンハルト様がいらっしゃると聞いて、直ぐに会いに来ました!」


 この方がディアナ様。

 当然のように自分の腕をレオの腕に絡みつけている。レオしか映っていない。私が横にいるのに無視だ。


「ディアナ嬢、紹介する。こちらはフレイヤ嬢。私が今回の舞踏会に誘ったんだ」

「レオンハルト様が誘った? この方を?」


 ディアナ様がきょとんとした顔で私の方を向いた。初めて私に気がついたみたい。

 相手は侯爵令嬢なんだから、私から自己紹介すべきよね。


 ドレスの裾を摘まんで挨拶をする。


「私はルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します。レオンハルト様に誘われて今日の舞踏会に参加することになりました」

「そ、そうなんですね。私はツヴァイク侯爵の娘、ディアナ・フォン・ツヴァイクと申します。その…… フレイヤ様はレオンハルト様とどういった関係なのですか?」

「関係と言うほどでもないですが、いつも仲良くさせてもらっています。お手紙は頻繁に送り合っていますね」

「レオンハルト様と文通……」


 何だかだんだん可哀想になってきた。ディアナ様の瞳が潤んでいる。

 私には無理!

 この諦めさせ方は酷い気がする。ディアナ様はレオのことが好きなだけ。何も悪くない。そもそも、レオが困っているのはアプローチの方法なんだよね。気持ちを抑えるのが難しいだけで、ディアナ様に悪気はないはず。


「レオ、ごめん。ディアナ様と二人だけで話をするから。そこで待ってて」

「は? おい!」


 私はディアナ様を連れて、レオの側から離れた。
























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