第46話 私のデビュタント


「フレイヤ、気をつけて行ってらっしゃい」

「はい、お母様。行って参ります」


 お母様に挨拶をして馬車に乗り込んだ。シオンも乗り込んで馬車が出発する。


 今日は私のデビュタント。私も正式に社交界デビューをする。

 いつのデビュタントに参加するのかは無作為に決まる。私は最後の方になってしまった。

 ロゼが三月にデビュタントを終わらせているので一緒に参加する友だちがいない。しかも、デビュタントは皇后フロレンシアに挨拶をすることになっている。何事もなくさっさと終わって欲しい。


「フレイヤ様、緊張されていますか?」

「ちょっとね。知っている人がいないし。皇后陛下の挨拶を終わるまで端っこで大人しくしてようと思うの」

「それは無理だと思います」

「どうして?」

「今日のフレイヤ様は一段と美しいからです。青のドレスが良く似合っています。ダンスの誘いが殺到するはずです」

「そうかな?」

「間違いありません。フレイヤ様の美しさに気づかない者はいません」

「それは言い過ぎよ」


 シオンは相変わらず私のことになると大袈裟に言うよね。褒めてもらえるのはいつも嬉しいけど。


 馬車が目的地に着いた。

 御者をしていたヘドリックが私の手を持って降りるのを手伝ってくれる。


「ありがとう、ヘドリック」

「とんでもございません。お嬢様の手を取れて光栄です」


 真面目なヘドリックが面白いことを言ったので小さく笑った。


「それじゃあ、行って来るね。悪いけど、二人ともここで待ってて」

「はい、お嬢様」

「承知致しました」


 私はドレスの裾に気をつけながらデビュタントの会場に向かった。



 ◇◇◇



 伯爵以下の令嬢のデビュタントは帝都内の宮殿で行われる。アンジェ様の十歳の誕生日会もここで行われた。

 この宮殿の名前は確か、ヴェルアノンだっけ?

 今日のデビュタントは十三歳の私たちにとっては社交界デビューの場になるわけだけど、皇后主催の舞踏会という扱いでもある。

 私よりも歳上の令嬢令息たちや貴族大人も普通に参加する。参加者は三百人くらいになるらしい。


 受付の人に招待状を渡して、会場の大広間に入る。

 ダンスの音楽が流れていて既に踊っている人たちもいる。前の壇上には皇后が座る豪華な椅子が設置されていた。

 三百人と聞いていたけど、もっと多そうな気がする。

 皇后に挨拶をして早く帰りたいと思っていたけど、しばらく始まらないと思う。始まるまで端っこの方に行こう。


「もしかして、フレイヤ様ですか?」

「え?」


 私に声を掛けた相手は聖女ソフィアだった。


「ソフィア様がどうしてここに?」

「私もこのデビュタントに参加するんです。やっぱりフレイヤ様は貴族のご令嬢だったんですね」


 ソフィアは純白のドレスを着ていた。本当に参加者らしい。ピンク色の髪と上品で優しそうな顔立ちが令息たちの目を集めていた。


「あ、はい。あの時は失礼致しました。改めて名乗らせてください。私はマルクス伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」

「改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ。ソフィア様も皇后陛下に挨拶をされに来たのですか?」

「そうなんです。皇后陛下がいらっしゃるまでご一緒しても良いですか?」

「…… 構いませんよ。あっちの方に行きましょうか」

「はい!」


 ソフィアと一緒に壁際へ移動した。

 平静を装っているつもりだけど、私は激しく動揺していた。

 皇后に挨拶をして、直ぐに帰るつもりだったのに。デビュタントにソフィアがいるなんて聞いてない! 何だか嫌な予感がしてきた。


「失礼、少しお時間いただいても宜しいですか?」

「はい?」


 令息二人が私たちの前に現れて話し掛けてきた。

 私よりも歳上に見える。


「私はベネム男爵の子、ザイロ・フォン・リュードラルと申します」

「私はブライト伯爵の子、ルティーム・フォン・ゲールゲンです」


 突然自己紹介!? どういうこと?


 二人が手を下から差し出す。


「「私と一曲踊っていただけませんか?」」


 まさかのダンスの誘い!? 私とソフィアに! どうしよう……


 横目でソフィアを見ると、あたふたして困っているようだった。


「申し訳ございません。大変嬉しく思いますが、今日は私たち誰とも踊る気がないんです」

「そうですか、残念です」


 二人は足早に私たちの前から去って行った。


「フレイヤ様、助かりました。ダンスはまだ教えてもらっていなくて。私のせいであの方たちには悪いことをしてしまいました。フレイヤ様も一緒に断って良かったのですか?」

「私もダンスが苦手なんですよ」


 少し嘘をついた。

 ダンスはそれなりにできるけど知らない人と踊るのは抵抗がある。それに、人前で踊るのは恥ずかしい。


「失礼、お話ししても宜しいですか?」

「え? はい……」


 またなの!?

 別の令息二人が私たちをダンスに誘ったけど、丁寧にお断りをした。


「フレイヤ様、見てください」


 気がつくと、私たちの前にちょっとした令息たちの列ができていた。全員、ダンスの誘い?


 他の令嬢たちにも令息たちの列ができていた。

 ソフィアがいるから、私たちの場所は他の場所よりも令息たちが多い気がする。

 私たちにとってはデビュタントだけど、令息たちにとっては大切な出逢いの場だ。

 誰もが真剣な表情をしている。舞踏会を甘く見ていたのかもしれない。

 全て断って令息たちの列がなくなると、会場が一気に静かになる。


 周りの人が頭を下げ始めたので、私もドレスの裾を摘まんで頭を下げた。


「頭を上げてください」


 凛とした声が会場に響き、私は頭を上げる。

 壇上にフロレンシア皇后がいた。そして、その横にカイル!?



 ◇◇◇



 皇后に挨拶をするために並んでいた。私の順番はもう少し後。私の次にソフィアだ。


 どうして皇后の横にカイルがいるの!? ソフィアと出逢ってしまう! どうしよう、どうしよう。良い案が全然浮かばない。こんなことになるなんて。


 私の番が来てしまった。

 ドレスの裾を摘まんで膝が床につくぐらい腰を落として皇后にお辞儀をする。


「皇后陛下、皇太子殿下にご挨拶申し上げます。私はルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」

「楽にしてください」


 皇后に許可をもらったので、立ち上がり頭だけを下げる。


 簡単な挨拶で終わりのはずだ。ソフィアとカイルのことをどうにかしないと。


「顔を良く見せてください」


 私の顔を見せる?

 公式の場で尊い存在である皇后の顔を直接見るのは不敬とされている。不敬に当たらないように頭を少し上げる。


「もっとです。私の目を見てください」


 え? それは…… 不敬に当たると思って躊躇ちゅうちょする。


「私がお願いしているのですから不敬には当たりませんよ。安心してください」


 ゆっくりと頭を上げた。

 皇后と目が合う。歳相応の皺はあるけど、美人だ。優しげな笑みを私に向けている。


「ダニエラに良く似ています。あなたが娘なんですね」


 ダニエラお母様を知ってるの!?

 ソフィアのことをどうしようか考えていたのに頭から吹っ飛びそうになる。


「今日は時間がないので、今度ゆっくりお話しをしましょう」

「は、はい」


 その発言に周りがざわつき、私も驚く。

 皇后が私のために時間を作ると言ったのだ。


 最敬礼して下がると、ソフィアの番になってしまった。

 少し離れた場所で周りと同じように聞き耳を立てる。


「皇后陛下、皇太子殿下にご挨拶を申し上げます。私はソフィア・ラド・ボーデヴィヒートと申します」

「そう、あなたが。挨拶に来られたのはどんな理由ですか?」


 皇后の声が少し低くなった気がする。あの優しげな笑みも消えていた。


「私のことを知っていただきたいと思いまして」

「十分に存じ上げています。ソフィア様、お会いできて光栄でした」


 ソフィアが他にも何か言おうとしているけど、皇后は取り合ってくれない。

 挨拶は終わりのようだ。他の令嬢との挨拶と比べても一番早く終わってしまった。

 皇后もミュトス教信者だから、ソフィアと仲良くすると思ったのに。

 ソフィアが下がろうとした時。


「ソフィア嬢、待ってくれ!」

「は、はい」


 カイルがソフィアに声を掛けた。

 何か話す気だ。どうにかして止めなきゃ!


「俺と一曲踊ってくれないか?」


 あー、やっぱりソフィアを誘った。

 本当に最低だ。気に食わないけど、お前はアンジェ様の婚約者。

 当然のように誘わないでよ! もう私が止めてやる!


「お止めなさい!」


 皇后の大きな声が響いた。

 もしかして止めてくれるの? ちょっと様子を見てみる。


「自分の立場を分かっているのですか? 軽はずみな発言は控えなさい」

「母上、そこまで仰らなくても。一曲踊るだけですよ」


 そういうことじゃないでしょ! カイルって馬鹿なの?


 皇后がじっとカイルを睨んだ。


「分かりましたよ。母上の横で静かにしています」


 カイルが折れた。

 これは安心しても良いってことよね?


 ソフィアが下がると、令嬢たちの挨拶が再開された。



 ◇◇◇


「フレイヤ様、今日はありがとうございました」

「そんなことないですよ。私もソフィア様がいて助かりました」


 皇后との挨拶が終わって、ソフィアも帰ることになった。またダンスの誘いがあったけど、全部断って一緒に会場を出た。


「馬車は来ていますか?」

「はい、あちらに」


 馬車の車体には暗がりでも良く分かる五芒星が刻まれていた。


「私はここで」


 立ち去ろうとすると。


「待ってください」


 ソフィアに呼び止められた。


「はい? どうしました?」

「私、トール様からフレイヤ様のお話を聞いたんです」


 トール様とソフィアは以前からの知り合いのようだった。でも、トール様は教会の上層部に疎まれている存在。教皇に近い関係の聖女が会うなんて不思議だ。どんな関係なんだろう?


「お二人は知り合いなんですよね」

「はい、私に色んなことを教えてくれた先生です。トール様が言っていました、フレイヤ様は優しい方で、きっと私の良い友人になってくれると。私もフレイヤ様のこととても優しい方だと思いました! 私の友だちになってくれませんか?」

「友だちですか?」

「はい!」


 え、どうしよう。また予想外だ。ソフィアと友だちになるの? カイルと何もなければ、悪い子じゃないし……


「駄目ですか? 私、自分と近い歳の友だちがいないんです。フレイヤ様と友だちになりたいんです!」


 そんな風にじっと見つめないで。ソフィアが良い子なのは知ってる。

 でも、聖女だ。教会勢力は皇帝派と協力して、ソフィアもアンジェ様の敵になるかもしれない…… 敵になるかもしれないけど、私はソフィアのことを嫌いになれない。もっと仲良くしたいと思ってしまっている。

 もし、アンジェ様の敵になるなら、私が絶対に止める! だから、素直になろう。


「ソフィア様、友だちになりましょう!」

「良いんですか?」

「女に二言はありません」

「何ですかそれは?」

「私の先生の言葉です」


 ソフィアと一緒に私は笑う。もう完全に友だちだ。


「今度、ルーデンマイヤー家にお手紙を送っても良いですか?」

「待ってますね。私もお手紙を返します」

「ありがとうございます。そろそろ行きますね」

「はい、また会いましょう」


 馬車に乗り込むと、ソフィアが馬車の中から私に向かって手を振っていた。

 馬車が見えなくなって、私は自分の馬車に向かう。


「早く帰ろう。シオンとヘドリックが待ってる」


 早く帰ってお風呂に入りたい。色々あり過ぎて疲れた。































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