第44話 聖女ソフィア


「どうして私のことを知っているんですか?」


 不思議そうな顔をして私に質問を返して来た。

 どうやら本当に聖女ソフィアらしい。まさかこんな形で出会うなんて。予想外過ぎる。


「噂で知りました」


 誤魔化すつもりで言ったけど、無理があるなと思った。

 エイルハイド公爵様でも聖女ソフィアの情報を知ることが最近まで難しかった。平民の格好を装っている私が知っているなんて不自然だ。


「嬉しいです! 私のことを知ってくれているなんて」


 あれ? 私のことを怪しんでない。疑わない人なの?


 ソフィアがドレス風の白い服の裾を摘まんで丁寧に挨拶をする。


「改めまして、私はソフィア・ラド・ボーデヴィヒートと申します」


 平民出身とは思えない洗練された挨拶だった。


「ラド?」


 初めて聞いた。

 私の名前にはフォンがついているけど、これは貴族を表す称号だ。ラドって何だろう?


「ラドは聖女を表す称号です。聖女として認められた時に教皇様から賜りました」


 それは知らなかった。聖女にだけ与えられる称号なのね。


「あなたの名前を教えてもらっても良いですか?」

「フレイヤと申します」


 念のため、家名は名乗らなかった。警戒すべきだと思う。


「でしたら、フレイヤ様とお呼びしますね」

「はい。私はソフィア様とお呼びします。ソフィア様はどうして貧民街にいたのですか?」

「こちらの教会に用があったんです」


 トール様の教会のことだ。どうしてソフィアが? 護衛もいないみたいだし、何か理由があるのかな?


「教会に行くのは後にします。フレイヤ様、私を手伝っていただけませんか?」

「何をですか?」

「怪我人の治療をしたいんです」

「治療を? ソフィア様がですか?」

「もちろんです。私は聖女ですから、皆さんのためにこの力を使いたいんです」

「…… 分かりました。ここに来るまでに怪我をして動けない人たちがいましたから、そこへ行きましょう。治療していれば、怪我人は集まってくると思いますよ」

「ありがとうございます! よろしくお願いします。私、頑張ります!」


 ソフィアが元気に笑うのを見て、私は何だかモヤモヤした。



 ◇◇◇



 空地のような場所に戻ると、怪我人が増えていた。

 その怪我人たちを治療している人がいる。トール様とシオンだ。


 目が合うと、シオンがこちらへ走って来て私を抱き締める。


「フレイヤ様、心配したんですから! 無事で良かった。本当に」


 シオンが少し涙声になっていた。心配を掛けて申し訳ない気持ちになる。


「シオン、ごめんね。でも、大丈夫だったから」

「大丈夫だとしても心配はします。それで、こちらの方は?」

「ソフィア様よ。魔獣退治の際に力を貸してくれたの」

「そうでしたか」


 シオンがソフィアに頭を下げる。


「主を助けていただきありがとうございます」

「いえ、当然のことをしただけですから。気にしないでください」


 ソフィアが急に空地の中を見回して呟く。


「この人数なら一気に治せるかな」


 そして、地面に両手を翳す。


『聖なる光よ、この地で傷つく全ての者に癒しを与え給え

 ルクス・ラタ・ティオサーナ』


 空地全体がキラキラとした光に包まれる。強烈な光ではく、淡く優しい光だ。その光が消えると。


「痛くないぞ!」

「治った!」

「傷が消えた!」


 空地中から色んな喜びの声が聞こえた。

 周りを見ると、怪我で動けなかった人たちが明るい表情で動いている。


 凄まじい力だ。一瞬であれだけの怪我人を治せるなんて。

 それに、この膨大な魔力。魔力を色で視認できる私には、ソフィアの魔法が終わっても、その魔力の残滓が七色にキラキラと輝いているのが見えた。


 トール様がこちらに来て、ソフィアに話し掛ける。


「やはり聖女様のお力でしたか」

「トール様! お久しぶりです!」


 やっぱり二人は知り合いのようだ。


「怪我人はこちらにいらっしゃる方たちで全員ですか?」

「まだいると思います。どうやら人が増えてきたようですね」


 トール様の言う通り、怪我人が増え始めていた。

 怪我をしていない人たちも来ている。怪我が治る噂を聞いて面白そうだから、ここに来たのかもしれない。


「全員治しましょう」

「大丈夫ですか?」


 私は思わずソフィアを心配してしまった。心配するつもりなんてなかったのに。


「余裕ですよ。聖女なので魔力量は凄いんです。任せてください! 私、頑張ります!」


 ソフィアは額に汗を浮かべながら笑った。


 確かに魔力量は余裕がある。でも、体力はそんなにない感じがする。無理しているのが分かった。

 どうしてそこまでするの? ソフィアが助けようとしている人たちは貧民街の住人で、あなたは聖女。

 聖女はミュトス教の象徴でしょ、良いの? こんな行動を間近で見せられて、私、あなたのこと悪く思えない……


 ソフィアの魔法で貧民街の住人は再び癒され、九番地区は歓喜に包まれた。



 ◇◇◇


「フレイヤ様、お体は大丈夫ですか?」

「どうして?」

「浮かない顔をされていますので」

「何でもないよ。ありがとう」


 馬車の窓から外を見る。夕方になって外が少し赤っぽい。今は帰るところだ。

 ソフィアの治療が終わって教会に戻ると、早々に帰ることになった。もう少しいたかったけど、あんまり遅くなると、お母様に不審がられる。貧民街に行くなんて言っていないから。これまで良くバレてないなと思う。


 それにしても今日は大変な一日だった。

 魔獣と戦って、ソフィアと出会った。

 カイル側の人物だから、私は聖女に嫌な感情を持っていた。アンジェリーナ様からソフィアの性格とか聞いてなかったし。


 だけど、何なの? とても優しくて素敵な子だった。嫌な奴だと思って、ソフィアの悪い部分を見つけようと思っていた自分が恥ずかしい。

 貧民街の住人を助けたのも何か企みがあるのかなと疑っていたけど、何もなかった。皆を助けたい、その気持ちしかソフィアにはなかったと思う。次、会ったらどうしよう? あんな良い子と敵対したくない。

 アンジェ様も気をつけていただけると思うけど、ソフィアとカイルが出会うようなことは起きて欲しくない。


「フレイヤ様、着きましたよ」

「あ、うん」


 辻馬車から降りると、屋敷からお母様とイリアがこちらに走って来た。

 もしかして、貧民街に行ってたことがバレた?


 イリアが私に飛び込んで来る。転けないようにしっかりと抱き止めた。


「お姉様、大変です!」

「ど、どうしたの?」


 お母様が私を見て立ち止まった。

 瞳が潤んでいる。こんなに感情を表に出すことは滅多にないから動揺した。


「お母様?」


 お母様は私とイリアをまとめて抱き締めた。


 どうしたの? 何があったの? 今の状況を理解できないまま私はお母様の言葉を待った。


「アノーク王国との休戦が決まったの」

「じゃあ」

「ええ! マルクスが帰って来るわ!」

「ほ、本当?」

「お姉様、本当ですよ!」

「良かった、本当に良かった」


 私も笑顔になってお母様とイリアを抱き締め返していた。

 お父様が帰って来るんだ、やった!! とても嬉しい!



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る