第43話 貧民街の魔獣
逃げて来た人たちとすれ違う。傷を負っている人もいた。
魔獣が現れたのは九番地区の中心部のようだ。九番地区の中心部は人が集まって住んでいる。このままだと大変なことになる。急げ、私!
中心部に向かって走り出すと、悲鳴が聞こえてきた。
犬型魔獣が女の子を追い掛けている。
魔力操作と念じて身体強化をすると、犬型魔獣の首を狙って木の棒を振った。
ゴキッと音が聞こえて、犬型魔獣は吹き飛ぶ。
呆然としている女の子に訊く。
「同じ奴が他にも沢山いるの?」
女の子が黙って小さく頷いた。
「ありがとう。ここから離れてね」
女の子が走り出したのを見て、私も走る。
空地のような少し開けた場所に出た。
三体の犬型魔獣に襲われている人たちがいる。地面に倒れたまま全く動かない人たちもいた。
その状況を見て、私は木の棒を強く握り締める。早く魔獣を倒さないといけない。
「魔力吸収、魔力操作」
犬型魔獣の一体が私を見つけて向かって来る。
爪を立てて跳び掛かってきたのでその動きに合わせて、木の棒で首を打つ。残り二体の魔獣も同じように倒した。
犬型魔獣と私が戦っている間に殆どの人たちは逃げ出すことができた。
この場に残った人たちは怪我で動くことができないようだ。手を貸して助けるべきか迷ったけど、悲鳴が聞こえて私は先を急ぐことにした。
私の知る九番地区の中心部は木材をただ繋げたような家が多く、そんな家が隙間なく並んでいた。でも、今はその家が破壊され、色んな場所で粉々になっている。
思ったより逃げ遅れた人たちは少ない。
貧民街の住人なだけあって危険回避の能力は高いようだ。でも、さっきの場所と同じく全く動かない人もいる。
ここにいる魔獣は十数体ほど。
犬型魔獣だけではなく、鳥型魔獣もいる。魔獣が一体でも平民街に出てしまうと厄介だ。
先ずは犬型魔獣に襲われそうになっている人たちを救う。
犬型魔獣を木の棒で打って何体か倒す。
もう全員逃げることができたみたい。後はこの魔獣たちをどうするかなんだけど…… もう武器がない。木の棒は壊れてしまった。単なる木の棒にしては凄く持ってくれたと思う。
「ちょっとまずいかな」
倒し切れなかった八体の犬型魔獣に囲まれてしまった。
二体の鳥型魔獣が獲物を狙うように私の真上で飛び回っている。
「魔力吸収、魔力操作」
武器がなければ、体術しかない。
魔獣から狙いを定められないように、リズムをつけて動き続ける。
すると、私の前後を挟んでいた二体の犬型魔獣が同時に迫って来た。
横っ跳びで躱して、そのまま近くの犬型魔獣の首に蹴りを放つ。
生物を殺す嫌な感触と罪悪感を直接感じた。武器があれば気持ちも楽になるのに。
上空を飛んでいた鳥型魔獣の一体が旋回して速さを上げながら私に向かって突進する。
速い! 咄嗟に転がって避ける。
その行動を待っていたかのように、二体の犬型魔獣が跳び掛かって来た。
最初に跳び掛かって来た犬型魔獣に体勢を崩しながら蹴りを入れる。もう一体の犬型魔獣の攻撃をギリギリで避けた。
つもりだったけど、右肩から出血する。どうやら爪が
帝国騎士は来てくれるだろうか? 私はその可能性を直ぐに否定する。
魔獣が現れたことには気づいているはずだけど、貧民街の住人を助けるために帝国騎士が動くことはない。
大抵の貴族は貧民街の住人を人間だと思っていないから。帝国騎士が対処を始めるのは魔獣が平民街に出てからだろう。
「私が倒すしかないよね」
魔力吸収の制限解除を覚悟した時、三本の光る矢が犬型魔獣を貫く。
え? 誰の魔法?
矢が飛んで来た方向を見ると、ピンク色の髪が目立つ少女が立っていた。歳頃は私と同じくらいに見える。
「援護します!」
どうやら一緒に戦ってくれるみたいだ。
直ぐに返事をする。
「助かります!」
武器を持っていない、少女は魔法で戦うようだ。何属性の魔法か分からなかったけど、矢の魔法は凄かった。
となると、私の役割は時間稼ぎだ。魔法を発動するには詠唱が必要になる。
犬型魔獣たちの正面に立って睨み合う。少女の魔法を警戒しているようだ。
六体の犬型魔獣が半分ずつに左右へ分かれた。私の横を通り過ぎようと走り出す。
しまった! どちらかしか止められない。
「右の魔獣をお願いします!」
少女の言葉に従って、私は右の犬型魔獣三体を足止めする。でも、左の三体は少女の方へ行ってしまった。
心配している余裕はない。
右の犬型魔獣三体が私に標的を変えたようだ。一斉に向かって来る。
爪と牙を躱しながら、拳と蹴りを放つけど、仕留め切れない。
自分の手足で攻撃をする嫌な感覚に慣れなくて、攻撃に勢いがない。私がビビってるせいだ。
「後は任せてください!」
再び光の矢が放たれる。最初よりも数が多い。
三体の犬型魔獣を一気に仕留める。地上だけではなく上空にも光の矢を放っていたようで二体の鳥型魔獣が地面に落ちた。
自然と私の口から称賛の言葉が出る。
「凄い」
ピンク色の髪の少女が笑顔で私に近寄って来る。
私の体を見て、焦ったように言う。
「酷い怪我です! 早く治療をしましょう!」
犬型魔獣につけられた傷だ。色んな場所を怪我して出血は多いけど、傷は深くない。後から治療しても問題ないと思う。
「治療ですか? 大丈夫ですよ」
「いえ、任せてください!」
任せるって何を? 見たところ、治療道具は持っていない。
少女が私に両手を翳して言う。
『聖なる光よ、傷つく者に癒しを与え給え
ルクス・ティオサーナ』
淡い光が私を包むと、優しい温かさを感じた。
見る見るうちに傷が塞がる。まるで最初から傷なんてなかったみたいに。これって、聖属性の回復魔法だよね? 聖属性魔法が使える者は一人しかいないはず……
「聖女ソフィアなの?」
私は思わず目の前の相手に名前を確認していた。
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