第41話 信用されるための戦い


「カロン、何を言ってるの? そんなこと許せるわけないでしょ」


 アンジェ様が困惑しているように見えた。


「お願い致します」

「お願いしますって言われても…… どうして手合わせをしたいの? まさか、まだ」

「それもありますが、フレイヤ様はアンジェリーナ様にお仕えすることを望んでいます。アンジェリーナ様の騎士として、フレイヤ様の力を測りたいのです」


 カロン様が私の力を見たいと言った。

 こんなに嬉しいことはない。カロン様は青薔薇あおばらの異名を持つ騎士。その実力はお父様に匹敵する。私は自分の力を試したいと思った。


「アンジェ様、私もカロン様と手合わせをさせていただきたいです」

「あなたまで何を言っているの!?」

「カロン様と手合わせをする機会は滅多にありません。お願いします」


 私が頭を下げると、アンジェ様が溜息をついた。


「もう、分かったわよ。その代わり、大きな怪我はしないで。カロン、フレイヤに傷を負わせては駄目よ、分かってる?」

「…… はい」


 アンジェ様が二度手を叩く。

 直ぐに来たメイドたちに何か指示を出している。


「ドレスだと動けないでしょ。フレイヤと私は似たような体型だから、私の運動着を着て」

「ありがとうございます」


 私は静かに気合いを入れた。



 ◇◇◇



「シオン、ごめんね。勝手に決めちゃって」


 アンジェ様から服と部屋を貸してもらい、服をシオンに着せてもらう。

 一人で着ようとしたら、ムッとした表情でシオンに私の仕事ですと言われた。


「フレイヤ様が決めたことですから何も言いません。でも、大きな怪我だけはしないでください。危ないと感じたら、私が間に入ります」

「シオンが大怪我するよ」

「だから、私にそんなことをさせないでください」

「なるほどね。シオンに怪我をさせないように頑張る」


 着替え終わって、敷地の芝生が生えている場所に向かう。

 庭園では手合わせができないからだ。


 アンジェ様とカロン様が先にいた。


「服は丁度良いみたいね。木剣は大人用しかないけど、これで大丈夫?」

「大丈夫です。いつも使ってますから」

「そう、分かったわ。じゃあ、私たち遠くで見ているから。怪我だけには気をつけてね」


 アンジェ様とシオンが離れた場所に移動して、この場には私とカロン様の二人だけになる。


「あなたを信用できません」


 カロン様が再びあの冷たい眼差しを私に向けて言った。


「それはカロン様に未来のことをお伝えしたからでしょうか。申し訳ございません。でも、あれはカロン様に知っていただきたかったんです」

「なぜですか?」

「それはカロン様に生きてもらいたいからです」

「生きてもらいたい? 初対面の私に? おかしいでしょう。そもそも未来予知自体が怪しい力です。フレイヤ様はご自分のお父上にこの力のことを話されていないですよね?」

「それは…… はい」


 話せるわけがない。私のこれは未来予知じゃなくて、前世の記憶だ。

 お父様とお母様に話していないのは単純に知られたくないから。前世の記憶があるって知ったら、不気味で怖いと思う。だから、打ち明けていない。


「それに、フレイヤ様には魔物を倒した得体のしれない恐るべき力がある。今はその力を自分の物とするために稽古をしているそうですが…… 得体のしれない力を持つ人物をアンジェリーナ様に近づけたいと思いますか?」


 カロン様はアンジェ様のために私を近づけたくない。分かるけど、納得はできない。私には覚悟がある。


「そうかもしれません。でも、私はアンジェ様の役に立ちたいです」

「アンジェリーナ様の役に立ちたいとかたって、己の利益のために近づく者たちは沢山います」

「私はそんな人たちとは違います!」

「では、アンジェリーナ様のために何ができますか?」

「命を懸けれます」


 私は迷うことなく即答した。

 あの時の私は命を懸けることもできなかったから。


「…… フレイヤ様の気持ちは分かりました。でしたら、もう問答は不要ですね。剣で語り合うことにしましょう」

「分かりました。お願いします!」


 私とカロン様は木剣を構える。


「フレイヤ様の力を見せてください。始めましょう」



 ◇◇◇



 静寂の中に張り詰めた空気が漂う。

 これは稽古とは違う。自分の力を試す場でもない。カロン様に信用してもらうための大切な戦いだ。


 心の中で『魔力吸収』と『魔力操作』を念じて、カロン様に向かって駆け出す。

 間合いに入って、全力で木剣を振り下ろした。

 私の攻撃に合わせてカロン様が木剣を動かす。

 木剣で受ける気だ。でも、力強さはないように見える。

 カロン様の木剣を弾いて、二撃目に繋げるイメージを持つ。

 鈍い音が響いた。

 私の木剣が勢いを殺されて止まる。カロン様の木剣を弾くどころか、びくともさせることができなかった。


 私は距離を取って体勢を立て直す。

 手が少し震えている。攻撃を止められた時、私の攻撃の反動以上の力を感じた。


 私が木剣を握り直すと、一閃。カロン様の攻撃が迫っていた。

 咄嗟に横へ跳んで躱す。着地した瞬間、横からカロン様の木剣が迫る。

 辛うじて木剣で受け止めるが、威力に負けて吹き飛ばされた。


 地面から直ぐに起き上がり、カロン様に向かって木剣を構える。

 攻撃を仕掛けて来ない。カロン様は様子を私の見ている。手加減されているのが良く分かった。


 とても強い。

 カロン様の動きが速くて、私の体が反応できない。これが青薔薇の実力。

 このままだと相手にならない。あれをやるしかない。

 魔力吸収と魔力操作の連続使用だ。

 その分、魔経脈まけいみゃくへの負担が大きくてお父様に止められている。

 カロン様とまともに戦うには多少の無理が必要だ。


「魔力吸収、魔力操作」


 カロン様との攻防、私の手数が遅れている。

 攻撃を一つ受ける度に威力を殺せず後ろへ下がってしまう。カロン様の攻撃はとても重い。


「魔力吸収、魔力操作」


 私の攻撃は簡単に弾かれ、躱される。


「魔力吸収、魔力操作」


 カロン様の攻撃を止めると、目の前にいたカロン様が消える。

 後ろに移動したのが分かった。

 その動きに反応して、カロン様の攻撃を初めて弾く。そして、カロン様の連続攻撃。攻撃の流れを読んで、全て受け流した。


 ようやくまともに戦える。だけど、腕や脚がひりひりする。

 脚が少し痙攣している。カロン様の動きが速くて、私の脚がその動きに追いついていない。多分、そろそろ限界だ。


 私から距離を取って、カロン様が口を開く。


「正直、直ぐに諦めるものだと思っていました。しかし、何度も私に食らいついてくる。フレイヤ様はどうしてそこまでされるのですか?」

「カロン様に信用してもらうためです」

「私の信用が必要ですか? アンジェリーナ様はフレイヤ様のことを友人だと思っています。私の信用などなくても構わないでしょう。そのままでは駄目なのですか? 」


 カロン様はアンジェ様にとって唯一無二の大切な騎士だ。

 その騎士が私を信用していない。そんな私にアンジェ様を守る資格があるだろうか。


「私はカロン様に信用されてアンジェ様のお役に立ちたいです」

「…… そうですか、分かりました。そろそろ限界でしょう。最後に全力の一撃を放ってください。私はその一撃に真っ向から応えましょう」


 カロン様から大きな圧力を感じた。空気が痛い。

 向き合っているだけで後ろへ下がりたいと思ってしまう。さっきまでとは全然違った。

 少し本気になってくれているのかな? そうだと嬉しい。

 さあ、集中だ。集中しよう。私はカロン様に全力の一撃を放つだけ。


「魔力吸収、魔力操作」


 空気中の魔力を吸収して力が漲る。

 私は地面を大きく蹴って、カロン様に向かって飛び出した。


 カロン様は見たことのない構えで私を待ち構えている。

 前に出した右足に全体の重心を掛け、半身になり、木剣の先を後ろに向けていた。


 止まる必要はない。私はこの一撃で体力が尽きる。


 私は木剣を振り上げてカロン様に振り下ろした。


かすみ


 カロン様の振り上げる木剣がぼやける。

 微かな反動がして、気がついた時には私は木剣を失っていた。真っ二つになった木剣が地面に落ちている。


 私の負けだ。何もできなかった。圧倒的な差だ。

 こんなにも遠い存在だなんて。悔しい……


「あっ」


 脚がぶるぶると小刻みに震えて尻餅をついた。

 汗が一気に吹き出して、体が重たくなる。流石に無理をし過ぎた。


「フレイヤ様」


 と呼ばれたので上を見上げると、カロン様が私に跪いた。


「何をされているのですか!? 立ってください」

「これまでのご無礼申し訳ございませんでした」


 カロン様が私に深く頭を下げた。


「無礼なことなんて何も。私に頭を下げる必要なんてないです」


 と言ったのに、カロン様は頭を上げてくれない。


「フレイヤ様の剣はとても重かったです。痺れました」

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」


 私の剣が重たいわけがない。カロン様に軽々と止められていた。何もできなかったから慰めてくれているんだろう。


「お世辞ではありません。フレイヤ様の剣には強い想いが込もっていました。想いを持つ剣は本当に重たいのです」

「私の剣がですか?」

「そうですよ。私が強いと思う剣士は必ず何かを想って戦います。私であれば、アンジェリーナ様のために戦います。フレイヤ様のお父上であれば、フレイヤ様や家族、色んな人たちを想って戦っているはずです」


 だから、カロン様の攻撃はあんなにも重たかったのか。

 攻撃を受ける度に身が軋むようだった。アンジェ様への強い想いを感じる。


「フレイヤ様は私に信用されたいと仰いましたね。ええ、信用しましょう。フレイヤ様はアンジェリーナ様の支えとなれるお方です」


 今、私を信用するって言った? もう一度聞きたい。


「…… 私を信用してくれるんですか?」

「はい」


 カロン様が初めて優しい笑みを向けてくれた。


















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