第40話 デビュタントについて
私はドレスの裾を摘まんで挨拶をする。
「本日は私のお願いを聞いてくださりありがとうございます」
「そんな他人行儀な挨拶をしないで。私たち友だちでしょ。ちゃんと会うのは二年ぶりかしら」
アンジェ様が砕けた口調で話してくれた。
手紙でも砕けた感じになっていたけど、会って話す時は丁寧な言葉遣いになると思っていた。前世のアンジェリーナ様みたいで嬉しい。
「さ、こっちに座って。お茶とお菓子を用意するわ」
「ありがとうございます」
庭園の中にテラス席が用意されていて、周りに咲く花々がとても綺麗だ。
「エイルリーナの屋敷にある庭園のようですね。とても綺麗です」
「ありがとう。でも、フレイヤ様に屋敷の庭園を見せた記憶はないんだけど」
「えっと、馬車から見えたんです」
「ふーん、そうなの」
エイルリーナの屋敷の庭園のことは前世の記憶で知っているけど、今の私は見たことがない。
危ない、うっかりしていた。しかも、馬車が入る表側からは庭園が見えない。
アンジェ様は私のうっかり発言に興味がないようでメイドが持ってきた紅茶を静かに飲んでいる。
アンジェ様はまた美しくなった。大人っぽいし品がある。いつまでも見ていたい。
「どうして私のことをじっと見ているの? 落ち着いてお茶が飲めないわ」
「ごめんなさい。アンジェ様に見惚れていました」
「な、何を言うの。恥ずかしいことを言わないで」
アンジェ様が少し俯いて顔を赤くした。
その仕草、凄く可愛い。
「フレイヤ様こそ、すらりとしていて美しいわ。きっと社交界では注目の的よ。ダンスに誘う令息も多いんじゃないかしら」
アンジェ様はいつも私を褒めてくださる。とても嬉しい。
「アンジェ様、ありがとうございます」
私は最高の笑顔でお礼を言った。
しばらく歓談して、アンジェ様が凛とした表情で言う。
「そろそろフレイヤ様のお話を聞きたいわ」
何のことか直ぐに分かって側にいたシオンに離れてもらう。
アンジェ様の側にカロン様がいるままだけど問題ない。今はあの冷たい眼差しを止めてくれている。
私はアンジェ様を真っ直ぐ見つめて口を開く。
◇◇◇
「お話というのは、アンジェ様のデビュタントについてです」
「ひょっとして何かを予知されたのかしら?」
「はい。そのデビュタントに聖女と教皇様が現れます」
アンジェ様の
「そう、フレイヤ様は聖女の存在を知っているのね。教会勢力が情報統制を厳しくしていたから、お父様でも少し前に知ったばかりなのに。フレイヤ様は聖女についてどこまで知っているの?」
「聖女の名前はソフィア・ボーデヴィヒート。平民ですが、膨大な魔力を持っていて聖属性魔法が使えます。両親は健在で、両親と共にミュトス教の敬虔な信徒です。聖女に選ばれたのが十歳で、今の年齢は十三歳です。最近まで辺境の土地を巡って病人の傷を癒していたみたいです」
「お父様が知らない情報まで…… フレイヤ様の未来予知は凄いわね。でも、あなたの力って、そんなに詳しく過去のことまで分かるの?」
べらべらと喋り過ぎてしまった。
未来予知なのに過去のことまで分かるなんておかしい。何て言って誤魔化そうか……
私が目線を外して困っていると、アンジェ様がふっと笑って言う。
「良いわ、気にしないでおく。誰にでも言いにくいことってあるから。それで? その聖女ソフィアが帝城のデビュタントに現れてどうなるの?」
「皇太子殿下が聖女ソフィアに恋をします」
「はぇい?」
アンジェ様から変な声が出た。
驚かれたみたいだけど、小さく咳をして声を元に戻す。
「確かにそれは大変ね。ええ、大変よ。皇帝派にはミュトス教信者が多い。カイル殿下のお気持ちを利用して、教会勢力は皇帝派との結びつきを強固にする気ね。そして、私との婚約は破棄。教会勢力は聖女ソフィアを皇后にしたいのね…… 大変とごろか、最悪だわ」
凄い、その通りだ。たった一つの情報だけで、その先の未来を正確に予測するなんて。
「フレイヤ様の未来予知が外れる可能性は?」
「…… すいません、分かりません」
と言うしかない。
前世では起きなかったことが起きているから、前世で起きた出来事自体も起きない可能性がある。
「いーえ、あなたが謝ることではないわ。むしろ、その可能性を知れてとても良かった。現に、カイル殿下は私のことが嫌いだから、聖女に恋するのもあり得るわ」
そんなこと言わないでください、とは言えなかった。
カイルがソフィアに恋をしたら、あの結末に繋がってしまうかもしれない。でも、アンジェ様はカロン様への想いを押し殺して皇后になろうとしている。私の願いは……
「アンジェ様には幸せになっていただきたいです」
「急に変なことを言うのね。私はもう幸せよ。フレイヤ様のような友人に、カロンのような素晴らしい騎士、尊敬できるお父様がいる。上手くいけば皇后になって民のために尽力ができる。エイルハイド公爵家の令嬢として、これ以上の幸せはないわ」
アンジェ様は今までで一番凛とした表情で言った。
でも、それは本心なのでしょうか?
私は言葉を返そうとしたけど、それを制するようにアンジェ様が話を続ける。
「だけど、助かったわ、ありがとう。フレイヤ様のお掛けで聖女ソフィアの対策を練れる。実はね、私からもフレイヤ様に教えておきたいことがあるの」
私に教えたいことって何だろう?
「ロゼに関わることよ」
「ロゼに何かあったんですか!?」
最近、ロゼの手紙が届くのが遅くて心配していた。デビュタントに向けて忙しいのかなと思っていたけど。
「関わることって言ったでしょ。早とちりしないで。今のところロゼには何もないわ。監視が厳しくなっているかもしれないけど。グラストレーム男爵が実は皇帝派だということは知っているかしら?」
「はい。エルフを奴隷として他国に売っていることも知っています」
オリアナ様から聞いた情報だ。
「じゃあ話が早いわね。戦争が起きてからエルフ族の奴隷売りが活発化しているようなの。貴族派の私まで細かな情報を掴むぐらいにね。ブリュノール王国、フィルニカ王国、イルガラン聖王国が商売相手よ。このままの奴隷売りが続けば、またエルフ族の反乱が起きてしまうかもしれないわ。フレイヤ様も頭に入れておくべきよ」
エルフ族の反乱……
前世のフレイヤが活躍したパルキア自治区動乱のことかもしれない。
明らかに悪いのはエルフ族を奴隷として他国に売っている貴族たちだ。
でも、エルフ族は強い。妖精魔法が使えるし、身体能力も高い。貴族たちに直ぐに捕まるとは思えないんだけど、何か理由があるのかな?
それに、反乱が起きたとしたら、私はエルフ族の人たちと戦えるの?
アンジェ様にフレイヤ様と呼ばれて、私ははっとする。
「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」
「大丈夫です。すいません」
「良いのよ。お菓子がまだ残っているわ。お茶も入れ直しましょう」
「あ、はい」
再び歓談を始める。その中で、ふと疑問に思うことがあった。
「アンジェ様、どうして私に敬称をつけるのですか? ロゼにはつけませんよね」
「別に理由はないけど。フレイヤって呼んで欲しいの?」
「はい」
「じゃあ、フレイヤ」
「はい!」
私が元気良く返事をすると、アンジェ様は楽しそうに笑った。
「私がフレイヤって呼ぶんだから、フレイヤも私のことをアンジェって呼ばないといけないわね。さあ、呼んでみて」
「え、それは、無理です。アンジェ様を敬称無しで呼ぶなんてできません」
「どうして? アンジェって呼ぶだけよ」
「無理です。アンジェ様はアンジェ様なんです」
「何よそれ。今は勘弁してあげるけど、いつかはアンジェって呼んでね。少し寂しい気がするわ。私たち友だちでしょ」
「はい……」
歓談を続けていたけど、これ以上はアンジェ様の迷惑になると思った。
帰りますと言おうとした時。
「アンジェリーナ様、お願いがございます」
突然、カロン様がアンジェ様の前で跪いた。
「…… カロン、無礼よ。今はフレイヤが来ているの。分かってる?」
「承知しております。後でどんな罰でも受ける覚悟です」
「あなた、罰ってね……」
アンジェ様は私に断りを入れると、困惑したような声で言う。
「それで? お願いって?」
まさかカロン様がこんな行動をするなんて。私も驚いた。
お願いって何だろう? 気になる。
カロン様が淡々と言う。
「フレイヤ様と手合わせする許可をいただきたいです」
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