第39話 カロンの冷たい眼差し
「お母様、良かったです。単なる微熱で。でも、安静にしていてくださいね」
「分かってるわ。でも、シオンも大袈裟よね。ちょっと熱を出しただけなのに」
「お母様のことが心配だったんですよ」
お母様は念のためベッドで休んでいる。
微熱が出ているので顔色は少し悪いように見えた。
「でも、最近、熱を出すことが多くないですか?」
「そうかしら? …… 疲れてるのかもしれないわね」
お母様はお父様が心配で体の調子を崩しているのかもしれない。以前に比べて、少し痩せたようにも見える。
アンジェ様のことは明日、伝えよう。
「じゃあ、私は戻りますね。お母様、ゆっくり休んでください」
「ありがとう、そうするわ。…… フレイヤ、ちょっと待って」
「何でしょうか?」
お母様にじっと見つめられる。もしかして顔に何かついてる?
「何か私に話したいことがあったんじゃないの?」
「え、どうしてですか?」
「なんとなくね、そんな気がしたの。母親だから、フレイヤのことは何でも分かるのよ」
お母様は少し笑いながら言った。
私、お母様だけには嘘をつけないな。絶対に一瞬でバレる。
「実は週末にアンジェリーナ様とお会いすることになったんです」
「そうなの? 良かったじゃない、是非行ってきなさい」
「はい、ありがとうございます」
「それと、イリアが部屋の近くで拗ねてると思うから、お願いしても良いかしら?」
「え、イリアですか? 分かりました。じゃあ、私失礼しますね。お母様、お大事になさってください」
お母様の微笑みを見て安心し、私は部屋を出た。
お母様の言った通りだ。イリアが部屋の近くで寂しそうにぽつんと立っていた。
「イリア、どうしたの? お母様を心配してここにいてくれているの?」
「そうです。イリアは中に入るなって言われたから。どうしてイリアは入っちゃ駄目なんですか?」
「もし嫌な風邪だったらイリアに移してしまうかもしれないでしょ」
「でも、お姉様はお母様の部屋に入ってます」
イリアが口を尖らせて言った。
「私は健康で丈夫だからね」
「イリアだって……」
「うーん、私には見えないかな」
身長は少し伸びているけど、手足がとても細い。勉強ばかりして外に全く出ないから、肌は焼けずに真っ白だ。前までは外に出て活発だったのに。
とても可愛くて仕方ないんだけど、健康そうには見えない。実際、イリアは一度風邪をひくと治るまで時間が掛かる。
「じゃあ、どうしたら健康で丈夫になれますか? イリアだって、お母様が熱を出した時に側にいたいです」
イリアは真剣な表情で言った。
お母様のことが心配だから、そう思うのは当然だよね。
「これから毎日外に出よう。敷地を歩いて体力をつけるの。できる?」
「毎日、外に……」
イリアが唇を強く締めている。悩んでいるみたいだ。そこまで悩むことかな?
そして、イリアが力強く言う。
「分かりました。イリア、頑張ります!」
私は意気込んでいるイリアの頭をぽんぽんと撫でて、イリアを腕に抱え込んだ。
「ひゃあ! お姉様、何をするんですか!?」
「良いと思ったことは、その日のうちにしろって言うでしょ。今から私と一緒に敷地を歩くよ」
「え、え、え、そんなの急過ぎます」
「イリア、私はイリアのことが大好きだけど、時には怖い姉にもなるんだよ。だからね、イリアは今から運動です!」
「えー、そんなー!」
私はイリアの軽い体を抱き抱えて敷地に向かった。
◇◇◇
私の乗る馬車が貴族街の中心部に向かって走っていた。
御者はへドリックがしてくれていて、私の側にはシオンがいる。
貴族街の中央には巨大な帝城があって、その周辺に侯爵以上の貴族屋敷が並んでいる。当然だけど、どこも大きい。
エイルハイド公爵家の敷地に入って馬車を停める。
シオンと共に馬車を降りた。へドリックは馬車で留守番だ。
出迎えの人がいて、その人物に驚いて私は声を上げる。
「カロン様!?」
カロン様が表情を変えずに挨拶をする。
「フレイヤ様、お久しぶりです。アンジェリーナ様のもとまで私が案内をさせていただきます」
カロン様が私を案内するの? メイドの誰かが私たちを案内するのかと思っていた。
「カロン様、ありがとうございます。ご案内、よろしくお願い致します」
カロン様の後ろをついて歩き出す。
どうやら屋敷の中へは入らないようだ。屋敷を回って、どこかに案内をされる。
何だかおかしい。
私の側を歩くシオンは何も感じていないけど、間違いなくカロン様が私に殺気を発している。
カロン様、どうしてですか? 私、カロン様に殺気を向けられるようなことをした?
どうしてか分からないけど、きっと何かを誤解されている。
「カロン様、私が何か致しましたでしょうか?」
カロン様が私を振り返らずに言う。
「やはりちゃんと感じ取れるんですね。相当、腕が立つようだ」
「意味が分かりません。どういうことなのですか?」
「意味が分からない? それをあなたが仰るのですか、二年前のことはもうお忘れですか?」
カロン様がまるで敵に向けるような冷たい眼差しを私に向けてきた。
二年前と言えば、お茶会の時のことだ。
私はカロン様に五年後のことについてお話をした。
今思えば、私の気持ちばかり優先してカロン様に残酷なお話をしてしまった。でも、それはカロン様に知って欲しくて……
「カロン様、私は――」
「着きましたよ」
カロン様が私の前から退くと、その先には、優しい笑みを浮かべたアンジェ様が立っていた。
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