第37話 祝賀パーティー Ⅲ


 人にぶつからないように気をつけて歩く。


「こんなにいたら無理」


 私が探している相手の名前は、オリアナ・フォン・カルバーン。皇帝派の中でもかなりの影響力を持つカルバーン侯爵家の令嬢だ。

 髪色が特に明るくて目立つから直ぐに見つかるとお母様は言っていたけど、こんなに人がいたら見つかるわけがない。


「もしかしてわたくしを探していませんか?」


 私に声を掛けたのは見覚えのある人物だった。


「パウラ様?」

わたくしはパウラお姉様ではありません。良く似ていると言われてますし、私の自慢です。パウラお姉様は私の従姉妹です」


 本当に良く似ている。見た瞬間はパウラ様かと思った。

 大きな瞳にぷっくりとした唇、とても可愛らしい。一つだけ大きく違うのが髪色だ。この少女の髪色はオレンジ色に近い色味をしている。


「自己紹介がまだでしたわ。わたくしはカルバーン侯爵の娘、オリアナ・フォン・カルバーンと申します」


 オリアナ様はドレスの裾を摘まんで私に挨拶をされた。私も急いで同じように挨拶を返す。


「失礼しました。私はルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」

「もちろん存じておりますわ。パウラお姉様から話を聞いてフレイヤ様にお会いしたいと思ってましたの。探して良かったですわ。さ、あちらの方へ行きましょう。静かにフレイヤ様とお話をしたいですわ」


 オリアナ様の絶え間なく喋り続ける勢いに私は圧倒された。

 壁際まで移動すると、オリアナ様が再び話し始める。


「パウラお姉様がフレイヤ様のことを楽しそうに語っていたんですよ。わたくしもフレイヤ様とお友だちになりたいですわ。どうかしら?」

「私とですか?」

「はい!」


 オリアナ様が私に満面の笑みを向けた。


 少し驚いたけど、せっかく友だちになろうと言ってくれているのだから、私は喜んで返事をする。


「もちろんです、オリアナ様。これからよろしくお願い致します」

「嬉しいですわ。じゃあ、このまま少しお話しましょう」

「あちらにいらっしゃるのオリアナ様のお友だちですよね。オリアナ様を待ってると思うんですけど、良いんですか?」


 私たちをちらちら見ている令嬢たちがいた。


「問題ありませんわ。だって、今はフレイヤ様との時間を楽しみたいですもの」

「そうですか…… 実は私、待たせている人がいまして」

「あー、分かっていますわ。グラストレーム男爵の令嬢ロゼリーア様ですね。じゃあ、ちょっとだけお話しましょう。良いですよね?」


 私はオリアナ様の勢いに負けて頷く。


「じゃあ、ちょっとだけ」

「ありがとうございます。実はフレイヤ様にお話ししたいことが山ほどありますの――」


 嵐のようなお喋りが始まった。もう止まらない、止まってくれない。

 魔法属性の話をしたと思ったら、演劇鑑賞の話に直ぐ変わり、その話もまた別の話に変わる。私が口を挟む暇が全くない。

 オリアナ様のお喋りの速さはパウラ様の剣の速さに負けないと思った。


「オ、オリアナ様! ちょっと待ってください」

「どうしました? 先日購入したダイヤモンドについてもっと詳しく聞きたかったですか? 従来のオールドマインカットではなく、新しいカットの――」

「そうじゃなくて、ロゼを待たせてるんです!」

「あー、そうでしたわね。残念ですが、フレイヤ様との楽しい会話の時間は終わりです」


 会話じゃなくて、オリアナ様が一方的にお話をされていただけなんだけど。


「またお話をしたいので、お母様を通してフレイヤ様をわたくしのお茶会にお誘いしますわね」

「分かりました。楽しみにしていますね」


 失礼しますと言って去ろうとしたら、オリアナ様に呼び止められる。


「お待ちになってください。フレイヤ様、一つだけわたくしの忠告を聞いてもらっても宜しいですか?」

「…… 何でしょうか?」


 オリアナ様に忠告される理由が分からなくて、私は首を傾げた。


「ロゼリーア様との関係を見直された方が良いと思います」

「は? それは、どういう意味ですか?」


 思わず睨んでしまったが、オリアナ様は怯むことなく私を見つめている。


「気分を害さないで欲しいですわ。ちゃんと理由がありますの。ロゼリーア様のお父上、グラストレーム男爵はどこの派閥に属していると思いますか?」

「思うも何も、どこにも属していないので、グラストレーム男爵は中立派です」

「いいえ、グラストレーム男爵は皇帝派に属していますわ。中立派と宣言しているのは嘘です」

「で、でも、それでしたら、ロゼと一緒にいるのは何も問題ないじゃないですか」


 同じ派閥の貴族令嬢同士が一緒にいるのだから、むしろ問題ないと思った。中立派ではなく、皇帝派だったことは驚いたけど。


「ええ、そうですわね。ところで、フレイヤ様はエルフ族についてどこまでご存知ですか?」

「その質問もロゼと関係があるんですか?」

「もちろんですわ」


 オリアナ様は微笑を浮かべていた。

 お喋りをしている時の楽しそうな雰囲気とは全く違う。知的で、どこか怖い。


 オスカー先生に教えてもらったエルフ族の話を思い出す。

 この国に奴隷制度はないけど、貴族や富裕層相手に人身売買は公然の秘密として行われている。三十年ほど前の反乱以降、エルフ族に対する風当たりはとても強かった。反乱終結直後は、エルフ族の女性を奴隷にすることが貴族の間で流行っていたらしい。


「…… 悲しい出来事が沢山あったと聞いています」

「その通りですわ。フレイヤ様はロゼリーア様と仲が良いので、当然過去の出来事については勉強されていると思っていました。殆どの人たちはエルフ族のことを学ぼうとせずに、他人と違うだけで嫌いますから」


 オリアナ様の後の発言が少し引っ掛かったけど、それよりも気になることがある。


「過去の出来事については、とはどういう意味ですか?」

「現在はもっと酷いですわ。グラストレーム男爵とその仲間たちがエルフ族を奴隷として他国に売っています」


 私は信じられなくて、手で口を覆った。

 次の言葉が出てこない。ロゼは知ってるの?


「知らなくて当然ですわ。公になっていないことですから。皇帝派で知っているのも、ごく一部です」

「そんな大切なお話をどうして私に?」

「フレイヤ様だけではありません。ルーデンマイヤー伯爵もご存知ですわ」

「お父様も?」

「ええ、今日はわたくしのお父様の依頼でグラストレーム男爵から色々と情報を聞き出してもらっています」


 だから、あの時、わざと大声でエルフの商売って言ったのか。


「でも、それって、ロゼとは関係ないですよね? グラストレーム男爵が勝手にしているだけで」

「グラストレーム男爵が一人でしているだけでしたら、ロゼリーア様は関係ないですわ」


 オリアナ様は含みのある言い方をした。


「何が言いたいのですか?」

わたくしはロゼリーア様が関わっているのではないかと疑いを持っています」

「そんなわけない!」

「フレイヤ様ならそう仰るでしょう。ですが、ロゼリーア様が関わっていないとしても、フレイヤ様は彼女と一緒にいるべきではありません」


 つい大声で言い返そうと思ったけど、オリアナ様の真面目な表情に私は冷静になる。


「意味が分かりません。どうしてですか?」

「グラストレーム男爵の後ろ楯はクウィンディー公爵です。クウィンディー公爵の力はとても大きく、今は皇帝派の中で何もできていませんが、お父様たちは必ずグラストレーム男爵たちを止めます。そうなれば、クウィンディー公爵は全てをグラストレーム男爵たちのせいにして切り捨てます。ロゼリーア様もどうなるか分かりません。フレイヤ様がロゼリーア様と仲良くし続ければ、フレイヤ様の社交界での立場も良くないものになります。ですから、フレイヤ様、ロゼリーア様と仲良くするのはお止めなさい」


 多分、オリアナ様は私のために言っている。心配してくれているのが伝わった。でも。


「…… 嫌です」

「何と仰いましたか?」

「嫌です! オリアナ様が私のことを心配してくれているは分かりました。感謝します。ロゼは私の大切な友だちです、それはずっと変わりません。ロゼが大変な目に遭ったら、私が絶対に助けます」


 私は丁寧にドレスの裾を摘まんでオリアナ様に失礼しますと言った。

 オリアナ様の呼び止める声が聞こえたけど、私は聞こえないふりをしてロゼのもとに戻った。



 ◇◇◇



「ロゼ、ただいま」

「お帰りなさい。何かあったんですか?」


 ロゼが私の顔を見て心配してきた。

 顔に出ていたのかもしれない。オリアナ様との会話は伝えない方が良いと思った。


「何もないよ。挨拶した人の話が長かっただけ。ロゼ、ごめんね。一人にしちゃって。大丈夫だった?」

「大丈夫でしたよ。実はじろじろと何回か見られたのでフレイヤと同じように微笑み返してやりました」


 ロゼははにかんだ笑顔を見せた。


「ロゼ、やったね。でも、もし、何か困ったことがあったら私に言って。私、力になるから」


 私はオリアナ様との会話を思い出して言った。

 ロゼは一瞬きょとんとしてから朗らかに笑う。


「フレイヤは優しいですね。でも、心配するようなことは何もないですよ。ありがとうございます」

「そっか」


 本当のことを言ってくれていない気がしたけど、私は頷くしかなかった。


 急に大人たちの方から大声が聞こえ始めた。慌てふためいているようにも見える。


 二階を見ると、皇帝一家の姿は既になかった。多分、何かあったんだ。

 周りの貴族たちがこの場を一斉に去り始め、会場は一気に混乱した。

 お父様も慌てて私たちのもとに来る。


「フレイヤ、ロゼ嬢、僕と一緒に帰るよ」

「え、でも、私は男爵様が」

「…… 男爵は先に帰ったよ。ロゼ嬢は僕が送る。ごめんね、一緒に帰ろう」

「…… はい、よろしくお願い致します」


 お父様に手を繋がれて私とロゼは会場を出る。

 出口に向かって他の貴族たちも急いで歩いていた。

 妙な緊張感が漂っている。その中でもお父様が特に強張った顔をしていて、誰よりも緊張していた。


 私は嫌な予感を感じながらお父様に質問をする。


「お父様、何があったのですか?」

「アノーク王国が侵攻してきた」


 お父様が一言だけ言った。


 え? アノーク王国の侵攻?

 知らない、前世の記憶にない出来事だ。また私の知らない出来事が起きている。

 十年前に戻っただけじゃないの?

 いや、待って。そんなことより、お父様はアノーク王国が侵攻って言った。

 もしかして……


「お父様、戦争に行くの?」

「まだ分からないけど、その覚悟はしておいて欲しい」


 ―― 帝国暦一〇五五年一月二十九日、私の知らないアノーク王国との戦争が始まった。




❬女剣聖に生まれ変わっても公爵令嬢の幸せを望む 第一部 英雄譚の始まり 完❭




 ―――――――――――――――――――― 【後書き】


 これにて第二章終了、第一部完結です。

 沢山読んでいただきありがとうございました。


 第三章は二年後から始まり、フレイヤが十三歳になっています。

 少し成長していますが、中身は成長しているかどうか……

 第三章から貴族令嬢らしいことも増えています。

 そこもお楽しみください。


 期待できるぞと思われた方は★やフォロー、感想をお願いします。作者の励みとなります!

 レビューをしていただけると、更なる励みとなります。

 どうかよろしくお願い致します!


 ↓こちらから行けます。https://kakuyomu.jp/works/16816927863069774684


 第三章もお読みいただけると嬉しいです。

 これからもよろしくお願い致します。































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る