第36話 祝賀パーティー Ⅱ
会場に入ると、事前に聞いていた通りお父様と離れることになってしまった。
ロゼはグラストレーム男爵と離れることができて少しほっとしている。
中央に敷かれた赤い絨毯が会場を左右に区切って、左側が大人たち、右側に令嬢令息たちが分かれている。緊張している令嬢令息たちが多いように見えた。
緊張を和らげるためだと思うけど、会場の左奥にいる音楽団がゆったりとした音楽を演奏している。
赤い絨毯の先には二階へ続く階段があって、二階には煌びやかな椅子が三つ置かれていた。その椅子に座ると、一階の会場全体が見下ろせるようになっている。特に一番豪華で大きな椅子が皇帝の玉座だと予想ができた。
「もうこんなにいるんですね」
ロゼも私と同じように周りを見て驚いていた。
しばらく周りを見続けて、ハッとする。驚いている場合じゃなかった。
「アンジェ様へ挨拶しに行こう。私は挨拶しかできないけど、ロゼは話したいことが色々とあるでしょ」
「そうですけど、私だけ良いんですか?」
「良いの、良いの。行こう」
「はい」
本当は良くない。アンジェ様と色んな話をしたいし、側にもいたい。今は我慢する。
アンジェ様を探して移動していたら、色んな人たちにじろじろと見られているような気がした。
立ち止まって周りを見回すと、目が合う人たちが何人もいる。私の気のせいじゃない。
「フレイヤ、ごめんなさい。私のせいです、珍しいから」
ロゼが目を伏せて謝った。
謝る必要なんてないのに。周りなんか無視したら良い。
「気のせいだよ。ロゼは関係ない。気にしないで行こう」
「え、でも」
「そんなの良いから。早く行こう」
ロゼがまだ何か言いたいみたいだけど、私はロゼの手を引っ張って先へ進む。
一際人の集まっている場所があった。
その中心にアンジェ様がいる。
貴族の令嬢令息たちから挨拶を受けているところだった。
凛とした佇まいで対応されている。とても素敵です!
「アンジェ様がいたよ。あそこに行こう」
「え、あの
「ロゼは心配性だよ。大丈夫、私がついてる。任せて」
ロゼと一緒に人集りへ入る。
周りの何人かがじろじろと私たちを見始めた。
でも、大丈夫。お母様からこんな時の対処法を教えてもらっている。
じろじろ見ていた人たちを私は見返して微笑んだ。
余裕な表情で見返せば、相手は気まずくなって、目線を外す。
中には効果のない相手もいるけど。今回は効果抜群で、私たちをじろじろと見る人たちはいなくなった。
「凄いです、フレイヤ」
ロゼが笑顔になったので、私も嬉しくてニッと笑った。
ようやく私たちの番だ。
私が先にドレスの裾を摘まんでアンジェ様に挨拶をする。
「アンジェリーナ様、お会いできて嬉しいです。お元気でしたでしょうか?」
「お久しぶりですね、フレイヤ様。私は元気でしたよ。今度、ゆっくりとお話をしたいですわ」
私とアンジェ様は社交場での畏まった口調だった。
お母様に気をつけるように言われたし、私もアンジェ様に迷惑を掛けたくない。
次はロゼがドレスの裾を摘まんでアンジェ様に挨拶をする。
「アンジェリーナ様、お久しぶりです。いつもお手紙ありがとうございます。私の大切な支えです」
アンジェ様が優しく微笑んで言う。
「お久しぶりですね。ロゼ様のお手紙はいつも楽しく読ませてもらっています。お手紙でも言いましたが、私のことはアンジェとお呼びください。私たち仲の良い友人同士なんですから」
アンジェ様の言葉に周りがざわついた。
周りはアンジェ様とロゼの関係を驚いているみたいだ。
周りの人たち、驚き過ぎ。アンジェ様と仲が良いのはロゼだけじゃない、本当は私も仲が良いんだから。
話が終わると、私とロゼはアンジェ様に頭を軽く下げてその場を離れた。
取り敢えず、私たちは人の少ない壁際に移動する。
「何だか疲れるね」
「そうですね。これだけ人が多いと疲れます。フレイヤはこの後、誰かと踊る約束をされているのですか?」
「私が誰かと踊ると思うの? 約束なんてしてないよ」
ダンスを踊る機会は十三歳のデビュタントまでないので、祝賀パーティーでは特別に踊ることが許されている。既に音楽に合わせて踊っている人たちが何人かいた。
「そうなのですか? お手紙に書かれていたレオンハルト様は?」
「レオ? どうして私がレオと…… あれ?」
急に気になって会場を見渡すがいない。
「どうされたのですか?」
「レオの姿がないなーと思って」
「やはり気になるのですか?」
「いないなと思っただけだよ」
どうしていないんだろう? レオも十一歳だから祝賀パーティーに招待されていると思うんだけど。
突然、音楽団の演奏が重厚な音楽に変わった。
それと同時に大人たちが赤絨毯の方を向いて頭を下げる。令嬢令息たちもそれに倣い、私もドレスの裾を摘まんで頭を下げた。
皇帝一家の登場だ。
今から憎々しい奴らが入って来る。私は奴らの顔を知らない。
どんな顔をしているのか気になって、目線を少し上げた。
先頭を歩くのは、重苦しそうな服を着た太った男性。宝石が鏤められた帝冠を被っている。皇帝ゴットハルトだ。
首は太く皺の深い顔立ちをしている。こいつが、アンジェリーナ様のお命を奪った元凶。
ドレスの裾をぎゅっと握って我慢する。
ゴットハルトが見えなくなると、次は皇后が見えた。皇后の名前は確か、フロレンシアだっけ? 穏やかそうに見えるけど……
最後は私の背丈と同じくらいの少年。皇太子カイルだ。
金髪で爽やかな品のある顔立ちをしている。すらっとしているが、鍛えてはいなさそう。ゴットハルトが元凶なら、カイルはアンジェリーナ様の死ぬきっかけだ。
歯を食いしばって爆発しそうな気持ちを必死に抑え込む。小さく何度も深呼吸をして、少しずつ気持ちが収まっていく。
オスカー先生から冷静になる方法を教えてもらっといて良かった。
「拝聴せよ! 皇帝陛下がお言葉を述べられる」
はっきりとした声が会場に響いた。
「照魔の儀式が滞りなく終わり、祝賀パーティーを開けたことを喜ばしく思う。もう一つ喜ばしいことを発表したい」
これがゴットハルトの声、嫌いだ。
「クウィンディー宰相、発表せよ」
「は!」
拝聴せよと命令した声と同じ声だ。
前世でアンジェリーナ様から聞いたことがある。
ユドガルド・フォン・クウィンディーは皇帝派の筆頭貴族で、この国の宰相だ。ゴットハルトの次に権力を持っている。
「ロギオニアス帝国皇太子カイル殿下とエイルハイド公爵の長女アンジェリーナ殿の婚約が決定した!」
突然の発表に会場全体がざわざわする。派閥の中でも知っていた人は限られた者たちだけだと思う。
婚約が発表されると、アンジェ様は会場全体に何度も挨拶をしていた。
表情からは何も読めない。可憐な笑顔で、とても幸せそうな姿を演じている。
婚約発表が終わると、アンジェ様のお祝いを言う人たちが殺到していた。
アンジェ様は一人ずつ冷静に笑顔で対応されている。
前世と同じくアンジェ様はカイルと婚約してしまった。
本当にこのままで良いのかな? 私は強くなるだけで良いの?
「…… フレイヤ、フレイヤ」
「え、呼んだ?」
「ぼーっとされていたので何度も呼びました。大丈夫ですか?」
「ごめん、大丈夫だよ」
考え事をし過ぎてぼーっとしてしまったらしい。悪い癖だ。
周りに目を向けると、ふとお母様の言いつけを思い出した。
「ロゼ、ここで少しだけ待っててくれる?」
「構いませんが、どうされました?」
「ちょっと挨拶しなきゃいけない令嬢がいるの。お母様に言われてたんだけど、うっかりしてて。直ぐに戻って来るから」
「分かりました。お待ちしてますね」
私はロゼの側から離れた。
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