第35話 祝賀パーティー Ⅰ


 再び新調した青のドレスをシオンに着せてもらう。


「お母様、ごめんなさい。もう一度ドレスを買うことになってしまって」


 予想していた通り、前のドレスは私の体に合わなくなってしまった。


「気にしないでって言ったでしょ。前のドレスは手を加えてイリアに着てもらうわ。今あなたが着ているドレスもどうせ着れないようになるから。イリア、良いわよね?」

「はい、もちろんです。お姉様が着たドレス、イリアも着てみたいです」


 今の私は成長期らしい。どんどん身長が伸びているから、普段着ているドレスも手直しして着ている。


「それにしても、フレイヤ、綺麗になったわ。将来は間違いなく美人よ。イリアとシオンもそう思うでしょ?」

「お姉様、綺麗です」

「仰る通りです。フレイヤ様は綺麗過ぎます」

「そ、そんなことないです……」


 三人とも私を褒め過ぎ。嬉しくて笑顔になる。


「最後はこれね。フレイヤ、後ろを向いて。私がつけてあげる」


 お母様が赤い宝石のネックレスをつけてくれる。


「良く似合うわ。マルクスが待ってるから行きましょうか」

「はい」


 お父様のもとへ行くと、お父様は大きく目を開いて笑顔になる。


「僕の娘はなんて綺麗なんだろう、驚いたよ。でも、こんなに綺麗だと心配だ」

「マルクス、大丈夫よ。フレイヤにはちゃんと男性のあしらい方を教えたから」

「そうか、それなら安心だ。良かったよ」


 お母様に男性のあしらい方を何度も教えてもらったけど、正直自信はない。恋愛とかまだ分からないから。


「フレイヤ、私が教えたことは覚えているわよね?」


 お母様が教えてくれたことは他にもある。

 今回の祝賀パーティーに参加する貴族の情報だ。祝賀パーティーは模擬社交界。

 社交界は貴族の戦場だから気を引き締めなさいと、お母様に何度も言われた。

 私は淑女、淑女らしくするの。頑張ろう。


「ちゃんと覚えています」

「分かったわ。気をつけて行ってらっしゃい。マルクス、フレイヤを頼みます」

「うん、任せて」


 私とお父様が乗った馬車が帝城に向けて出発した。



 ◇◇◇



「フレイヤ、良いかな?」


 馬車の中で、騎士服を着たお父様が私に話し掛けた。


「もちろんです。何でしょうか?」

「フレイヤの魔法属性の話だよ。横に行くね」


 お父様が私の前の席から移動して私の横に座る。


「この馬車は帝城からの迎えだ。御者はヘドリックじゃないから、声を小さくして話そう」

「分かりました」


 お父様が真剣な表情で言う。


「魔法属性がなかったことは誰にも言ってはならないよ」

「どうしてですか?」

「魔法が使える、それが貴族にとって当然だからだよ。貴族は自分たちと違う者に対して残酷だ。魔法が使えないと知られたら、おそらく風当たりは強くなる。今日は同世代の子たちと話す機会が多いはずだ。その時、魔法属性の話題は必ず出る。だから、魔法属性がないことは言わずに、僕と同じ風属性だと言いなさい」

「それは、アンジェ様たちにもですか?」

「いいや、信用できる相手になら打ち明けても良いよ。でも、必ず時と場所を選ぶんだ。人前で話すのは止めなさい。誰が聞き耳を立てているか分からないからね。そのくらい大切なことなんだよ」

「分かりました。ちゃんと覚えました、気をつけます」


 お父様は微笑んで頷くと、窓を見た。


「フレイヤ、外を見てごらん。もう直ぐ帝城に入るよ」


 窓に頬を近づけて外を見ると、馬車が何台も並んでいた。

 馬車の先にはアーチ門とその門の両側に煉瓦造りの高い塔が見える。その塔から敵を撃退するために魔法や弓矢を放つらしい。

 この城門は堅牢で攻めるのが難しいとオスカー先生に教えてもらった。

 この城門から私たちの乗る馬車までかなりの距離がある。はっきりと城門が肉眼で見えるのは城門がそれほど大きいからだ。帝城全体が巨大なことが良く分かる。


「もうしばらく掛かると思うよ。その間話でもしてようか」

「はい!」


 帝城に着くまでの間、私はお父様と楽しい話を沢山した。



 ◇◇◇



「フレイヤ、手を握って」

「はい」


 お父様に手を取ってもらって私は馬車から降りた。


「ありがとうございます」


 周りを見ると、無数の馬車が停まっている。私と同じように令嬢令息たちが馬車から降りていた。


「行こうか。腕を持ってくれるかい?」

「はい、お願いします」


 お父様の腕を持ち一緒に歩く。

 帝城に入る他の令嬢も私と同じことをしていた。

 父親のエスコートは今だけらしい。残念、私はずっとお父様が良いのに。


 帝城に近づいて上を見上げる。一番上は見ることができない。本当に大きくて全体像を把握することが難しい。大きさに圧倒されてしまう。帝城の敷地には様々な離宮や帝国第一騎士団の基地もこの敷地内にある。


 帝城の入り口は両開きの大きな木の扉で数人がかりで開けるらしい。

 その扉は全開にされていて、貴族たちが帝城内に入って行く。


 私もお父様と一緒に帝城へ入る。

 出迎えたのは国章であるグリフォンの彫像だ。帝城の中を進む度に豪華な物が色々と目に入った。精巧なシャンデリア、天井に描かれた風景画、大理石の床など。この帝城は贅を尽くしている。


 帝城の中を歩く貴族たちが増えてきた。

 確かこの祝賀パーティーの参加者は五百名近くいるらしい。五百名もと思っていたけど、この広さなら余裕だ。


 前の方にグレーの髪の少女が見えた。金髪の太った男性と一緒にいる。

 あのグレーの髪、ロゼだ!

 ロゼは太った男性の腕を持っているけど、太った男性が先々と歩くので引き摺られてしまっている。ロゼが危ない、転けてしまいそうだ。どうにかして助けたい。


「お父様、ロゼがいます。ロゼの方に行けませんか?」

「本当だ、ロゼ嬢だね。横にいるのはグラストレーム男爵か。あれは酷い。ちょっと早歩きになるよ、行こうか」

「はい」


 ロゼの周りにいる他の貴族たちは気づいているみたいだけど、無視している。中には楽しそうに見ている奴らもいる。

 何で誰も止めないの? ふざけないでよ。

 つい睨みそうになってしまうけど、お母様の言葉を思い出して気持ちを落ち着かせる。


 私はロゼに近づくと大きな声で呼ぶ。


「ロゼ!」

「フ、フレイヤ!?」


 ロゼが驚いた顔で立ち止まったので、グラストレーム男爵も足を止める。

 グラストレーム男爵は眉間にシワを寄せていた。イラッとしているのが良く分かる。

 お父様がウインクして小声で任せてと私に言った。

 お父様がロゼとグラストレーム男爵の間に入って、小さく頭を下げた。


「初めまして、私はルーデンマイヤー伯爵です。ロゼリーア嬢には娘のフレイヤがいつもお世話になっています。グラストレーム男爵には一度お礼を申し上げたいと思っていました」

「そ、そうですか。私もロゼリーアからルーデンマイヤー伯爵のご息女について良く話を聞いていました」


 嘘つきだ。ロゼと私の文通を勝手に見て、ロゼに嫌なことをしてるくせに。


「では、私はこれで」


 グラストレーム男爵は話を切り上げてこの場を去ろうとロゼの手を掴もうとする。


「いや、待って欲しい。実は男爵に話があったんですよ。エルフの商売について!」


 お父様が最後の言葉だけわざと大きな声で言ったように見えた。

 周りの貴族たちの視線が一斉にお父様たちに集まる。エルフの商売って何の話?


「な、何を仰ってるのか良く分かりません。私はそんな商いと関係ありませんよ」

「そんな風に言わないで、歩きながら少し話をしましょうよ」

「ロゼリーアがいますので」

「私の娘と一緒にいさせましょう。楽しそうです」

「…… はい」


 グラストレーム男爵がお父様を怖がったみたいで大人しくなった。良い気味だ。


 ロゼの手を握って、私はロゼに笑顔で話し掛ける。


「ロゼ、久しぶり。ドレス姿、とても可愛いよ。良く似合ってる」


 ロゼが着ていたのは薄い赤のドレスでドレスの裾は花柄の模様が描かれている。


「ありがとうございます。フレイヤはとても綺麗です。その赤いネックレスも素敵です」

「ありがとう」


 私とロゼはお互いに微笑み合った。


 会場に着くまで最近のことを色々と話した。

 ロゼからはアンジェ様のことが聞けた。

 アンジェ様はロゼのことをずっと気に掛けてくれているようで、ロゼは笑顔で感謝の言葉を何度も口にしていた。

 話をしているロゼの姿を見ると、前よりも痩せたように見える。本当に大丈夫なのかな? とても心配だ。


 前を歩いているお父様が私たちを振り返って言う。


「フレイヤ、ロゼ嬢、もう直ぐ会場に着くよ。初めてで大変だと思うけど、この時間を大切にして欲しい。ロゼ嬢、フレイヤのことをよろしくね」

「はい」


 ロゼが私の横で大きく頷いた。

 そして、私たちは祝賀パーティーの会場へと足を踏み入れた。





















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