幕間 本当の親
レオンハルトは剣を振り続けていた。
朝から始めて、もう午後だ。次こそ勝つために鍛練をしている。
(俺も強くなりたい)
フレイヤと初めて手合わせをして以来、一緒に稽古をする機会が何度かあった。その度に木剣で打ち合いをするが、レオンハルトはいつも負けてしまう。
フレイヤはどんどん強くなっている。実力差が離れて行くことを実感させられているので、レオンハルトは悔しくて堪らなかった。
「まだ鍛練をしていたのか?」
その声でレオンハルトは動きを止めた。
「父上、戻られたのですか? もう少し遅い帰りになると思っていましたが」
「ちょっとお前に話があってな」
「話ですか? 何でしょう?」
「大切な話だ。後で俺の部屋に来い。ちゃんと汗を流してから来いよ」
クラウディオはレオンハルトにタオルを投げ渡して屋敷に戻った。
(父上が話を勿体振るなんて珍しい)
レオンハルトはもう少し剣を振ってから屋敷へ戻ることにした。
◇◇◇
「父上、失礼します」
「入ってこい」
レオンハルトはドアを開けて入った。
クラウディオの部屋は本がとても多い。
本棚が部屋の両端にあって、本がぎっしりと並べられている。
こんなに沢山の本を部屋に置いているのだが、クラウディオは別に本好きではない。本が沢山あるとなぜだか落ち着くらしい。
レオンハルトがクラウディオの代わりに本を読んでいる。その本棚の奥にクラウディオの執務机があった。
「遅かったじゃないか。鍛練するのは良いが、し過ぎると体に毒だぞ。気をつけろよ」
「分かりました、気をつけます。それで、大切な話とは何でしょうか?」
「おい、単刀直入だな。何か別の話とかを間に入れろよ」
「急に言われましても。父上が俺に話したいことがあったんでしょう」
「そうなんだけどさ……」
クラウディオは両腕を組んで顔を
「出直すべきですか?」
「いや、大丈夫だ。そこに座ってくれ」
「分かりました」
レオンハルトは来客用の椅子に座った。
「お前は十一歳になった。歳は子どもだが、大人並みに確りしている。だから、全てを話しておきたい。俺とお前は本当の親子ではない」
「あ、はい。それは分かってました。どう見ても俺たち似てませんから」
レオンハルトはクラウディオの頭に目線を移して言った。
クラウディオの頭髪は金髪、レオンハルトは黒髪だ。
クラウディオは苦笑する。
「少しは驚けよ。まぁ確かに俺たちは似ていないからな、気づくのは当然か。レオンハルト、お前は母親の面影が少しある」
「そうですか」
母親似だと言われてもレオンハルトには実感が湧かなかった。
急にクラウディオは目を閉じて黙る。
(父上はどうしたのだろうか?)
レオンハルトはクラウディオの言葉を待つ。
すると、クラウディオが机の引出しを開けて短剣を取り出した。
貴族が持つ装飾剣だろうか。短剣の鞘には青い宝石が
「父上、それは?」
「お前の母の形見だ」
レオンハルトは再び短剣をじっと見つめる。
鞘には青い宝石だけではなく、伝説の獣グリフォンの絵が刻まれていた。グリフォンは獅子と鷲が組み合わさった生物だ。
ミュトス教の始祖ミュトスが中央大陸に現れた時に乗っていた生物がグリフォンだったと言われている。天と地を支配する獣とも呼ばれ、グリフォンはロギオニアス帝国の国章となっている。
(ん? 国章が刻まれた物は皇族しか持っていなかったはずだが)
「先帝アドルフ陛下が崩御された事件は知っているな?」
「十年前の大火災のことですよね。確かアドルフ陛下と一緒に皇后陛下も崩御されて、皇子殿下も亡くなったとか」
「ああ、その通りだ。実は俺もあの大火災の場にいたんだ」
「父上があの場に?」
「俺は近衛騎士でロクサンヌ皇后陛下の護衛をしていた。でも、あの大火災の日、俺は休みだった。自分の部屋で休んでいたら、急に城の色んな場所から火の手が上がったんだ。俺は急いで皇后陛下の住まう
レオンハルトは父の話を聞いてありえない予想をしてしまう。背中に変な汗が流れるのを感じた。
(まさか、俺は)
クラウディオが立ち上がり、レオンハルトの前で頭を垂れて片膝をついた。
「何をされているのですか!? 父上、立ってください!」
レオンハルトは驚いて声を上げた。
「あなた様は先のアドルフ皇帝陛下とロクサンヌ皇后陛下の御子、レオンハルト皇子でございます」
クラウディオが真剣な声色で言った。
レオンハルトはこんなに真剣な父を今まで見たことがなかった。だからこそ、真実だと分かる。
「でも、どうして今になって話したのですか? 俺が確りしたからという理由だけではないでしょう」
クラウディオが頭を上げずに答える。
「アドルフ皇帝陛下を
「では、あの噂は本当だったのですね。先の皇帝と皇后を殺めたのは誰ですか? ご存知なんですよね」
「現皇帝ゴットハルトとクウィンディー公爵です」
クウィンディー公爵はロギオニアス帝国の宰相で、皇帝派貴族の中で最も力がある。
先の皇帝アドルフの弟ゴットハルトとクウィンディー公爵が協力した。この二人が協力すれば、帝城で火災を起こすのも可能なはずだ。
「だから、俺は小さい頃ギルザーレにいたんですね」
「仰る通りです」
レオンハルトは物心がついた時にはギルザーレ大公国にいた。
帰国を繰り返しながら、クラウディオと会っていたが、九歳の時にロギオニアス帝国へ帰って来た。ギルザーレ大公国に行かせていたのは万が一のことを考えていたからだろう。
「父上、いい加減立っていただけませんか? いつまで息子の前で頭を垂れて膝をついてるつもりですか?」
「ですが、私は」
レオンハルトは困った顔で深く息を吐いた。
「父上、俺の父親はクラウディオ・フォン・ヴェルナフロ侯爵です。俺に命をくれた両親は他にいるかもしれませんが、俺が知っている親は父上しかいません」
「レオンハルト……」
クラウディオがようやく立ち上がった。
「お前の父親のままで良いのか?」
「当然です。父上にはまだまだ教えていただくことが沢山ありますから」
「そうか。だが、この短剣はお前が持っていてくれ。ロクサンヌ皇后陛下の形見だからな」
「分かりました。もう二度と俺の前で膝をつかないでください。じゃあ、俺は失礼します」
「ああ」
レオンハルトは自室に入ると椅子に座った。
自分の手を見ると震えており、手のひらは汗ばんでいた。しかも、心臓はドクンドクンと高鳴っている。
(俺は皇子だったのか)
この心臓の鼓動の理由が真実を聞いた衝撃なのか、皇子だと知った興奮と期待なのか。レオンハルトには判別ができなかった。
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