第33話 父との稽古 Ⅱ


「吸収と放出の力のことですね」

「そうだよ。僕と初めて稽古をした時にも訊いたけど、どんな風にその力を使ったか改めて説明してくれるかい?」

「はい。もう駄目だと思った時に白い光を見ました。手で触れてみると、傷が治り魔力も回復しました。その白い光が魔力だと感じたので、辺りに浮いていた魔力を体の中に入れました。もう魔力を体の中に入れることができなくなって、全身の魔力を剣に集めて放出しました」

「最初の時よりも分かりやすい説明だったよ。ちゃんと思い出してくれたんだね」


 お父様が私に微笑んでくれた。


 お父様と初めての稽古の時、吸収と放出を具体的にどう使ったのか説明できなかった。

 魔物と戦った時は無我夢中だったので、記憶が曖昧だったからだと思う。

 お父様に思い出すようにと指示を受けてからは、時間を掛けて一つずつゆっくりと思い出していた。


「実はね、魔物との戦闘やフレイヤの特異魔法についてオスカーとケイトには話をしたんだ」

「そうなんですね。お母様には?」

「コルネリアには言ってないよ。心配させるのは嫌だろう?」

「そうですね。お母様が聞くと泣いてしまうかもしれません」


 魔物と戦ったことをお母様には知られたくない。もちろん、イリアやシオンにもだ。また皆が心配してしまうから。


「ケイトと魔力操作の練習をしたと思うけど、何か変わったことはなかったかい?」

「体術の手合わせをしている時に、ベタベタと体を触られました。体術の稽古だ気にすんなって言われましたけど」

「そっか、ごめんごめん。先に言っておけば良かったよ。ケイトにはフレイヤの魔力の流れを細かく調べてもらっていたんだ」

「どうしてですか?」

「フレイヤは魔力量がとても多いよね。もしかしたら、その理由に吸収が関係あるんじゃないかなと思ったんだ」


 どういうことだろう? 吸収が関係?


「ケイトが言うにはね、フレイヤの体は微細な魔力を全身から吸収してるみたいなんだ。特に両手の吸収量が多いよ。吸収の力が常に働いているから、フレイヤの魔力量は多いんだ」


 私は思わず両手を見つめる。

 体が勝手に魔力を吸収しているなんて思わなかった。


「当然、特異魔法も制御できた方が良い。今のフレイヤは制御できていないからね。もし、何かの理由で吸収の力が暴走したら、魔経脈まけいみゃくを傷つける可能性がある」

「でも、私、これは無意識で、勝手に――」


 私は途中で言葉を切って、もしかしてと考え始める。逆に意識すれば止められるんじゃないの?


「フレイヤ、どうしたんだい?」

「ちょっとやってみたいことがあるんです。良いですか?」

「分かった。やってみて」


 呼吸を整えて集中し、両手を見つめる。

 白い粒々が両手に吸い込まれていた。目を細めると、その粒々は微かに光っている。


 これは魔力?

 止まれって意識したら、止まるかも。

 止まれ!

 強く意識すると、白い粒々が両手に吸収されずに消えていく。


 私は驚いて目を見張った。


「フレイヤ、大丈夫かい?」


 お父様が心配そうに私を見つめていた。


「意識したら、魔力の吸収が止まりました!」

「凄いじゃないか! じゃあ、同じように放出はできるかい?」

「やってみます」


 再び集中する。

 私の魔力は銀色なので、両手に銀色が集まる。この力は魔力操作と一緒のような気がした。

 だけど、私の魔力は両手から外へ出てこない。


「お父様、できません」


 お父様が顎を触りながら言う。


「試しに木剣に魔力を集中させてみて」

「木剣ですか?」

「うん、やってみて」

「分かりました」


 お父様の言う通りにする。

 木剣を構えて、魔力を両手に集めた。その魔力を木剣に流そうと意識を集中する。

 すると、私の魔力がゆっくりと木剣に流れ始め、木剣が銀色に光っていく。

 魔物と戦った時は白くて激しい光だった。今は銀色で弱々しい光だ。


 突然、バコッと大きな音を立てて、木剣の剣身けんしんが真ん中から破裂した。


「フレイヤ、怪我はないかい?」

「大丈夫です。木剣に魔力が流れました。前とは違って、銀色の光で弱々しかったです。放出もできませんでした」

「魔力を木剣に流すことはできたじゃないか。フレイヤ、凄いよ」


 お父様が私の頭を撫でてくれた。


「フレイヤの放出は剣を持たないと使えないのかもしれないね。魔剣に近いかもしれない」


 お父様やパウラ様が使う魔剣は剣に魔法を纏わせ、魔法の力を加えた斬撃を放つ。

 放出とは全く違う。私は魔剣をできるようになるのかな?

 前世のフレイヤは魔剣の使い手だったから、私も魔剣が使えるようになるはずだと思うけど……


「今日はこれで終わろうか。今日の稽古で、フレイヤのこれからすべきことが見えたね。分かっていたら、僕に言ってみて」

「はい」


 お父様との稽古が終わると、稽古で見つけた自分の課題をお父様に説明することになっている。

 今日の稽古を思い出しながら、ゆっくりと言う。


「一つ目は魔力操作についてです。魔力の流れをイメージし過ぎて身体強化が遅くなっているので、イメージしなくても瞬時に身体強化ができるようになります」


 お父様が黙って頷く。


「次に魔力吸収と放出についてですけど、私はもっと自分の力を知らないといけないと思います。吸収の力にはいつも意識を向けて、無意識に魔力を吸収しないように気をつけます。放出の力は色々試して、自分で力の使い方を理解しようと思います」

「自分の課題を上手く説明できたね。フレイヤの特異魔法は魔力操作と逆の考えになる。使う時と使わない時を見定めないといけない。フレイヤの力はまだまだ分からないことが多いからね。オスカーとケイトも一緒にフレイヤを強くしてくれる。もちろん僕もだよ。一緒に頑張ろう」

「はい! 頑張ります!」


 お父様は微笑んで頷くと、何かを思い出したみたいに手を打った。


「忘れるところだったよ。ちょっと待ってて」


 敷地のベンチに置いてある鞄から長方形の小さな箱を取り出して、私に渡した。


「開けてみて」


 箱を開けると、赤い宝石がついたネックレスが入っていた。

 宝石が光輝いている。とても綺麗。


「これを私にですか?」

「そうだよ。小さい宝石でごめんね。コルネリアと一緒に買ったんだ。十一歳になったから、誕生日会をしなかったからね」


 貴族の子どもは十一歳になると十七歳まで誕生日会を行わない。その代わり、十八才になったら、誕生日会を成人祝いも含めて今までで一番盛大に行う。

 本当は十一歳の誕生日にプレゼントを貰わないのに。


「お父様、良いんですか?」

「良いも何も僕の理由が一番なんだ。照魔の儀式の後、祝賀パーティーがあるだろ。その時に僕の娘が一番可愛いって自慢したいのさ」

「お父様…… ありがとうございます!!」


 嬉しい気持ちが一杯になって、私はお父様に抱きついた。

 お父様、ありがとうございます!!


 はしたないと思って離れようとしたら、お父様に抱っこされた。


「フレイヤ、大きくなったね。もっと大きくなったら、もう抱っこができないよ。だから、今のうちにさせて欲しいな」

「え、あ、はい」


 お父様に抱っこされたのって、いつ以来?

 嬉しいけど、恥ずかしい。私の顔はきっと真っ赤だ。


 お父様の腕から優しく降ろされた。


「フレイヤのことをもっと抱っこしていたいけど、もう戻らなくちゃ。書類仕事が残ってるからね」

「お父様、いつも稽古をしてくれてありがとうございます」

「当然だよ。父親だからね」


 敷地に待たせていた騎士団の馬車にお父様が乗り込むと直ぐに出発した。

 お父様を見送って、私は屋敷に戻った。



 ◇◇◇



 ドレスをシオンに着せてもらって、お母様に私のドレス姿を見せる。


「やっぱり青が似合うわね。そのネックレスも似合うわ。とても綺麗よ」

「ありがとうございます」


 今着ているドレスは祝賀パーティーに着る用のドレスだ。


「一つ心配なのがフレイヤの成長よね。直ぐに大きくなるんだから。また大きくなったでしょ」

「はい、少しだけ大きくなりました」


 お母様が難しい顔になる。

 私がもっと大きくなってしまったら手直しか、買い直すかをしなければならない。安く済むのは手直しだけど、手直しの跡が残ってしまう。


「大きくなったら、大きくなったらよ。買い直すわ。フレイヤには一番素敵な姿でパーティーに出てもらいたいからね」

「良いんですか?」

「そんなことで私はケチケチしません。これでも私は伯爵夫人なのよ」

「そうでした。私も伯爵の娘でした」


 私とお母様はお互いにフフッと笑う。


「フレイヤ、祝賀パーティーにはマルクスも同行するけど、パーティーが終わるまであなたと離れることになるわ。嫌そうな顔をしないで、通例なのよ」

「…… そうなんですね」

「だから、気をつけなさい。この祝賀パーティーはデビュタント前の模擬社交界よ。帝国中から色んな貴族の子どもたち集まるわ。私たちの立場は分かってる?」

「…… 一応、皇帝派です」

「その通りよ。だから、アンジェリーナ様と目立つような会話は控えなさい。挨拶くらいにするの。アンジェリーナ様の迷惑になるわ」

「え!?」


 確かにそうだ。手紙で話そうと約束したけど、私の立場だと全然喋れない!

 うっかりしてた。お側にいたいと思っていたのに。


「ロゼとも一緒にいたら駄目ですか?」

「グラストレーム男爵は中立派だったと思うわ。問題ないわよ」

「良かったです」


 私は安心して胸を撫で下ろした。


「ロゼと一緒にいるつもりなら、なるべく一人にしちゃ駄目よ。エルフ族の混血は目立つから」

「分かりました。ずっと一緒にいます」


 お母様が急に私の頭を撫で始めた。


「お母様?」

「もう十一歳になったのよね。子どもの成長って早いわ」

「自分だと分からないですけど、大人になったら美人になることは分かります」

「こら、調子に乗らない」


 冗談を言ったら、お母様に軽く頬をつねられた。

 痛い、痛い。


「祝賀パーティーでは淑女でいるのよ。フレイヤは元気過ぎるから」

「分かってます。任せてください」


 私は笑顔でドレスの裾を摘まみ腰を折って、お母様の部屋を退出した。


 シオンにドレスを脱がせてもらい、私は自室のベットに座る。そのまま背中から寝転んだ。


 年が明けたら、照魔の儀式だ。そして、祝賀パーティー。

 祝賀パーティーではアンジェ様と皇太子カイルの婚約が発表される。

 婚約発表以外は何も起きないと思う。前世のアンジェリーナ様からそれ以外のことは何も聞いていないから。

 色んな人が来るから何が起きるか分からない。気を引き締めよう。



















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