第32話 父との稽古 Ⅰ


「フレイヤ様、入っても宜しいですか?」

「良いよ、入って来て」


 シオンがドアを開けて、自室に入って来た。


「どうしたの?」

「イリア様がフレイヤ様と遊びたいそうです」

「ちょっとだけ待って」


 今、ロゼとアンジェ様宛の手紙を書いている。手紙の内容は二人とも照魔しょうまの儀式に関することだ。


 照魔の儀式は年明けにミュトス教の各教会で行われて、その後は、帝城で祝賀パーティーが催される。貴族の子どもたちは一族の当主と共に参加する。


 祝賀パーティーではアンジェ様と皇太子カイルの婚約発表が行われる。

 私はカイルの顔を知らない。この祝賀パーティーで初めて知ることになる。皇帝ゴットハルトも参加するはずだ。

 かたきが二人も現れる。

 二人の姿を見て、自分の怒りを抑えることができるのか、とても心配だ。


「フレイヤ様、聞こえてますか?」

「え、何? 何か言った?」

「イリア様がお待ちです」

「あ、ごめん」


 手紙を丁寧に封筒に入れて、シオンに手渡した。


「シオン、お願いね」

「承知致しました」


 シオンがなぜか私をじっと見つめる。


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」

「付いていません。いつもの可愛らしい顔です」

「そんなこと言わなくて良いから。じゃあ、何なの?」

「ご成長されたなと思いまして。フレイヤ様はどんどん大きくなります」

「十一歳になったからね。身長も伸びたし。直ぐにシオンの背を越すよ」


 シオンの身長も伸びてるから、身長差はあまり縮まっていない。

 ちょっと悔しい。早く高くなりたい。


「体の成長だけではありません。近頃は一人でできることも増えました。食べ物の好き嫌いも減りましたからね」

「そんなこと言わなくても良いでしょ、シオンのバカ。手紙は頼んだからね」

「承知致しました」


 シオンがクスッと笑いながらお辞儀をする。私をからかって面白がっていた。

 今度は私もシオンをからかってやるんだから!


 自室を出てイリアのもとへ行く。


 イリアは居間で絨毯の上に寝転びながら本を読んでいた。

 足をバタバタさせて機嫌が良さそうだ。どんな本を読んでるのかな?


「イリア、何を読んでるの?」

「お姉様!!」


 イリアは本から目線を外して、笑顔で私を見た。


「これはイリアの誕生日にアンジェリーナ様からいただいた本です。ヴィスト語を少し勉強してました」

「もしかして勉強したかった? 私、戻った方が良い?」

「嫌です! イリアはお姉様と遊びたいです」

「そう、分かった。じゃあ、何する?」

「かくれんぼがしたいです!」

「かくれんぼかー……」


 正直、かくれんぼはしたくない。屋敷の中でイリアが隠れると全く見つからない。

 前もしたことがあって、私一人でイリアを見つけることはできなかった。シオンや他のメイドたちにも手伝ってもらったけど、それでも中々見つからなくて凄く苦労したのを覚えている。

 午後からお父様に稽古をつけてもらう予定だから大変なことはしたくない。


「イリアのヴィスト語を聞きたいな。ちょっと話してみて」

「ヴィスト語ですか? 何でも良いですか?」

「うん、何でも良いよ」

「分かりました。じゃあ、言いますね」


 イリアは少し俯いて言う。


ラブアスお姉様ルキュッシュありがとうございますヨルムーセ大好きです


 当然意味が分からないので、首を傾げてイリアに訊く。


「何て意味なの?」

「エヘヘ、内緒でーす」


 イリアは可愛らしく笑って言った。


「イリアの意地悪。それじゃ分からないよ。他にも話してみて」

ディシナ了解です。了解ですって意味です」


 イリアは嬉しそうにヴィスト語を色々と話してくれた。

 改めて思うけど、イリアは天才だ。

 こんなに早く外国語を覚えられるなんて凄い!

 私もイリアに負けてられないな。午後の稽古を頑張ろう!



 ◇◇◇



「準備体操は良いかい? 軽く打ち合いをしようか」


 お父様との稽古は今日で五回目になる。

 いつも軽くって言うけど、全然軽くない。全力を出さないと、あっという間に負ける。


「始めるよ。おいで」


 木剣を構えて、魔力操作――


 ガン!


 咄嗟にお父様の攻撃を止める。


「フレイヤ、遅いよ。もっと動き出しを速くして」


 魔力操作で身体能力を向上させる前にお父様が攻撃をしてきた。

 お父様の木剣を払って、距離を取る。


「魔力操作が遅い。身体強化する前に負けるよ。敵は待ってくれないんだから。…… 身体強化はできた?」

「…… はい」

「じゃあ、攻撃してきて」


 悔しい気持ちを堪えて、一気に駆け出す。


 お父様に連続攻撃。

 右、左、横薙ぎ、体術を混ぜて攻めるが、全て簡単に躱される。

 お父様は木剣を一度も使ってないのに。悔しい。


 私の攻撃が大振りになった。

 お父様は半身で躱し、私の手首を持って、攻撃の勢いを利用して軽々と投げた。


 起き上がって、思わず。


「ワアァ!!」


 全く相手にならない自分に腹が立って声を荒げた。


「悔しいと思うのは良いことだよ。でも、その言い方はコルネリアに聞かれたら怒られちゃうよ。ほら」


 お父様が後ろを指差したので、思わず振り返る。

 誰もいない……


「お父様! 嘘ついた!」

「ハッハハハ、ごめん、ごめん。悔しい気持ちは落ち着いたかい?」


 落ち着いたけど、お母様がいたと思って、本当に怖かった。

 何も言わずに私が口を尖らせると、お父様は誤魔化すみたいに私の頭を撫でた。


「気持ちに振り回されたまま、剣を振っちゃ駄目だよ。必ず隙ができるから。戦う時に想いを持つことはとても大切だけど、それに支配されたら、自分の力を発揮できないからね。フレイヤはその傾向があるから気をつけて」

「はい」


 軽く水分補給をした後、再び稽古を始める。


「フレイヤ、魔物と戦った時のことを思い出せるかい?」

「もちろんです」


 お父様に初めて稽古をつけてもらった時に、魔物との戦いを細かくお話しした。


「話を聞いた限り、魔物と戦った時のフレイヤは無意識に魔力操作を行っていたはずなんだ。そうでなければ、魔物と戦うことなんてできないからね。魔力操作はいつもどんな風にしてる?」

「魔力操作ですか? いつもお腹から全身に魔力を流すイメージでしています。重点的に強化する時はその部分だけ強く魔力を流す感じで」

「なるほど。じゃあ、これからそのイメージを止めようか」

「はい?」


 お父様は何を言ってるんだろう? 魔力のイメージをしなかったら、魔力操作ができない。


「フレイヤは剣を振る時、今から剣を振るってイメージをしながら剣を振るかい?」

「そんなことはしないです」

「それと同じだよ。無意識にできるってことは体が覚えるってことなんだ。体が覚えたら、イメージをするよりも魔力操作が速くなると思うよ。実際、フレイヤは魔物との戦闘で無意識で魔力操作を行っていたんだから」


 お父様の言う通りかもしれない。

 魔力操作を体に覚えさせるなんて考えたことがなかった。もっと努力しないといけない。


「フレイヤなら大丈夫! きっとできるさ。僕の娘なんだから」

「はい」


 私は笑顔で返事をした。


「さて、次はフレイヤの特異魔法についてだね」






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