第31話 充実した一日


 私はお父様の横を歩きながら質問をする。


「お父様とクラウディオ団長は昔からの友だちなのですか?」

「まぁ、そうだね。僕とクラウディオ、ダニエラは同じ人から剣を教えてもらったから」

「ダニエラお母様もですか?」


 少し声が大きくなってしまった。

 お父様が私の前でダニエラお母様の話をするのは珍しい。


「そうだよ。ダニエラも騎士だった。僕と結婚してからは直ぐに辞めたけどね。僕は父のいた第十二帝国騎士団、ダニエラは第十八騎士団、クラウディオはの所属だった」


 昔を思い出しているのか、お父様が懐かしそうに顔をほころばせていた。


「誰が一番強かったのですか? やっぱりお父様ですか?」

「違うよ。一番強かったのはダニエラさ。ひょっとしたら、フレイヤの強さもダニエラから受け継いだのかもしれないね」


 どんな顔をして良いのか分からなくなって顔を下に向ける。

 まさかダニエラお母様が一番強かったなんて、初めて聞いた。ダニエラお母様は私が二歳の時に亡くなったから、何も覚えていない。コルネリアお母様に悪い気がしてダニエラお母様のことは何も訊いたことがなかった。

 ダニエラお母様はどんな人だったんだろう? とても気になる。


「前を見て、着いたよ」


 お父様の声にハッとして顔を上げると、私は思わず後ろへ一歩下がった。


 ドン! ドン! と聞こえる場所は高くて分厚い壁に囲まれていて、特別な場所のように感じる。

 この中で何が行われているんだろう?


「フレイヤ、今からドアを開けて入るよ。この中は大きな音がするから耳を両手で塞いで」

「分かりました」


 お父様がドアを開けて、私はこの中に入った。



 ◇◇◇



 五人の男性たちが全員同じ構えで細い筒みたいな物を持っている。

 筒を肩より上の位置まで持ち上げて、左手でその筒を支え、右手は筒に付いている取っ手を軽く握っていた。

 筒の先を見ると、弓矢を射る時に使うまとを付けた棒が立っていた。

 そして、ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!


 耳を塞いでいても、うるさい。

 今度は五回も鳴った。あの筒から鳴っているのかな?


 お父様が私の肩を軽く叩く。


「フレ……」


 何か言っているみたいだけど、全然聞こえない。

 お父様が笑って私の両耳を指差す。

 しまった! 両手で耳を塞いだままだった。


「フレイヤ、あの的を見てごらん?」


 的に視線を移すと、五つあった的が三つに減っていた。二つの棒は倒れていて、的にはひび割れと何かが貫通したような穴がある。


「あの筒みたいな物がマスケット銃だよ。火薬を利用して鉛の弾を高速で飛ばすんだ。命中率は低いけど、強力な武器さ」


 こんな恐ろしい武器があったなんて知らなかった。

 鉛の弾があんな速度で飛び出すなんて……


「防ぎようがありません」

「確かにそうだね。でも、この武器にも弱点はある。この武器は火薬を使うから水に弱い。水魔法で水を掛けられたら、弾を撃つことができなくなる」

「弱点がある武器なのに、どうして練習をしているんですか?」

「それはマスケット銃が役に立つからだぜ」


 私の質問に答えたのはお父様じゃなかった。声の方を向くと、クラウディオ団長がいた。

 クラウディオ団長と一緒にオスカー先生もいる。レオとパウラ様はこの場所に来ていなかった。


「クラウディオも来たのかい?」

「俺の騎士団にはマスケット銃がないからな。せっかくだから、見せてもらいに来たんだよ」


 お父様とクラウディオ団長だけで会話を始めた。

 お父様に質問をしたいので、二人の会話に割って入る。


「お父様、質問してもよろしいですか?」

「もちろんだよ」

「お父様は、マスケットの弱点を水だと言いました。それに、命中率が低いとも。でも、クラウディオ団長はマスケット銃が役立つと仰いました。どのように役立つのですか?」

「良い質問だね」


 と言って、お父様が頭を撫でてくれる。


「マスケット銃の練習をしている彼らを見てごらん。彼らはどんな人たちだと思う?」

「どんな人たちって……」


 五人の男性たちは全員若い。

 剣を持っていないけど、騎士服は着ている。それに、他の男性騎士たちよりもほっそりとした体つきで強そうには見えない。


「彼らは魔力の少ない平民だ。剣術や武術をしたことがないし、当然、戦闘経験もない。でも、あのマスケット銃さえあれば、騎士や魔法師よりも強い戦士になれる。あの武器と戦うには相当の勇気が必要だからね。…… この説明、フレイヤには難しかったかな?」


 魔力や武術に秀でてなくても、マスケット銃さえあれば平民でも戦士として戦えるとお父様は説明された。

 凄い武器だ。

 でも、この武器はどうしてここに五つしかないんだろう? もっと用意して練習したら良いのに。


「他にマスケット銃はないんですか?」

「ないよ、これだけさ。あんまりマスケット銃を増やすと上がうるさいからね」


 どういうことですか? と訊いたけど、頭を撫でられただけでそれ以上は答えてくれなかった。


「フレイヤ、ちょっと待っていてくれるかい。彼らと話をしたいんだ」

「はい」


 お父様はマスケット銃を扱う男性たちのもとへ行った。

 お父様のことを待っていると、クラウディオ団長とオスカー先生の会話が聞こえて来た。


「フレイヤ嬢は強いんだよね?」


 クラウディオ団長の質問に私は驚いた。


「十代前半の子どもの中では最も強いと思います。私の自慢の弟子ですから」

「へぇ、黒騎士オスカーがそこまで言うなんてな」


 私は自分の口元を手で隠す。

 どうしようニヤニヤが止まらない。オスカー先生が自慢の弟子だって言ってくれた。とても嬉しい。


 お父様が戻って来て私に訊く。


「フレイヤ、どうしたんだい?」

「な、何でもないですよ」

「それなら良いけど。訓練場に戻ろうか」

「はい」


 お父様がクラウディオ団長とオスカー先生に訓練場へ戻ることを伝えた。


「分かった。一緒に戻るよ。その前に、フレイヤ嬢に一つだけ良いか?」

「え? 私にですか?」


 クラウディオ団長が真剣な表情で言う。


「レオンハルトと手合わせをしてみないか?」



 ◇◇◇



 訓練場に戻ると、レオがパウラ様に稽古をつけてもらっていた。

 パウラ様の動きは速く、レオの動きが遅れている。でも、私のように防戦一方にはなっていない。

 何度か攻防を繰り返した後、レオが負けた。


 レオが休憩していると、クラウディオ団長が話し掛ける。

 会話を聞きながら私は体をほぐし始めた。


「レオンハルト、今からフレイヤ嬢と手合わせをしろ」

「…… 分かりました、父上。面白そうです」


 余裕な物言いが気に食わなくて、私はレオを睨む。

 私と目が合うと、レオは小さく笑った。

 絶対に負けたくない。


 レオの休憩が終わり、私はレオの前に立つ。


「もう元気になったの? もう少し休んでも良いよ」

「俺と手合わせするのが嫌なのか? フレイヤこそ嫌なら断っても良いぞ」

「ふざけないで。負けても疲れたせいにしないでよ」

「ああ、もちろんだ。どうせ俺が勝つ」

「勝つのは私だから!」


 パンパンと手を叩く音が二回した。


「手合わせの前から口で戦うなよ。元気なのは良いことだけどな。審判は俺がする。ルールの確認だが、頭は危険だからな狙うな。他の部位は基本的に問題ない。勝負あり、もしくは危険と感じた時点で俺たちが止める。二人とも全力で戦え」

「はい」

「はい」


 審判はクラウディオ団長、私とレオの周りにはお父様とオスカー先生、パウラ様がいる。


「準備は良いか?」


 クラウディオ団長の問い掛けに頷いて、私は木剣を構える。


「始め!」


 私は魔法操作で全身の身体能力を高めて、レオに向かって一気に駆け出した。

 右から全力で木剣を振り下ろす。

 レオが木剣を斜めにして私の攻撃を受け流した。そして、そのまま横薙ぎの攻撃。

 私は咄嗟に後ろへ下がって躱す。


 私が下がると、レオは連続攻撃を仕掛けて来る。

 魔力感知をして動きを先読みすることで攻撃を躱す。

 攻撃を避ける時にレオの攻撃を木剣で受けると、手が痺れる。

 レオの剣は重い。このまま受け続けるのは良くない。


 私は少し遠めに距離を取った。

 攻撃の威力はレオが勝るけど、動きは私の方が速い。魔力感知でレオの動きを先読みしながら、私が攻撃する。

 パウラ様の稽古で学んだことの応用だ。


 一つ息を吐いて呼吸を整える。

 両脚に魔力を集中させて、地面を蹴った。レオとの距離を一気に詰める。


 間合いに入って右から振り下ろそうとした時、レオが受け流しの構えをしようとするのが見えた。

 私は振り下ろしの攻撃から振り上げの攻撃へと変更。レオの斜めに構えた木剣を思いっきり下から振り上げた。

 そして、レオの木剣が勢い良く宙を舞う。


「それまで! フレイヤ嬢の勝ち!」


 元の位置にまで戻って、私とレオはお互いに一礼をした。

 私はレオの方へ歩み寄り、レオも私の方へ歩み寄って来る。


「レオ、強いね。剣は重いし、あの受け流しは凄いよ」

「フレイヤこそ強いな。失礼な態度を取って悪かったよ」


 私が笑うと、レオも微笑んだ。


 すると、私たちの周りにお父様たちが集まる。


「見事な戦いだったよ。フレイヤ、レオンハルト君、お疲れ様」

「お父様、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「二人の戦いを見て、胸が熱くなったぜ。フレイヤ嬢、とても強いな。機会があれば、これからもレオンハルトの稽古相手になってくれ」

「はい、私もレオと一緒に稽古がしたいです」


 クラウディオ団長も褒めてくれた。皆に褒めてもらえて嬉しい。


 クラウディオ団長がレオの頭をポンポンと軽く叩いて言う。


「だってよ。良かったな、レオンハルト」

「そうですね。これで俺はもっと強くなれます」

「はー、どうしてお前はいつもそうなのかねぇ」


 レオとの手合わせは私の勝ちで終わった。この後、他の騎士団員にも稽古をつけてもらった。

 とても充実した一日だったと思う。お父様と沢山話せたのも嬉しかった。

 私と稽古する時間をお父様には早く作ってもらいたい。



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