第30話 父と娘


「お父様」

「やぁ、フレイヤ。オスカーからフレイヤが来てるって聞いて、とても驚いたよ」

「お忙しい時に来て、ごめんなさい」


 私は目を伏せて言った。


「僕は会えて嬉しいよ。来てくれてありがとう」


 お父様は怒ってないのかな?

 笑顔で私の頭を撫でてくれる。


「おーい、マルクス。俺たちを忘れてないか?」


 お父様の後ろの方から明るい男性の声が聞こえた。

 お父様にしか目が行ってなかったから他の人たちを忘れていた。

 明るい声の男性はすらっとした体型で、長い金髪を後ろで一つに束ねている。

 その男性の横には。


「レ、レオ!」

「フレイか?」


 黒髪で黒い瞳の少年レオがいた。どうしてここにいるの?


「フレイヤ、レオンハルト君のことを知ってるのかい?」


 お父様が不思議そうな顔で私に訊いてきた。

 まずい、貧民街に行ったことは秘密だ。誤魔化さないと!


「その…… 上流街で会って友だちになったんです。ね? そうだよね?」


 レオに頷いての意味を込めて視線を送る。


「マルクス団長、その通りです。フレイヤ嬢とは上流街で出会いました」


 私の視線の意味が伝わったみたい、良かった。ふーっと小さく息を吐いて安心する。


「ですが、マルクス団長のご息女とは知りませんでした。フレイヤ、


 レオは少しだけ口角を上げて言った。

 私がフレイって名乗ったことをからかってるんだ。


「そ、そうね。お互いに家名を名乗らなかったから。どうしてレオがここにいるの?」

「俺が連れて来たからさ」


 私の質問に金髪のすらっとした男性が代わりに答えた。


「自己紹介がまだだったよな。俺の名前はクラウディオ・フォン・ヴェルナフロ。レオンハルトの父親だ。ちなみに爵位は侯爵で、第十一騎士団の団長をしている。フレイヤ嬢、よろしくな」


 お父様と同じ歳頃だと思うけど、ヴェルナフロ侯爵様は二十代に見える。女性ウケしそうな整った顔立ちだ。レオとあんまり似てない気がする。


「ヴェルナフロ侯爵様、失礼致しました。私はマルクスの娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します。私のことは気軽にフレイヤとお呼びください。よろしくお願い致します」


 今日はドレスを着ていないので、膝だけ軽く曲げて挨拶をした。


「ヴェルナフロはしてくれ。クラウディオと呼んでくれないか?」

「分かりました。では、クラウディオ団長とお呼びます」

「ああ、それで頼む。物分かりが良いお嬢さんで助かったよ。まさかマルクスの娘がこんなに可愛くなってるとはな。、将来は美人だ、間違いない!」

「いや、そんなことは……」


 私はニヤニヤしているのを隠すために俯いた。

 可愛いってはっきり言ってくれると、とても嬉しい。…… ん? クラウディオ団長、私のことダニエラお母様に似てるって言ったよね? クラウディオ団長はダニエラお母様に会ったことがあるのかな?


「クラウディオ、僕の娘にちょっかいを掛けないで欲しいな。斬られたいのかい?」

「おいおい、そんなことでキレるな。悪かったよ。ちょっと剣が見えてる、柄から手を離せ。謝るから」

「当然だよ」


 お父様はフンと鼻を鳴らして、剣の柄から手を離した。

 冗談だとは分かっていたけど、少しだけヒヤヒヤした。


 クラウディオ団長が周りを見回してお父様に訊く。


「マルクス、ここの団員たちとレオンハルトを手合わせさせても良いか?」

「構わないよ、そのつもりで来たんだろう。僕はちょっとフレイヤと話をしたいんだ。代わりにパウラとオスカーを案内人にさせるよ」

「黒騎士オスカーに魔剣使いのパウラを案内人につけてくれるなんて光栄だな」


 お父様がオスカー先生とパウラ様に言う。


「二人とも頼めるかな?」

「もちろんです」

「承知致しましたわ」


 オスカー先生がクラウディオ団長とレオを案内しに行く時に私をちらっと見た気がした。

 お父様を私のもとに連れて来てくれたのはオスカー先生だ。私は小さく黙礼をした。


「フレイヤ、あそこに座ろうか」

「はい」


 休憩するためのベンチがあったので、私はお父様と横に並んで座った。



 ◇◇◇



「お父様、ごめんなさい。忙しいのに来てしまって」

「さっきも言ったけど、僕はフレイヤに会えて嬉しいよ。むしろ、謝るのは僕の方だ。とても忙しくて、フレイヤと話が…… ううん、違うね。正直に話そうか」

「え?」


 私は小首を傾げた。

 正直って何だろう? 忙しい以外に何か理由があるのかな?


「フレイヤ、覚えてるかい? フレイヤが公爵領から帰ってきた時、僕は何も訊かなかった」

「はい」


 あの時、お父様は私の質問に答えるばかりで何も訊いてこないので不思議に思った。


「あの時、僕はフレイヤが生きていてくれてとても嬉しかった。だけど、フレイヤが魔物を倒した事実を受け止めることができなかったんだ。今でもその事実をコルネリアやオスカーたちに隠している」


 誰にも言うなと約束させた理由が分かった。

 私はただの十歳の少女。受け止められないのが普通だと思う。あり得ないことをしたんだから。お父様の反応が正しい。


「フレイヤには何か途轍とてつもない力が眠っているんだろう。それは間違いないと思う。きっと僕には想像できないほどの力だ。でも、フレイヤに大きな力があることを周りに知られたら、フレイヤ自身を危険にさせてしまうかもしれない。だから、これ以上、フレイヤの力を目覚めさせるようなことを続けても良いのか、僕はとても悩んだし、結論を出すのが怖かった。その気持ちがあったから、忙しさを便利な言い訳にしてフレイヤになるべく会おうとしなかったんだ。最低な父親だと思う。本当にすまない。どうか、こんな僕を許して欲しい」


 お父様が私に深々と頭を下げた。

 謝る必要なんてない。


「お父様、頭を上げてください。私はお父様を最低だなんて思いません。だって、正直に話してくれましたから。私はお父様が大好きです」

「フレイヤ…… ありがとう」


 お父様はゆっくりと頭を上げた。


 お父様が正直に気持ちを打ち明けてくれた。私も将来のことを正直に打ち明けようと思う。


「私もお父様に話したいことがあります」

「何だい?」

「私、お父様に騎士になりたいと言いました。でも、帝国騎士になりたいんじゃありません」

「知ってるよ。アンジェリーナ嬢に仕えたいんだろう」

「え? どうして知ってるんですか?」

「魔物事件の後処理でエイルハイド公爵にお会いした時にアンジェリーナ嬢とも会ったんだよ。知的で、人を惹きつける不思議な魅力がある子だね」

「はい! とても素敵な方です」

「フレイヤはもうアンジェリーナ嬢の虜なんだね。しかも、初めて会ったお茶会でフレイヤが仕えたいと言ったそうじゃないか」

「え? はっきりとは言ってませんよ」


 お父様が苦笑して言う。


「遠回しに言ったのは知ってるよ。でも、貴族の遠回しなんて真っ正直に言うのと変わらないさ」

「そんな……」


 じゃあ、アンジェ様にも私の言った意味がはっきりと伝わってたんだ。お父様は私の考えをどう思ってるの?


「お父様は反対なのでしょうか?」

「僕の爵位を継ぐのはフレイヤだ。伯爵となった時にフレイヤが責任をもって判断したら良いよ。僕は何も言わない。家族は僕たちだけだからね、フレイヤの判断に反対する者はいないさ。でも、エイルハイド公爵が貴族派の筆頭だということは承知してるよね?」


 もちろん知っている。

 そして、今のお父様の立場は皇帝派の末端だ。末端だから、政治闘争に巻き込まれず傍観者でいることができている。

 アンジェ様に仕えることになれば、傍観者をやめて、政治闘争の渦中に自ら入ることになる。その覚悟はあるのかと、お父様は私に訊いている。


「もちろんです。その上で言っています」

「そっか、分かったよ。僕は変わらずフレイヤを応援する。でも、まずは帝国騎士になるんだろう? アンジェリーナ嬢が認めるような功績を立てなきゃね」

「はい! お父様の言う通りです」

「じゃあ、僕の騎士団に入るよね。十五歳になったら、帝国騎士の見習いになれる。フレイヤと一緒に働くのが楽しみだよ」

「私も楽しみです。頑張ります!」

「これからは僕もフレイヤに稽古をつけるよ。フレイヤが強くなるように協力する。ちゃんと時間を作るから」

「本当ですか!? やったーー!!」


 私が笑顔で喜ぶと、お父様も笑顔になる。

 お父様と久しぶりに沢山お話ができた。

 お父様の気持ちを知れたし、アンジェ様のことも話せた。とても大切な時間になったと思う。

 全部、オスカー先生のおかげだ。ありがとうございます。


 ドン! とまた大きな音が響いた。

 さっきから何だろう?


「フレイヤ、どうしたんだい?」

「あっちの方で大きな音が鳴ってる気がして」


 私が指差した方向を見て、お父様は頷いて言う。


だね。見に行こうか。きっと驚くよ」

「はい」


 お父様と一緒に私は音の方へと向かった。





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