第27話 二人組の情報屋
「レオ様、すいませんね。いつも助かっています。僕も行きましょう」
「トールは行くな、子どもたちが怯える。俺が行くからお前は茶でも飲んでろ」
「えー、そんな。僕も子どもたちと遊びたいのに」
レオとマルティスは子どもたちのいる庭に向かった。聖堂に残ったのは私とシオン、トール様だけになる。
「フレイヤ様、宜しければ、子どもたちの遊ぶ姿を見ませんか?」
「え、私がですか?」
「はい」
実は気になっていた。
私の知っている貧民街の子どもは、いつも暗くて生きている感じがしなかった。アンジェ様と会うまでの私もそうだった。
この教会の庭で遊んでいた子どもたちは、とても明るくて生き生きしている。
「お願いします。見せてください」
トール様は頷いて、私たちを庭に案内してくれた。
◇◇◇
外に出ると、子どもたちの楽しそうな声が響いていた。
レオとマルティスにくっついて楽しそうに遊んでいる。暑苦しいと言いながら、二人は自分の体から子どもたちを優しく引き剥がしていた。二人とも子どもたちに優しいのかな?
「レオは良く来るんですか?」
「そうですね。いつも子どもたちと遊んでくれて助かっています」
やっぱりそうなんだ。子どもたちに懐かれ過ぎだよね。
あれ? 今気づいたけど、私より歳上の子どもが一人もいない。
「トール様、訊いても良いですか?」
「何でしょう? 何でもお答えしますよ」
「私より歳上の子がいません。どうしてですか?」
「そうですね。偶然もありますが、私を信用できなかったのでしょう。顔が利くマルティスが誘ってくれているようですが、難しいですね」
貧民街の子どもたちが大人を信用できないのは当然だろうなと思う。
大人は傷つけるばかりで優しくしてくれない。私も大人は敵だと思っていた。
「ここにいる子どもたちも最初は僕のことを信用してくれませんでした。まず僕を見ると、ぎょっとして逃げ出すのです。どうしてでしょうか? 全く分かりません」
「…… はっはは」
私は愛想笑いで答えた。
「子どもたちの遊ぶ姿を見ると、ミュトス教は良い行いをしていると思います。失礼な話になりますが、ミュトス教が貧民街の子どもたちを保護するなんて思いませんでした」
私は意外だった。
ミュトス教が貧民街の子どもたちを保護することを認めるなんて思わなかった。貧民街の人間を人間として認めていない気がしたから。
「フレイヤ様の仰る通り、ミュトス教は保護をしていません。だから、良い行いなんてしていませんよ」
トール様は自嘲するように言った。
「貧民街の子どもたちのために資金を用立てて欲しいと上層部に掛け合いましたが、鼻で笑ってやめろと言われました。ここの運営にミュトス教本部のお金は入っていません」
「でも、お金は?」
「僕が情報屋として資金を稼いでいます」
「マルティスが情報屋ですよね?」
「おっと、僕はまた口を滑らせたようですね。マルティスに怒られてしまいます。フレイヤ様は信用できる方だと思うので、お教えましょう。情報屋はマルティスと僕が一緒に行っています。人と会う時と
まさかトール様も情報屋だったとは。
情報屋をしてまで子どもたちの世話をしているなんて。しかも、ミュトス教の上の命令にも逆らってる。聖職者にとって、上からの命令は絶対じゃなかったっけ?
「トール様、どうしてそこまでされるのですか?」
「子どもは宝ですから」
トール様は微笑みながら何でもない口振で言った。
トール様こそ、本当の聖職者だと思う。
◇◇◇
「フレイヤ様、そろそろ」
「うん、分かった。遅くなると、怪しまれるね」
辻馬車が待ち合わせ場所に来る頃だ。
遅れると、待っててくれないかもしれない。
「俺も同行する」
レオが私たちのもとに来て、教会に来る時と同じように言った。
「別にいらないよ。レオは子どもたちの遊び相手でしょ。ほら、子どもたちが待ってるよ」
「余計なお世話だ。少女二人だけで貧民街を歩くのは不用心だと言ったはずだ」
「はいはい、そうですか。では、私の護衛のレオ、私たちのことを頼みますよ」
「護衛ではないと教会に来る時も言ったぞ、フレイ」
突然、トール様がクスクスと肩を震わせて笑い出した。
「お二人は仲が良いのですね。僕も楽しくなってしまいました」
「仲良くありません」
「ああ、仲良くない」
「ほら、息がピッタリだ」
私は納得できなくて顔を
すると、トール様が小首を傾げて私に訊く。
「そう言えば、疑問に思ったのですが、フレイ様とは? お名前はフレイ――」
「あーー!!」
トール様の手を引っ張って少し離れた。
「急にどうされたんですか?」
「すいません。レオにはフレイと名乗ってるんです。ここに来ているのは内緒なので咄嗟に偽名を言いました」
「なるほど、分かりました。フレイ様に合わせます」
元の場所に戻ると、レオはフッと笑って言う。
「内緒話は終わったか?」
「レオには関係ないよ。私、マルティスに挨拶してくる」
私が行くと、マルティスは沢山の子どもたちに抱きつかれていた。
マルティスは子どもたちに優しい情報屋って覚えておこう。
「マルティス、大丈夫ですか?」
「いつものことなんで、気にしないでください」
「そうですか。マルティス、今日はありがとうございました。とても助かりました」
「いや、俺は情報屋の仕事をしただけなんで気にしないでください。それと、俺に敬語は使わなくても良いです」
「じゃあ、マルティスも敬語を使わなくて良いよ。レオには敬語を使ってないんだから」
「レオにはそうなんですけど。フレイヤ様には無理かな。敬語を使わないとシオンがうるさそうなんで」
「マルティスはシオンと仲が良いの?」
「シオンは認めないかもしれませんが、仲は良い方だと思いますよ。シオンのことは小さい頃から知ってるので」
「小さい頃から?」
私はシオンを八歳の時から知ってるよ。それよりも前ってこと?
「シオンと俺は幼なじみですからね」
◇◇◇
私とシオン、レオは教会を後にして貧民街を歩いていた。
いくつか視線を感じるけど、誰も襲って来ない。
レオがフラドを撃退したからだと思う。貧民街で噂は直ぐに広まる。
私はシオンをチラッと見た。
シオンと私が初めて会ったのは、私が五歳の時。その時からずっと私の専属メイドだ。そう言えば、どうしてシオンは
あー、昔のことだから思い出せない。クレアの記憶は思い出せるのに。
「どうされましたか?」
「シオンてさ…… ううん、ごめん、何でもない」
昔のことをあれこれ詮索するのは良くない気がする。シオンだって知られたくないこともあるはず。それに、いつか知る機会があるかもしれないし。今はいっか。
レオは私たちの前を歩きながら、周りに危険がないか目を配っていた。本当に私たちの護衛みたい。
「ねぇ、レオ。話し掛けても良い?」
「ああ、何だ?」
「レオはどうして貧民街の子どもたちに会いに来ているの?」
「どうしても何も、会いに来てと言われてるからだ」
レオは当然のような顔で言った。
そもそも、普通は貧民街に来ない。
「じゃあ、どうして貧民街に来たの?」
「ここの住人がどんな人間なのか知りたかったからだ」
「ん? 良く分かんないんだけど」
「俺は気になったことは放っておけない
「だから、来たってこと? …… レオ、変わってるよね」
「フレイだって似たようなもんだ、俺と変わらない」
そして、私たちは何事もなく貧民街を出た。
「俺はここまでだ。二人とも気をつけて帰れ」
「うん。レオ、ありがとうね」
笑顔でお礼を言うと、レオが目を丸くする。
「何? その顔は」
「いや、フレイも可…… いや、気にするな。じゃあな」
レオは軽く右手を上げて、私たちの前から去って行く。
レオの背中が見えなくなるまで、私はその場を離れなかった。完全に見えなくなると、少しだけ寂しい気持ちになる。ちょっと一緒にいただけなのに、寂しくなるなんて不思議。
「私たちも帰ろうか」
「はい、遅くなるといけません。急ぎましょう」
お母様にバレたらどうしようと不安になりながら、私はシオンと一緒に急いで帰った。
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