第26話 貧民街の司祭


 ようやく教会に着いた。

 教会は周りの建物に比べて真新しく壊れていない。

 驚いたことに、教会の庭では小さな子どもたちが元気良く遊んでいる。服は薄汚れているが、子どもたちの体は痩せ細っていない。前世でも教会はここにあったけど、子どもたちをここで見たことがないと思う。


 イリアと同じ歳頃の女の子が私たちを見つけて近寄ってきた。


「あなたたちは誰ですか?」

「あー、私たちは教会でを受けたくって」

「洗礼? …… あ! じゃあ、教会の中で待っててください」


 シオンから洗礼という単語が情報屋に会うための合言葉だと聞いた。

 誰かを呼びに行くのかなと思ったけど、この女の子が私たちの前に立って動かない。じっと誰かを見ている。目線の先にはレオがいた。


「あー! レオ兄ちゃん! 来てくれたんだ!」


 女の子の声で他の子どもたちもレオの周りに集まってくる。


「レオ兄、遊んで!」

「あたしも!」

「僕は文字を教えて!」


 大人気だ。とても懐かれている。どうしてこんなに人気なの?


「分かった、分かった。お前たちと一緒にいるから」

「やったーー!!」


 レオは子どもたちに連れて行かれた。

 私は何だか置いてけぼりになった気分でシオンと一緒に教会の中へ入った。



 ◇◇◇



 横椅子がいくつも並び、正面の祭壇にはミュトス教のシンボルである五芒星が祀られている。

 信者はこの祭壇の前でお祈りをする。


 聖堂中央の横椅子に座っている少年がいた。


「あそこにいるのが情報屋のマルティスです」


 シオンと共に近づくと、情報屋が私たちの方を向いて立ち上がる。


 歳頃はシオンよりも少し上くらい。十五歳か十六歳くらいだと思う。茶髪で、右の前髪だけが長く右目は隠れている。右頬には火傷痕があって痛々しい。もしかしたら右目にも傷跡があるのかもしれない。


「よお、シオン。この方がフレイヤ様か?」


 情報屋がシオンに馴れ馴れしく話し掛けた。


「ええ、そうです。無礼のないようにお願いします。礼服を着ているのは褒めてあげます」

「はい、どうも。でも、俺は無礼の塊みたいなもんだからな。無礼のないようにってのは難しい相談だぜ」

「黙ってください。最上級の無礼の塊マルティス、それでも礼儀を持ってフレイヤ様に接してください。最上級が取れて、かなり無礼にはなるでしょう」

「結局、無礼じゃねぇか」


 私はシオンと情報屋の会話を目をパチクリさせて聞いていた。

 シオンの無表情は変わらずだけど、私以外の人に軽口を言っている。もしかして、二人は仲が良いの?


 情報屋が私の前に立つと、右手を胸に当てて頭を深々と下げる。丁寧な挨拶だ。


「初めまして、フレイヤ様。私は情報屋マルティス。気軽にマルティスとお呼びください。以後、お見知りおきを」

「ええ、よろしくお願いします。私はフレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーです。あなたがクレアを看取った人に会わせてくださるのですか?」

「もちろんです、今から会うこともできます。ですけど、どうしてですか? 俺はシオンにクレアが亡くなったことを報告しましたが、どうしてまだクレアのことを訊きたいんですか? 何かあるんですか? 良かったら、そこんとこ教えてくれませんかねぇ?」

「無礼です!」

「シオン、怒らないで。大丈夫だから」


 私は怒ったシオンを宥めた。


 どうして訊きたいかと問われると、答え方が難しい。私は少し考える。

 クレアは本当に死んでしまった。前世の記憶が蘇った日にクレアは死んでしまったから、何もできなかったのは間違いない。

 クレアを看取った人から直接話を聞きたい。クレアの最期を知ることは前世クレアの記憶を持つ私の責任だと思うから。


「私はクレアの最後を知る必要があるの。それが、私の責任だと思うから」

「責任ですか?」


 マルティスが困った顔をしている。

 私の言った意味が伝わらなくても真剣だということがマルティスに伝われば良い。


「クレアを看取った人と会わせてください」


 私は頭を下げた。


「ちょ、何してるんですか?」

「フレイヤ様!?」

、あいつに会わせます! だから、フレイヤ様、頭を上げてください!」

「本当!?」

「はい、本当ですとも。待っててください。看取った奴を呼びに行きますから」

「その必要はありませんよ」


 良く響く声だった。

 声のした方を見ると、ミュトス教会の司祭様が立っていた。



 ◇◇◇



「げぇ! トール! あー、フレイヤ様、シオン、あの司祭の顔を見ても怖がらないでくれよ」


 私とシオンは首を傾げた。

 顔を見て怖がるって、どういうこと?


 司祭の顔が私たちの方に来ると顔がはっきりと見えて、マルティスの言った意味が少し分かった。

 司祭の顔色は青白く、頬は痩けており、目の下には濃いクマがある。虚ろな目でまばたきを全くしない。怖いと言うよりも、大丈夫なのかと心配したくなる。


「トール、いきなり出てくんなよ。二人ともお前の顔を見て怖がってるだろ」

「そうですか? 僕は自分の顔、何とも思わないですけどね。これが素顔なので許してください」


 私はハッとして、司祭様に挨拶をする。


「私はフレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します」

「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。僕はトールヴァルト・エラース。僕のことはトールと呼んでください」


 自己紹介を終えて、私とトール様は横椅子に座る。


「クレアの最期を聞きたいとか、間違いありませんか?」

「はい。トール様がクレアを看取ってくださった方なんですね?」

「そうです。この教会でクレアを保護したので僕が看取りました」


 前世の私は教会で一度も生活をしたことがない。どうしてクレアは教会で保護されたんだろう?


「トール様、ありがとうございます。クレアはどうして亡くなったのでしょうか? それと、宜しければですが、教会で保護された理由も教えていただけませんでしょうか?」

「はい、構いませんよ。元々、クレアは体の弱い方で、風邪ばかり引いていました。しかも、今回流行った風邪はかなり強いもので、クレアも生きようと頑張っていました。ですが、亡くった当日に急変して、そのまま…… 貧民街ですからね、治療薬も限られました。残念です」


 貧民街では病気で亡くなる人も多い。貧民街に医者なんていないから、薬を手に入れるには平民街に出て行く必要がある。だけど、殆どの貧民街の住民には薬を買うようなお金はない。


「何言ってんだよ! トールはクレアにちゃんと薬を飲ませてただろうが」

「そうかもしれません。ですが、クレアを助けられなかったのは事実です」


 マルティスの指摘にトール様は悔やむように言った。

 ミュトス教の司祭は傲慢で嫌な印象しかなかったけど、トール様は違うみたい。


「あ、クレアがこの教会に保護された理由ですね。それは彼女が親から逃げて来たんです。自分から行動に移せる勇気のある子でした」

「…… そうだったんですね」


 私は糞親くそおやに捨てられたけど、今のクレアは自分から逃げてトール様に拾われた。それに、優しくしてもらったみたい。トール様、ありがとうございます。


「これで良かったですか? 僕の話で満足されましたか?」


 トール様の話を聞いて、クレアが亡くなったことを直接確認できた。

 前世の記憶が蘇った時と同時にクレアは亡くなった。その理由を知りたいと思ってしまう。偶然とは思えないから。

 でも、私には大きな目的がある。理由を知るために立ち止まるよりも、目的のために前進しなくちゃいけない。きっとクレアも同じように考えるはず。


「クレアのことは心に刻んで想い続けます」

「そうですか。クレアも喜ぶでしょう」


 その時、ガチャン! と大きな音がして教会の扉が開いた。


「話は終わったか? 誰か手伝ってくれ」


 レオが息を切らして立っていた。












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