第25話 少年レオ


 黒髪の少年が私たちを庇うように立つ。フラドたちと相対した。

 少年の武器は木の棒。道に落ちていた木を拾ったのだろう。おそらく崩れかけの建物の一部だ。

 その棒で後ろにいた男たちを殴り飛ばした。

 少年と私の歳は同じくらいだと思う。子どもが大人を吹き飛ばすなんて普通はできない。集中が解けて魔力を関知できないけど、おそらくこの少年は魔法操作で身体能力を強化している。


「テメェ何だよ! 急に現れやがって。男のガキは呼んでねぇんだよ! お前ら! 早くしろ、れ!」


 男二人がナイフを取り出して、左右から少年に襲い掛かる。

 少年は木の棒を剣のように構えて、軽やかな動きで男たちのナイフを躱す。

 少年の躱す動作に一切の乱れがない。体の動かし方がとても上手だ。全く無駄がない。この一連の動きだけで分かる。少年は強い。


 少年は飛び上がり、左から襲った男の顎を棒で打ち抜いた。男は意識を刈り取られて膝から崩れ落ちる。

 少年は直ぐに身を翻して、もう一人の男の方に猛然と向かい、横薙ぎ一閃。もう一人の男もあっという間に倒した。


 残るはフラドだけ。

 フラドは怒声を上げて地団駄を踏む。


「ちくしょう! ふざけんな!」


 汚い言葉だけを吐き捨てて、フラドはこの場から逃げ去った。


 血のついた木の棒を道端に捨てて、少年は私たちのもとに近寄ってくる。

 少年は動きやすそうな紺の服を着ていて生地は上質そうだ。

 黒髪も珍しいけど、この少年の瞳は美しい黒色で、私は一度も見たことがない。顔立ちも整っているから、社交界に出たら、注目の的になるだろうなと思った。


 とりあえず、助けられたので私は少年にお礼を言う。


「先ほどはありがとうございました」

「お前たちはなぜここにいる。早く帰れ」

「ここには所用があって来ました」

「用? 見たところ上流街の者たちだと思うが、どうせ遊び半分で来たんだろう。さっきみたいに捕まる前に帰れ」


 私は少しムッとした。この偉そうな言い方は何なの?

 さっきみたいって、私たち捕まってないし。心配してくれているのは分かるけど、言い方ってものがある。


「どなたかは存じ上げませんが、助けていただいたことには感謝します。ですが、助けがなくても問題ありませんでした。ごきげんよう!!」

「お、おい」


 少年が何か言っているが、私は無視をしてシオンと一緒に先へ進む。だけど、少年が私たちの前に立って道を塞ぐ。


「何ですか? 退いてください」

「帰らないなら、俺も一緒に行く」

「は? どうして?」

「危険な場所で女だけにするなと父から教わった」

「いや、父って……」


 私は少年にどう対応したら良いのか困った。

 少年に聞こえないようにシオンと耳元で会話する。


「情報屋を知られちゃ駄目だよね?」

「もちろんです。目的地は教会なので、教会の外で待ってもらうのはどうでしょうか? ちゃんと頼めば、この方も分かってくれると思います」

「そうね、そうする」


 私は作り笑いを浮かべて少年にお願いする。


「ご厚意に感謝致しますわ。実は不安だったので、一緒に来ていただけると安心します。ある者と教会で会うことになっているのですが、あなた様は教会に入らず外で待っていて欲しいのです」

「なるほど、それは分かった。実は俺もその教会に用があったんだ。ちょうど良かったよ」

「え? あ、そうなんですか……」


 この人も教会に? 私はちらっとシオンを見ると、黙って首を横に振られた。

 情報屋との待ち合わせ場所にこの少年も来るみたいだけど、情報屋から何も聞いていないようだ。


「俺の名はレオだ。訳あって家名は明かせない。レオと呼んでくれ。お前たちの名は?」


 家名を明かせないってことは、おそらく貴族。私と一緒で、この少年も周りに内緒で来ているのかも。私も本名は明かせない。


「私はフレイ・ルーデンと申します。こちらは従者のシオです」


 本名から少し文字を抜いただけ。でも、どこかにいそうな名前になった。咄嗟に考えたにしては、見事な偽名だと思う。


「フレイ」

「…… え、あ、はい」


 いきなり呼ばれるとは思わなかったから、反応が遅れてしまう。しかも、呼捨て。初めましてなんだから、フレイ嬢と呼ぶべきでしょ。


「分かった。一応、その名前で呼ぼう。それから敬語もなくて良い。フレイは敬語が下手のようだからな」


 下手? そんなことないのに。私の敬語は完璧だ。どんな時でも敬語が使えるよう小さい頃から訓練してきた。

 使わなくても良いなら、使わないけど。使わないのは苦手じゃなくて、楽だから。ムカつくから私も呼捨てにしてやる!


「レオがそう言うなら、そうするね」

「それと作り笑いはもうするな。普通にしていろ。作り笑いも下手だ。顔が引きつっていた」

「そんな…… 完璧だと思ったのに」

「作り笑いって自分で認めるなよ」

「あ、しまった」


 私の反応にレオが小さく笑った。

 その笑顔は嫌いじゃない。

 多分、レオは良い奴なんだと思う。レオの笑顔を見て、そんな気がした。話してみるとちょっと楽しいし。


「さ、行くぞ」

「レオが仕切らないでよ。私の護衛なんでしょ」

「一緒に行くとは言ったが、護衛とは言ってない」

「同じもんでしょ」


 私はレオと言い合いをしながら教会へ向かう。

 シオンの溜息が聞こえたのは気のせいだ。





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