第23話 シオンの報告


「ロゼ、今日はありがとうね」

「ロゼお姉様、ありがとうございました」


 私とイリアはお母様と一緒にロゼの見送りをしている。

 グラストレーム家の御者もお母様の前では大人しい。


「ロゼお姉様にお手紙を書きます、絶対に返事をくださいね。お姉様だけ返すのは駄目ですから」

「はい、イリア様。ちゃんと手紙を書きますね。必ず忘れません」


 誕生日会後から、イリアはロゼに懐いていた。二人が仲良くなってくれるのは私も嬉しい。


「私も手紙を書くから。それと」


 私はロゼに近寄って御者に聞こえないように耳打ちをする。


「何か家で酷いことされたら、手紙で私に伝えて。何が何でも助けに行くから」


 グラストレーム男爵に手紙の内容を把握されるので、グラストレーム男爵に分からない暗号を二人で決めた。一番良いのはロゼがその暗号を書かないことだ。


「フレイヤ、ありがとうございます。でも、そんなに心配しないでください。私は大丈夫です」


 ロゼが笑顔で言うから、私は頷くしかなかった。


 もう少しロゼと談笑しようと思ったら、わざとらしく御者が何度も咳き込む。出発の催促をしているみたい。


「うるさいな、もう」


 私は小さく文句を言った。


「フレイヤ様、ありがとうございます。でも、遅くなるといけません。御者の方も男爵様のお叱りを受けてしまいますので」


 ロゼは優しい。この御者の心配もするなんて。嫌なことをする奴にまで優しくできるなんて、ロゼは凄い。私にはできないよ。


 ロゼがドレスの裾を摘まんで私たちに挨拶をする。


「本日はありがとうございました。とても楽しかったです。それでは失礼致します」


 ロゼの乗り込んだ馬車が出発する。

 私とイリアは声を上げながら手を振った。


「ロゼ! またねー! 手紙、書くから!」

「ロゼお姉様、私も手紙書きますー! また会いましょうー!」


 馬車の窓からロゼが笑顔で手を振り返してくれている。私とイリアはロゼの乗った馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。



 ◇◇◇



 誕生日会の招待客が全員帰った後、私は早速アンジェ様へ手紙を書いていた。

 もちろん、イリアに誕生日プレゼントを贈ってくれたことへの感謝を伝えるためだ。


 あー、どうしよう。書きたいことが沢山ある。手紙を何枚でも書いてしまいそう。手紙は一枚にしないといけない。

 アンジェ様はお忙しい。私の手紙がアンジェ様の邪魔になってはならない。


 私が夢中になって手紙を書いていると、自室のドアをコンコンとする音が聞こえた。

 誰か分かっているので、相手の声を聞かずにどうぞと私は返事をする。


「失礼致します。…… フレイヤ様、何枚手紙をお書きになるつもりですか?」


 机の下に落ちた手紙の書き損じを見てシオンが少し低い声で言った。


「シオン、ごめんなさい。アンジェ様の手紙を書いてたら、つい書き過ぎちゃって。今、手直し中なの」

「沢山書かずとも、フレイヤ様の手紙であれば、アンジェリーナ様はどんなお手紙でも喜ばれると思いますよ」

「そうかな? そうだと嬉しいな」


 シオンが机に紅茶を置いてくれた。お菓子もある。


「少し休憩されてはいかがでしょうか? それと、あの件についても報告がございます」

「そうなの? ありがとう、聞かせて」


 あの件とは、クレアのことだ。思ったよりも早かった。こんなに早く見つけられるなんて。お母様が利用してる情報屋は優秀なのね。

 今、クレアはまだ四歳。その時の私は貧民街の歳上の浮浪児たちに拾われて一緒に生活をしていたはず。


「は?」


 シオンは何て言ったの? おかしなことを言った気がする。


「クレア様は今年の一月十五日に病気で亡くなられました。看取った者もいると聞いています」


 一月十五日のことは確りと覚えている。アンジェ様の誕生日会があった日で、前世の記憶が私に蘇った日だ。


「流石に冗談が酷いよ。クレアが死んでるわけがない。だって、クレアは――」


 クレアは私の前世なのだから。

 私が前世で死んだのは十四歳。生きてないとおかしい。何かの間違いに決まってる。


「私が知りたいクレアは茶髪で四歳の女の子だよ。…… そう、背中に大きな傷があるの」


 前世の私は捨てられる前、糞親くそおやの八つ当たりの道具だったらしい。

 背中の傷はその時にできたんだと思う。他の浮浪児たちから聞いた話だ。


「はい。情報屋から聞いたクレア様の特徴と一致しております」

「…… あ、そう」


 私は気の抜けた返答しかできなかった。


 頭の中がグチャグチャになる。信じられない。だって、おかしいでしょ。

 クレアが死んでるなんて。


「フレイヤ様、大丈夫ですか?」

「……」


 シオンが私を心配してる。

 何か答えないと。でも、今はうるさい。


「フレイヤ様?」

「うるさい! 出てって!」


 しまった、そんなつもりじゃなかったのに。何か言おうと口を開けるが、言葉にならない。


 シオンは一瞬悲しい顔をしたけど、いつもの無表情へと戻る。


「承知致しました。また何かあればお呼びください」


 シオンは私に一礼すると、静かに私の部屋から出て行った。


 私は深く息を吐いて呟く。


「私、最低だ」



 ◇◇◇



 シオンが部屋から出て行った後も、私は心の中で信じられないを連呼していた。


 私にはクレアとして生きた記憶がある。この記憶が私の妄想? あのアンジェ様との大切な日々も?

 私は首を何度も横に振る。


「そんなわけない」


 この記憶が私の妄想だとしたら、アンジェ様と再会した時のあの気持ちが偽物になる。あの気持ちは私の心の奥底から感じたものだ。偽物じゃない!

 あの気持ちも、私の前世も、全部本物だ。

 そもそも、らしくない。

 クレアがもう死んでるとか衝撃的過ぎて受け止められないし、色んな感情も湧くけど。


「悩むなんて私らしくないよね」


 本物だと私が信じてるなら、何も変わらない。アンジェ様を私が守って、アンジェ様に幸せになってもらうだけだ。


 だけど、貧民街には行こう。

 クレア自分のことは自分で確かめるんだ。

 又聞きで済ましちゃいけない。


 ドアの方を向いて、そっと呼び掛ける。


「ねぇ、シオン、いる?」

「もちろんでございます。何かご用ですか?」


 いつもと変わらない返答があった。

 シオンはドアの側で待機していたようだ。


「うん、入って来てくれる?」


 シオンが自室に入って来ると、私は直ぐに頭を下げた。


「さっきはごめんなさい。私がどうかしてた」

「フレイヤ様、頭をお上げください。主が従者に頭を下げるものではありません」


 シオンに言われて、私は仕方なく頭を上げた。


「私こそフレイヤ様の気持ちを察することができず申し訳ございませんでした」


 今度はシオンが頭を下げてきた。

 いやいや、シオンこそ頭を下げないで。私が悪いんだから謝ることなんてない。


「シオンこそ頭を上げてよ」

「私はフレイヤ様の専属メイドです。それなのに、フレイヤ様の気分を害するなど、専属メイドにあるまじき行為です」

「私が許しますって言わない限り、頭を下げ続ける気でしょ」

「左様にございます」


 シオンの頑固さに私は苦笑した。

 本当、変なお姉ちゃんよね。


「はいはい、許します。許すから頭を上げて」


 シオンがようやく頭を上げた。

 これでちゃんと話ができる。


「私、クレアの亡くなった貧民街に行きたいの。それに、クレアのことを教えてくれた情報屋にも会いたい」

「貧民街…… ですか? 直ぐには難しいです」

「お母様?」

「はい。正直に言えば、お許しになりません。コルネリア様に嘘をつくことになりますがよろしいでしょうか?」


 お母様に嘘をつくのは気が引けるけど、構わない。


「うん、お願い」

「承知致しました。今から色々と調整します」

「ありがとう」


 お礼を言うと、シオンは私に一礼して部屋を出て行った。


「貧民街か。ある意味、里帰りね」


 私は思わず呟いた。












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