第22話 イリアの誕生日会
イリアはお母様と手を繋いで一緒に入って来た。
二人が横に並ぶと、本当に良く似ていると思う。
イリアは青のドレスを着ていた。
私はそのドレスに見覚えがある。私が六歳の時に着ていたドレスだ。新しいドレスは買わなかったのかな? でも、とても可愛い。
お母様が前に立ち、ドレスの裾を摘まんで優雅に挨拶をする。
「本日は私の娘、イリアの誕生日会に来ていただき誠にありがとうございます。本来なら主人のマルクスと共に挨拶をする予定でしたが、マルクスは娘のプレゼントを受け取りに出ています。もうしばらく掛かると思いますので、先に始めたいと思います。マルクスは放っておきましょう」
私や他の人たちが小さく笑った。
知り合いだけだと、気軽な挨拶ができる。
「次は本日の主役、イリアが挨拶します」
お母様が下がると、イリアがその場を代わる。
イリアはお母様と同じようにドレスの裾を摘まんで挨拶をした。
「本日は私の誕生日を祝うためにお越しいただきありがとうございます。皆様が祝ってくれるこの時間を私は幸せに感じております。皆様のご厚意に私から何かお返しすることはできませんが、当家の料理人が腕によりをかけて作った料理がございますので、どうかお楽しみください。簡単ではありますが、これで私の挨拶とさせていただきます」
イリアの見事な挨拶に、パチパチと拍手が鳴った。
私もうんうんと頷きながら拍手をする。流石、私の妹ね。こんな素晴らしい挨拶、私にはできないよ。
「イリアは凄いでしょ」
ロゼに自慢すると、ロゼは口を少し開けて驚いていた。
「どうしたの?」
「イ、イリア様って六歳なんですよね。もうあんな風に挨拶ができるんですか?」
「凄いでしょ。イリアは天才だからね。でも、あの挨拶は覚えたんだと思うよ。本当のイリアは単なる甘えん坊さんだから。イリアのとこ、行こう」
ロゼの手を引っ張って、お母様と一緒にいるイリアのもとへ連れて行く。
「イリア、お母様、私の友だちのロゼよ」
私が紹介すると、ロゼは少し頬を赤く染めてお母様とイリアに挨拶をする。
「本日はお招きいただきありがとうございます。私はグラストレーム男爵の娘、ロゼリーア・フォン・グラストレームと申します。どうぞよろしくお願い致します」
お母様がロゼを見て微笑む。
「私はこの子たちの母親のコルネリアよ。あなたがロゼリーア嬢ね。いつもフレイヤがあなたの話ばかりするの。やっと会えたのね、嬉しいわ。今日はイリアの誕生日会に来てくれてありがとう。フレイヤとこれからも仲良くしてあげてね」
「はい、もちろんでございます。どうかコルネリア様も私のことはロゼとお呼びください」
「分かったわ。よろしくね、ロゼ」
お母様との挨拶が終わると、ロゼはイリアに話し掛ける。
「イリア様、六歳の誕生日おめでとうございます。イリア様も気軽に私のことはロゼとお呼びください」
イリアはロゼのことを黙ってじーっと見つめた。そして、イリアは腰に両手をつけて威張るように言う。
「お姉様は絶対に渡しません!」
「え?」
「見た目は可愛くて人当たりも良さそうですが、お姉様が好きなのはイリアです。まぁ、でも、イリアの誕生日会に来てくれて、お姉様の友だちでもあるので、少し仲良くはしてあげます」
「イリア様、本当ですか!? 私と仲良くしてくれるんですね、とても嬉しいです!」
イリアは反応に困ってきょとんとしている。多分、思っていた反応と違ったのだろう。
ロゼは純粋な心の持ち主だ。イリアが仲良くすると言ってくれたので、ロゼは素直に嬉しくなったんだと思う。
私はイリアの頭を撫でて言う。
「イリアもロゼのこと好きになった?」
イリアは少し俯きながら答える。
「イリアはお姉様の方が好きです」
少なくともロゼのことは好きになってくれたみたい。良かった、良かった。
「皆、悪いね。遅くなったよ」
声の方を見ると、お父様がいた。ようやくお父様が戻って来た。
◇◇◇
「お父様、顕微鏡ですか!?」
イリアがお父様の持っている荷物を見て声を上げた。
お父様は大きめの箱を大切そうに持っている。どうやらその中に顕微鏡が入っているらしい。
「精密装置らしいから、机の上に置くよ」
机の上に置くと、お父様が顕微鏡を箱から慎重に取り出した。
イリアが目をキラキラと輝かせて顕微鏡を見ているけど、私は顕微鏡を見ても良く分からない。イリアの先生たちやオスカー先生は興味深そうに顕微鏡を見つめている。
顕微鏡は長い筒と小さな台が一緒になっていて、筒の先端についているレンズを交換することで、色んなもの詳細に観察ができるらしい。
イリアが「凄い、凄い」と言いながら、机から取れた小さな木屑や皮膚の皮など、色んな物を台の上に置いて、夢中で観察をしている。イリアは一度集中すると、中々集中が止まらない。
すると、お母様がイリアの側に寄って一瞬だけ怖い顔になる。イリアはビクッと怯んで顕微鏡から直ぐに離れた。
お母様は怒ると怖いからね。あの怖い顔をされると私もビクッてなる。私もビクッてなったけど、お父様もビクッてなってたのが見えた。
お父様も私やイリアと一緒でお母様が怖いみたい。皆、同じだね。
この顕微鏡の流れで、今からイリアにプレゼントを渡す時間になった。
イリアの先生たちは『カールトンのゆりかご』と呼ばれる物を贈った。どうやら手作りらしい。
木枠に紐で吊るされた同じ大きさの小さな玉が五つ並んでいる。何のための物か分からないけど、イリアはとても喜んでいる。私も同じように喜んでくれるかな?
オスカー先生はロギオニアス帝国の歴史研究書を贈った。私も読んでいるけどかなり難しい。喜ぶのかなと心配したけど、その必要はなくイリアは喜んでいた。
ケイト先生がイリアに贈ったは犬のぬいぐるみだ。
ケイト先生が犬のぬいぐるみを贈ったことが意外で私は驚いた。でも、昔からケイト先生を知っているお母様とオスカー先生に驚いた様子はなかった。実はケイト先生も可愛いものが好きなのかもしれない。
イリアは犬のぬいぐるみを貰うと、可愛いと言いながら抱き締めて嬉しそうだった。
アンジェ様のプレゼントは既に届いていた。
使者が届けてくれたのは大きな箱で、箱を開けると、ヴィスト帝国とガリア連邦の言語を勉強するための教本が何冊も入っていた。
手紙も同封されていて、科学技術の進む二ヶ国の言語なので勉強に役立つだろう、と記されていた。
とても喜んでいたとアンジェ様に早くお礼を言いたい。
ロゼもプレゼントを用意してくれていたようで、手の平に収まる小さな箱を出す。
その箱を開けると、黄金色を帯びた透明な石があった。
とても綺麗。でも、これって宝石じゃないの?
「…… これをイリアにですか?」
イリアが困惑していた。
まさかこんな高そうな物をくれるとは思わなかったのだろう。私だって驚いてる。
「こんな高価な物、受け取れないわ」
困惑しているイリアの代わりにお母様が石を返そうとする。
「これは高くないです。エルフ族であれば、いつでも森で取れます。この石はスーキャムと呼ばれていて、樹脂が長い期間を掛けて固まったものなんです。それと、このスーキャムには妖精の加護をつけました」
「妖精の加護?」
聞いたことがない、何だろう?
私は首を傾げた。
「あー、妖精の加護ですか、懐かしいです。妖精はエルフ族のみが感知できる霊的存在のことですね。戦場では妖精の加護がエルフ族を何度も守るので苦しめられました」
オスカー先生が説明してくれた。
エルフ族と戦っただけあって良く知っている。
「はい、オスカー様の仰る通りです。イリア様がスーキャムを持つことで、もしもの場合は妖精が助けてくれます。是非、貰ってください」
お母様が迷っているイリアの腰を軽く押す。貰いなさいの合図だ。
「ありがとうございます。イリアはスーキャムを大切にします。よろしければ、ロゼお姉様とお呼びしても良いですか?」
「私を? お姉様ですか?」
「駄目ですか?」
イリアは上目遣いで目を潤々とさせながら可愛らしく訊いた。
それをされると頷くしかないんだよね。ほら、ロゼも頷いている。
「ありがとうございます、ロゼお姉様」
イリアがロゼに抱きつくと、ロゼの体は固まってしまった。
でも、ロゼの表情を見ると、頬が緩んでいるので嬉しそうだ。
さて、最後は私の番か。皆のに比べると、見劣りしちゃうな。喜んでくれるのか不安になってきた。
「イリア、私は手紙を用意してきたの。読んでも良いかな?」
「読んでください。お姉様からのお手紙、イリアは嬉しいです」
私は頷いて、手紙を読み始める。
『私の大好きなイリア、誕生日おめでとう。それと、私が色々あったせいで誕生日会が遅れてごめんね。
イリアはとても賢くて、私が分からないと色んなことを教えてくれる尊敬のできる妹だよ。
でも、まだまだ甘えん坊さんだから、これからも私に沢山甘えて欲しい。
イリアのことが大好きです。ずっと仲良くしてね』
無事に読み終わった。
手紙だけだとどうかなと思っていたので、実はもう一つプレゼントがある。私はこっちの方が本命だと思っている。喜んで欲しいな。
「イリア、実はもう一つあるの。じゃーん! フレイヤが一回だけ何でも言うことを聞く券―― ぐふっ」
イリアが全力で私に抱きついてきた。
「わぁーん、お姉様、イリアもお姉様が大好きです。だから、お姉様が着ていたドレスをイリアも着たんですよ。お姉様にもう少し構って欲しくて」
そうだったんだ。だから、あの青いドレスを着たのね。
どうしてずっと泣いてるの? 嬉し泣き? じゃあ、上手くいったってことで良いの?
だけど、そんなに泣いてると、私も……
「もう、イリア泣かないで。イリアがずっと泣いてるからさー。…… グスッ、私まで泣けてきたよー、私の方がイリアのこと好きなんだから、わあぁーん」
私とイリアが泣き続けるので、誕生日会は幕引きとなった。
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