第20話 誕生日プレゼント
「フレイヤ、問題です。アノーク王国との国境となっている山脈の名前は何ですか?」
「えぇっと……」
「動きが鈍いですよ!」
ガン! と木剣のぶつかり合う乾いた音が響く。
「トルメイ山脈です!」
「よろしい。ですが、考える度に動きが止まりそうになるのは駄目です」
「はい」
今はオスカー先生との剣術稽古の真っ最中で、勉強の復習をしながら木剣の打ち合いをしている。
手加減をしてもらっているけど、いつもより大変。体を動かしながら頭を働かせるのはとても難しい。頭が混乱しちゃう。
「次の問いです。ブリュノール国王の名前は何ですか?」
「え? ブリュノール……」
全く頭が働かないし、オスカー先生の攻撃への対応が遅れてしまう。
「また遅いですよ!」
咄嗟に防御しようと反応するが、オスカー先生の攻撃の衝撃で私は転んでしまう。
「答えは何ですか?」
「…… ドラス三世です」
「正解です。ちゃんと復習はできているようですが、二つのことを同時にするのはまだまだのようですね」
戦闘中は戦いに集中するため、冷静な判断が難しくなってしまう。そうならない判断力を養うために、この稽古をしている。
これができるオスカー先生は凄い。私も頑張ろう!
「ですが、魔力操作は上手くでき始めています。体の動かし方も以前より数段上達しました。ケイトにちゃんと教えてもらっているようですね」
「はい」
ケイト先生が来れない日も魔力操作の鍛練を続けていた。最初よりも上達した自信がある。
「これなら、来月辺り、騎士団の稽古に参加しても良さそうですね」
「本当ですか、やったー! ありがとうございます!」
思わず喜びの声を上げた。
私の強くなった姿にお父様は驚いてくれるかな? 騎士団の騎士たちも気になるし、今からワクワクしてきた。
「嬉しそうですね、良かったです。今日の剣術の稽古は終わりです。少し休んだら、勉強を始めましょうか」
せっかく緩んでいた私の表情が険しくなる。勉強かー。最近、難しいんだよね。特に数学が……
あ、そうだ。
オスカー先との勉強が終わったら、疲れてきっと忘れてしまう。 今、オスカー先生に伝えておこう。
「オスカー先生、来週末、イリアの誕生日会に来てくれませんか?」
「私がですか?」
「はい!」
「しかし、私はイリア様と殆ど面識がありませんよ。それでも構わないのですか?」
「はい、知っている人たちをいっぱい呼びたいんです。私のせいでイリアの誕生日会が延期することになったので……」
お父様が魔獣事件のどたばたで忙しくなって、イリアの誕生日会が延期になってしまった。
私のせいだ。イリアは楽しみにしてたのに。
「分かりました。でしたら、私もプレゼントを用意した方が良さそうですね。イリア様の好きそうな物は何でしょうか?」
「オスカー先生、ありがとうございます! イリアの好きな物は科学に関係する物ですね」
「科学ですか…… イリア様は天才と聞いています。今は何を学ばれているんですか?」
「今、イリアが興味あるのは物理学や生物学です。慣性の法則? とか何とかって言う、難しい勉強をしていました。妹ながら本当に凄いと思います。プレゼントの参考になるか分かりませんが、お父様には顕微鏡をお願いしてました。誕生日会の当日にお父様が科学ギルドで受け取るそうです。顕微鏡の説明をイリアから聞きましたが、私には良く分かりませんでした」
オスカー先生は驚いた顔で手の平を私に向ける。
「ち、ちょっと待ってください。イリア様はおいくつでしたか?」
「この誕生日で六歳になりました。天才って言われてますけど、まだまだ甘えん坊なんです。いつもお姉様って私を呼んで甘えるんですよ。とても可愛い私の妹です」
「そうですか…… でしたら、フレイヤも妹のイリア様に負けないくらい勉強しないといけませんね。今日はフレイヤの苦手な数学をみっちり勉強しましょう」
「あ、え、それはちょっと……」
覚えたりすることは好きだけど、計算して答えを導くのは苦手だ。はっきり言って、数学は嫌い。
私が後退りをして逃げようとすると、オスカー先生は超人的な速さで私を抱き抱える。
「オスカー先生!?」
「ふっふふふ、逃がしませんよ」
「うそ! 数学は嫌だーー!!」
私は悲鳴を上げながらオスカー先生に連行された。
◇◇◇
私は自室のベッドでうつ伏せになりながら寝ていた。
「フレイヤ様、大丈夫ですか?」
シオンが心配そうに訊いてくる。
「全然大丈夫じゃない。もう私の頭は壊れた」
オスカー先生は本当に容赦ない。
今、私の頭の中は数字で埋め尽くされている。
授業の時間、数学しかしなかった。割り算、掛け算、挙げ句の果てには方程式の未知数を求めろとか、絶対無理。
意味分からないし、将来に必要? 足し算と引き算ができてたら良いよ。
「そんなフレイヤ様に良いお話がございます。顔だけこちらを向けていただけますか?」
「良い話?」
うつ伏せで寝たまま顔だけを動かしてシオンを見る。
シオンの両手には手紙が一通ずつあった。
私は直ぐに起き上がる。
「シオン! もしかして!」
「はい。アンジェリーナ様とロゼリーア様からのお手紙です」
私は笑顔で手紙を受け取る。
約束通り二人とは文通を始めていた。その文通をしている中で、私はイリアの誕生日会へ二人をお誘いをした。その返事に違いない。
まずはアンジェ様からの手紙。
「アンジェ様は…… 来れない」
丁寧な断り文だ。来れないことは分かっていた。アンジェ様は忙しいから。その代わり、イリアのためにプレゼントを贈ってくれるらしい。使者に届けさせるって書いてあった。
感謝致します、アンジェ様。とても嬉しいです。
「で、ロゼは…… やった! ロゼは来てくれる!」
私は両手を上げて喜んだ。
「フレイヤ様、良かったですね。ところで、フレイヤ様はイリア様に何を贈られるご予定ですか?」
「え? 私?」
何も考えてなかった。
あれ? そう言えば、私って、イリアにプレゼントを贈ったことがないような…… いつもお母様と一緒に渡してた。
どうしよう、何もしてない。私のせいで誕生日会が延期したのに、こんなの最低な姉だ。
でも、私が自由に使えるお金って今はないし。お母様に頼んだら少しは貰えると思うけど。どうしよう?
「悩まれているのでしたら、お手紙はどうでしょうか?」
「手紙?」
「はい。私はフレイヤ様にいただいて嬉しかったですし、今も大切に肌見放さず持っています」
私は首を傾げた。
今も持ってる? 私、シオンにいつ手紙を渡したっけ?
シオンはメイド服の内側のポケットからロケットペンダントを取り出してチャームを開く。
チャームの中からは小さく畳まれた紙が入っていた。シオンはその紙を丁寧に開いていく。
その紙には、大きな頭に手足が一本線の人物。その人物の横には「シオンお姉ちゃん、大好き。いつもありがとう」と大きな字で書かれている。
「この手紙はフレイヤ様が五歳の時に私へ書いてくださったものです」
「そんな小さい時のことなんて覚えてないよ。シオンはずっと持ってたの?」
「はい、いただいた時からずっとです。この手紙をいただいた時、フレイヤ様に忠誠を誓いました。この手紙は私にとって一番の宝物です」
シオンは私が書いた手紙を大切そうに優しく抱き締めた。
嬉しいんだけど、恥ずかしい。顔が真っ赤になったのが分かる。
私のことどれだけ好きなの? もう…… バカ。
「…… 分かった、シオンの提案に乗る。イリアに手紙を書くことにするね」
「はい、イリア様は大変喜ばれると思います」
私は早速机に向かって、イリアに渡す手紙を考え始めた。
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