第19話 私の知らないこと
「よう、コルネリア。帰って来んの早かったな」
「そうね、ちょっと事情があって早く帰って来たのよ。でも、もう少し遅く帰って来たら、友人が敷地で魔法を放つ場面なんて見なくて済んだのかしら。…… それで、何か言うことは?」
「人の敷地で勝手に魔法を使って、すいませんでした!」
ケイト先生はお母様に全力で謝った。
「仕方ないから許してあげるわ。それにしても、ケイト、露出が多すぎではないかしら?」
「良いじゃねぇかよ、別に。あたしの勝手だろ。親子揃って小言がうるせぇんだよ」
「フレイヤも言ったのね。当然だわ」
と言って、お母様は私に微笑んだ。
「…… あら? フレイヤ、土で汚れているじゃない。今日は何をしたの?」
「魔力制御と魔力操作です」
「魔力操作? あ、だから、汚れているのね。体術をしたのかしら?」
「はい」
「もう魔力操作を…… ケイトは強かったでしょ?」
「とても強かったです、歯が立ちませんでした。魔法師の人はケイト先生みたいに体術が強いのですか?」
「まさか、魔法師なのに体術が強いのはケイトぐらいよ」
やっぱり、ケイト先生が特殊なだけだったんだ。
「屋敷に戻りましょう。ケイトはどうするの?」
「あたしは今から仕事。このまま帰るよ」
「そうなのね…… ケイト、気をつけて」
お母様は心配そうに言った。
どうしたんだろう?
「その顔はまた心配してるな。大丈夫だよ、これがあたしの仕事なんだから。余裕、余裕。それじゃあ、行って来る。フレイヤもまたな」
「はい、ありがとうございました」
私とお母様はケイト先生の姿が見えなくなるまで見送った。
「フレイヤ、戻りましょう」
私はお母様と一緒に屋敷へ戻った。
◇◇◇
「シオン、ありがとう」
シオンにお礼を言ってから、お母様の部屋に向かう。
ドアをノックして、お母様の返事が聞こえてから部屋に入った。
お母様は私を見て、嬉しそうに笑顔になった。
「嬉しいわ、私が買った青のワンピースを着てくれたのね。良く似合ってる、可愛いわよ」
「ありがとうございます。でも、最近、青系の服が多い気がします」
お母様が私に選ぶ衣服は青や紺が多い。良く似合うと言ってくれて嬉しいんだけど、他の色の服も着てみたいなと思う。
「そうかしら? 違う色の服も着てみたいの?」
「はい! 赤とか明るい色も着てみたいです」
「そうね。また一緒に買いに行きましょう。ごめんなさいね、私の好みで買ってばかりで」
「謝らないでください。お母様の買ってくださった服は全部可愛いと思ってます」
「そう、それなら良かったわ」
お母様はほっとした表情で笑った。
私が椅子に座ると、見計らったようにお母様の専属メイドのリエッタが部屋に入って来て、素早い動作でお菓子と紅茶を私とお母様の前に並べる。並べ終わると一礼して、無言で部屋の隅に立つ。
ありがとうと言う暇もないくらい洗練された動きだ。何度も繰り返して練習をしたんだろう。そう思うと、いつもリエッタを感心する。
「食べながらお話をしましょう。ケイトから魔力操作を教えてもらったのよね、難しい?」
「魔力操作は今日初めてだったので、とても難しく感じました。それに、ケイト先生がとても強いです」
「ケイトはまだ現役の魔法師だからね」
「現役?」
魔法師団はお母様と同じでもう辞めてる。現役ってことは、今のお仕事と関係してるのかな?
「ケイト先生はどんなお仕事をされているんですか?」
「魔獣専門の傭兵をしているわ。帝都から離れた地方貴族から主に仕事を受けているの」
「魔獣専門の傭兵? でも、魔獣討伐は帝国騎士の仕事じゃありませんでしたか?」
お父様が私を助けてくれたように帝国騎士は魔獣討伐の任務も仕事の一つだ。帝国騎士は沢山いるから、ケイト先生にお願いする貴族っているのかな?
「そうね、その通りよ。でもね、地方へ魔獣討伐に派遣される帝国騎士はいるけど、圧倒的にその数が足りないの」
「足りない? 帝国騎士団は一から二十までありますよ。足りないって変じゃないですか?」
「そんなことないわ、騎士団は色んなお仕事をしているから。国境警備は二年交代で、約半分の騎士団がその任にいつも就いてる。残り半分の騎士団の内訳だけど、皇帝陛下と帝都を守護するのに七つの騎士団が必要で、残り三つの騎士団が魔獣討伐をすることになっているわ。魔獣討伐を要請する貴族は他にもいるから、皇帝陛下と親交の深い皇帝派の貴族や有力貴族が地方貴族よりも優先されるの。だから、地方に行く帝国騎士の数が足りてないのよ」
「そんな……」
私は言葉を失う。
絶対におかしい! 皇帝ゴットハルトを守るために騎士団を使う必要はない。あいつはずっと城にいるだけなのだから。有力貴族が優先されるのは私でも分かる。ゴットハルトと仲良しの皇帝派貴族たちが優先されるなんて許せない。
アンジェ様や帝国の民のために、ゴットハルトは死んだ方が良い。
「どうしたの? フレイヤ、怖い顔をしてるわよ」
どうやら気持ちが顔に出てしまったようだ。落ち着こうと、心の中で深呼吸をする。
「何でもないです。大丈夫です」
「それなら良いけど。…… でも、皇帝陛下が騎士団を手許に置きたい理由も分からないではないわ」
「分かりません! 手許に置くなんておかしいです!」
お母様が分かるって言うから、私は声を上げてしまった。
お母様は私の反応に目を丸くしたけど、直ぐに強い口調で私を叱る。
「今の発言は皇帝陛下に対して大変無礼よ。今すぐ撤回しなさい!」
「……」
私がムッとした表情で黙っていると。
「フレイヤ!!」
お母様は真剣な表情をして怒っていた。
「…… 分かりました。撤回します」
私の側でお母様が膝をついて、私と目線を合わせる。私を諭そうとしている感じだ。
「どうして私が強く言うか分かる?」
「ルーデンマイヤー家が皇帝派に属しているからだと思います」
「そうです。そのルーデンマイヤー家を継ぐあなたが皇帝陛下を批判するような発言をしてはなりません。外で言えば、皇帝陛下に対する不敬罪となってしまいますよ」
「分かりました。もう言いません」
ゴットハルトが気に喰わなかっただけで、お母様を困らせるつもりはなかった。本当に……
「ごめんなさい」
私が謝ると、お母様は私の頭を撫でてくれる。
「分かれば良いのよ」
でも、ゴットハルトが騎士団を手許に置く理由は気になる。お母様は知ってるみたいだけど。
お母様が椅子に座り直したのを確認して、私は質問をする。
「お母様、訊いても良いですか?」
「何かしら?」
「どうして騎士団を手許に置きたい理由が分かると仰ったのですか?」
「ああ、そっか。あの事件は十年ちょっと前だったからフレイヤは知らないのね」
「十年前の事件ですか?」
「そうよ。十年前、先の皇帝陛下と皇后陛下、まだ生まれたばかりの皇子殿下が城で発生した大火事に巻き込まれて崩御されたの」
「え、初めて聞きました……」
「先の皇帝陛下が崩御された話は誰もしたくないからね。誰かに聞かれたら、疑われるかもしれないから」
「疑われる?」
「先の皇帝陛下は誰かに
「はい……」
弑逆ってことは、家臣が皇帝を殺したってことだ。そもそも、先の皇帝? そんな人いたっけ?
私、ゴットハルトしか知らないんだけど。聞いたことがなかっただけなのかな。
混乱していた頭を落ち着かせるために紅茶を一口飲んだ。お菓子にも手が伸びて、そのままお母様と他愛のない会話を始めた。
「フレイヤはもう魔力操作を始めたのよね、早いわ」
「でも、今日始めたばかりですから全然です」
「ええ、分かってるわ。だから、私から助言。先ずは確りと魔力制御の練習をして魔経脈を鍛えることね。魔力操作をする時に体に流れる魔力が速過ぎると魔経脈を傷つけてしまうわ。気をつけて鍛練するのよ」
私は驚いてきょとんとする。
「どうしたの?」
「お母様から魔力のことで助言をいただいたのはこれが初めてだと思うので」
「あら? そうかしら? まぁ、フレイヤには私みたいになって欲しくないから」
「お母様みたいに…… ですか?」
「私が魔法師だった話はしたわよね」
ケイト先生の話によると、お母様は師団長になるって期待されていたらしい。
「魔力の使い過ぎと魔経脈の大きな負荷が重なって、
「魔力逓減症?」
知らない単語だった。症ってことは、お母様は病気なの?
「フレイヤ、心配しないで。死ぬような病気じゃないわ。体から魔力がなくなってしまうだけ。もう魔力が殆ど残ってないから魔法は使えないのよ」
「じゃあ、体には問題がないんですよね?」
「…… ええ、そうよ」
「良かった」
私は安心して笑った。
お母様に何かあったら大変だ。そんなこと想像したくない。
「でも、私が心配なのはフレイヤよ。強くなるために頑張っているんだろうけど、頑張りすぎは良くないわ。適度に休むことも大切よ。無理しすぎたら、怒るからね」
「う、気をつけます」
部屋の隅でじっとしていたリエッタがお母様に声を掛ける。
「コルネリア様、そろそろお仕事の時間です」
「あら? もうそんな時間? 話し込んでしまったわ」
お母様のお仕事は主に屋敷の会計管理だ。お父様の手が回らないので、お母様が代行している。最近はイリアも手伝っているらしい。私には難しいから無理だ。
「お母様、お仕事頑張ってください。失礼します」
下がろうとしたらお母様に呼び止められる。
「あ、待って、フレイヤ。念のため、伝えておくわ。帝都で魔獣が出たらしいの」
「魔獣ですか? この帝都に?」
「あ、でも、安心して。帝国騎士の手で直ぐに退治されたわ」
「それは良かったです。ちなみに魔獣はどこに現れたんですか?」
「平民街の貧しい地域って聞いたわ」
「つまり、貧民街のことですよね?」
「ええ、そうよ。どうしたの?」
お母様の目の前で、つい考え込んでしまった。
「…… 何でもありません。失礼します」
お母様の部屋を出て自室に戻りながら再び考え込む。
また私は何も知らない。前世の私だと、四歳の時の話になるから、これも覚えてないだけ? 本当に分からないことだらけ……
◇◇◇
シオンが紅茶を用意して私に出してくれた。
「シオン、ありがとう。ねぇ、ちょっと良い?」
「もちろんでございます。どうされましたか?」
「ある人を調べたいんだけど、どうしたら良いかな? お父様とお母様には内緒にしたいの」
「内緒ですか…… ある人とはどのような方なのでしょうか?」
「貧民街に住んでいるクレアって子よ」
「クレア…… 様ですか?」
シオンは心当たりがないという表情で首を傾げた。
前世の私のことなんだから、知らないのは当然だ。
心の底でクレアの存在は気になっていたけど、もう一人の自分を確認することが怖かった。
私はフレイヤだけど、クレアとして生きた自覚もあるから。
今は嫌な胸騒ぎが凄くする。確かめた方が良いと思った。
「情報屋に頼んでみましょうか?」
「情報屋? どうしてシオンが情報屋を知ってるの?」
「コルネリア様が良く使う情報屋がいるんです。時々、私は仲介役となりますので、知っています」
「お母様がどうして情報屋を? 関わる理由なんてないと思うけど」
「貴族の情報や市井のことを知るためです。貴族の集まる場では色んな情報が大切ですから」
「なるほどね。でも、それを私に言って良かったの?」
「はい、私はフレイヤ様の専属メイドですから。いかなる場合もフレイヤ様が優先されます。それに、バレなければ問題にはなりません」
シオンは堂々とした表情で言った。
お母様に悪びれる様子はない。私のためならどんなことでもするよね。
「じゃあ、お願いできる? もし、バレたら私が命令したって言っても良いから」
「ご心配していただきありがとうございます。早急に手配致します。分かり次第、ご報告させていただきますね」
「うん、お願い」
私はシオンの淹れてくれた紅茶を勢い良く飲んだ。嫌な胸騒ぎを紅茶で流そうと思ったのかもしれない。
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