第18話 魔力操作


 今日はケイト先生に魔力制御を教えてもらう日だ。敷地でケイト先生が来るのを待っている。早く来ないかなー。


 この数日、魔物を倒した時の力を使えないか試していたけど、全く使えなかった。魔力の吸収と放出は死ぬかもしれない状況下だったからこそ使えたのかもしれない。魔法のことだから、ケイト先生に魔力の吸収と放出について訊いてみようと思う。


「フレイヤ!!」


 笑顔で大きく手を振る女性が見えた。ケイト先生だ。私も手を振り返す。

 今日のケイト先生の服装は膝上までの緑のパンツにグレーの袖無しの上衣。その上に、風避けのマントを羽織っている。全体的に露出が多い。お母様が見たら、絶対に怒るやつだ。


「ケイト先生、その服装はお母様に怒られますよ」

「バレやしねぇよ。コルネリアはもうお茶会に行ったんだろ?」


 私が頷くと、ケイト先生は安心した表情でマントを丸めて地面に置く。


「オスカーの旦那から聞いたぜ。無意識に魔力操作を使えるんだってな」

「…… はい」


 オスカー先生の呼び方、オスカーの旦那って……


「ケイト先生、オスカー先生の呼び方が変です」

「変じゃねぇよ。あたしは世話になった男と尊敬する男には旦那ってつけることにしてるんだ。やっぱりフレイヤもコルネリアと同じで、あたしに小言を言いやがる」


 お母様の文句を言っているけど、ケイト様はお母様と仲良し。二人は親友って感じがする。


「さて、魔力操作の練習だ。でも、その前に魔力制御がちゃんとできているか確認する。両手を出しな」

「はい」


 ケイト先生が私の両手を握ると、私の体に魔力が流れて来る。ケイト先生の魔力が私の魔力の流れを邪魔する。

 右脚に魔力が集中し、どんどん熱くなる。ケイト先生によって引き起こされた軽い魔力暴走だ。

 右脚へ意識を集中、魔力を体中に分散することをイメージする。少しずつ右脚の熱が引き、私の魔力の流れが正常に戻る。


「良いじゃねぇか、ちゃんとできてるぜ。これなら魔力操作を教えても良さそうだ」


 ふーっと大きく息を吐いた。

 ケイト先生の魔力妨害に堪えて自分の魔力の流れを正常に戻すと、一走りした後と良く似た疲労を感じる。


「ありがとうございます。それで、魔力操作ってどうやるんですか?」

「簡単だよ。フレイヤはもう魔力制御ができてるからな、それの応用だ。今、魔力の流れを感じることができるか?」

「はい」


 体内に意識を集中すると、体の中で温かいものが流れているのを感じる。


「じゃあ、その流れを速くすることはできるか?」

「速くですか。でも、やり方が分からないです」

「ああ、そうだな…… 腹から体全体に魔力を流すイメージで、それで、また腹に魔力を戻す。それを繰り返し続けてみろ」


 お腹から? 急に言われてもなー。

 魔力制御の時と同じイメージかもしれない。右脚の魔力を分散させたようにお腹の魔力を体全体に分散させる。その分散した魔力をお腹に戻して、その循環を繰り返す感じかな?


「ケイト先生、どうですか?」


 どれどれと言いながら、ケイト先生は私の肩に手を触れる。


「スジは良いぜ。でも、この速さは今のフレイヤの魔経脈まけいみゃくには辛いな。もう少しゆっくりできそうか?」

「やってみます…… どうですか?」

「ああ、そんな感じで良いだろう。やるじゃねぇか」


 ケイト先生は私から離れると、前屈や屈伸など色んな準備体操を始めた。


「何してるんですか?」

「見りゃわかんだろ。準備体操だよ、準備体操。今からフレイヤと体術稽古をしようと思ってな」

「え? 体術?」


 何で急にと思って、私は困惑した。ケイト先生はいきなりってことが多い。


「魔力操作のためだよ。魔力操作を習得するには動いて覚えた方が一番手っ取り早い。あたしは剣術ができねぇ、だから、体術だ。お前、オスカーの旦那にいつも転ばされてるんだって」

「それはオスカー先生が強いから」

「じゃあ、そのままで良いのか?」

「そんなこと思ってません。強くなりたいです!」

「じゃあ、あたしと体術の稽古だ。オスカーの旦那から聞いたぜ。強くなって、マルクス団長を驚かすんだろ?」

「はい、そうです!」


 私が真剣な表情で答えると、ケイト先生は嬉しそうに笑う。


「よし! フレイヤは体術するの初めてだよな?」

「はい、拳で戦ったことないです」

「じゃあ、基本的な構え方を教えてやる。左手と左足を前に出して、右手は鳩尾で右足は後ろに下げる。あたしに対して半身になってるだろ。これが基本的な構え方だ」


 構えてみると変な感じする。初めてだから、慣れてないだけだ。でも、この構え方は凄い。相対する敵に対して確りと急所を隠すことができている。


「魔力操作は維持してるな?」

「はい」

「じゃあ、この構えを基本にして、あたしにどこでも良いから一撃入れてみな」

「分かりました。お願いします!」


 じりじりと足音を立てながら間合いを確認して、ケイト先生に向かって駆け出した。

 右拳を突き出す。

 ケイト先生は身を翻して、ひらりと私の拳を躱す。負けじと、更に左の拳を繰り出すが、踊っているみたいに軽々と躱される。


「蹴りを使っても良いぜ」


 クソッと思い、右脚を上げて勢いのまま蹴る。


「重心がひでぇな。しかも、威力がねぇ」


 左手でパシッと掴まれて。


「ちゃんと受け身を取れよ」


 右の掌の固い部分で肩を叩かれた。その勢いで地面に転がってしまう。


「体術は駄目だな。剣がなかったら、何もできねぇぞ。まぁ、魔力操作はできてるみたいだけどな」


 悔しい。ケイト先生の言う通りだ。剣がないと、私は何もできない。

 そのままなんて駄目だ。もっと強くなりたい。


「もう一本お願いします!」

「よし、今度はあたしから攻めるぞ。目を使って確りと躱せ」


 瞬間、ケイト先生はとんでもない速さで私との間合いを詰める。魔力を感知して予測したが、距離を取るのが遅れた。

 ケイト先生から右拳が突き出される。

 速い! 私は咄嗟に左腕を盾にして攻撃を止める。

 衝撃で後ろへと下がった。

 かなりの衝撃を受けたのに、左腕が痛くない。不思議だ。


「良く止めたな。痛くねぇのが不思議か? 魔力操作は身体能力も上がるが、体も丈夫になるんだよ。…… 連続で攻撃するぞ。躱せよ!」


 ケイト先生から左と右の拳が連続で突き出される。

 両腕を盾にして攻撃を止めるが、どんどん後ろへ下がってしまう。

 左手の拳が長く伸びて、右腕で払う。

 すると、ケイト先生の左拳がパッと開き、私の右腕を左手で掴まれた。

 左手を払おうと右腕を強く動かした時、意識していなかった両脚を弾くように軽く蹴られて、その場に転がされた。


「一点に意識を集中し過ぎだ。オスカーの旦那からも言われてるんだろう」

「はい……」

「今日はこれで終わりにしよう」


 ケイト先生に手を掴まれて立たされる。


「魔力操作は良い感じだ。でも、魔力操作を急に強くやりすぎると、魔経脈まけいみゃくが傷つくからな。注意しろよ」

「はい」


 体全体に循環させていた魔力をゆっくりと元に戻す。


「しかし、お前の目は便利だな。魔力を感知して予測までできるなんてな」

「でも、凄く集中してないと使えないですけどね」


 ケイト先生の感知は私のように目ではなく皮膚で感じる。大きな魔力が近くにあると、皮膚が敏感に反応するらしい。

 自分から大きな魔力があるものに触れることで、詳細にその魔力を把握することができる。

 私やケイト先生のように魔力を感覚器官で感知する者を魔力感知能力者と呼ぶ。


「ケイト先生、訊きたいことがあるんですけど良いですか?」

「何でも訊けよ、遠慮すんな」


 ケイト先生に訊きたいことはあの力のことだ。


「魔力を吸収して放出する力も魔法ですか?」

「何だそれ? 吸収して放出? 聞いたことがねぇな。特異魔力保持者の魔法、特異魔法じゃねぇのか? 前にも説明したが、魔法の属性は火、水、土、風だけだぞ」

「そうですよね……」


 とすると、あの時の力は私の特異魔法なのかもしれない。


「そう言えば、フレイヤにあたしの魔法を見せたことがなかったよな?」

「はい、見せてもらったことがありません」


 すると、ケイト先生はニッと笑って言う。


「弱い魔法だが今から見せてやるよ。何もねぇ場所に放つぞ」


 両手を重ねて前に出す。


『赤き炎よ、つぶてとなって、敵を撃ち払え

 フラム・ライン・クーゲルス』


 ケイト先生の重ねた手から火が発生し、その火が小さな玉にいくつも分かれ、前方へ一気に放たれる。

 地面が少し燃えて、直ぐに消えた。

 これが魔法……

 照魔しょうまの儀式が終わったら、私にも魔法が使えるのかな?


「この場所だと危ないから魔力を抑えたが、本気なら細かく分かれたあの火の玉はフレイヤの顔の大きさくらいになる。どうだ、すげぇだろ?」

「はい、凄いぃぃ……」


 私はケイト先生の後ろにいる人を見て固まった。


「何だよ、変な声を出して」

「凄いわね。まさか他人の家の敷地で大人が魔法を使うとは思わなかったわ」


 ケイト先生はその声を聞いてビクッと震える。そして、ゆっくりと後ろを見る。


「コ、コルネリア……」


 眉間に皺を寄せて頬をピクピクとさせたお母様が腕を組みながら立っていた。



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