第二章 前世と異なる出来事

第17話 剣術稽古再開


 あの魔獣事件から十日が過ぎた。

 魔獣を倒してからのことは記憶にない。疲れ果ててぐっすりと眠ってしまっていたから。丸二日眠って目を覚ますと、お母様とイリア、シオンにも泣かれて心配された。


 お父様が今回の魔獣事件について教えてくれた。

 私たちを襲った魔獣はバッケル子爵領に現れた魔獣の一体らしい。子爵領から逃げている途中で私たちを襲ったみたいだ。私が戦った魔獣は魔獣ではなくて、魔獣が変化した『魔物』と呼ばれる全く別の生き物らしい。


 お父様は私の質問に答えるばかりで、私に何も訊いてこなかった。どうやって魔物を倒したのか、普通は気になると思うんだけど。私だって魔物を倒せたことが不思議で仕方ないのに。

 でも、魔物を倒した事実は誰にも言わないようにと約束させられた。


 それに、困ったことがある。

 質問に答えてくれる時に、エイルハイド公爵様の名前が何度か出ていたんだけど、良い印象を持っていない様子だった。特にカロン様に対しては最悪だった。カロン様の名前を口にする時、お父様の表情がとても怖かった。

 お父様がこんな感じだと、アンジェ様の騎士になりたいって言えない。

 絶対に反対される。うーん、どうしたものか。


「フレイヤ、考えごとですか?」


 声の方を向くと、オスカー先生が立っていた。


「オスカー先生! 今日もよろしくお願いします!」


 今日はオスカー先生と剣術稽古の日だ。

 目覚めて五日目くらいから、オスカー先生との稽古を再開しようと思っていたけど、お母様とシオンに猛反対された。

 二人の言いつけで、仕方なく十日間安静にしていた。その十日間の毎夜に一人でこっそり鍛練をしていたのは内緒だ。


「大怪我をしたとマルクス団長から聞いてましたが、もう元気なようですね。良かったです」

「はい! この通り元気です」

「…… 始めますか?」

「はい、お願いします」


 オスカー先生との稽古は基本的に木剣の打ち合いだ。

 普段は優しいオスカー先生だけど、稽古になると厳しい。本当に容赦ない。


 木剣を構えて、初撃から当然全力。

 私の攻撃を木剣で滑らかに受け流し、そのまま自然な動作で攻撃する。

 オスカー先生の微量な魔力の変化を目で感知し、動きを先読み。後ろへ下がり、オスカー先生の攻撃を躱す。

 すると、オスカー先生が木剣の構えを下ろした。


「良いですね、体を良く使えています。先ほどの一連の動作には無駄な動きがありませんでした」


 以前からオスカー先生には無駄な動きが多いと言われ続けていた。それが体力消耗に繋がっているとも。

 態々わざわざ稽古を中断して褒めてくれるとは思わなかったから、とても嬉しい気持ちになった。

 私も構えを解こうと力が緩んだ時。


 オスカー先生が動いた。私は反応できずに目を閉じる。

 ゴツっと、木剣で軽く叩かれた。


「フレイヤ、あなたの敗けです。戦闘中に気を緩め、目を閉じるなんて言語道断です」

「だって、オスカーが」


 更にゴツっ。


「痛いです」


 少し涙目になって言った。


「教えたと思いますが、戦いにだってもクソもありません。私は帝国騎士の若者たちにどんな手を使っても勝てと常に教えています。納得しない者も多いですが、私は言い続けてます。死ねば終わりだからです。先ほどのフレイヤは私に騙され気を抜いた時点で終わりました、負けです。ここが戦場なら死んでますよ」

「…… はい」


 オスカー先生の言葉はとても重い。

 黒騎士オスカーと呼ばれ、色んな戦場を経験してきたはずだ。私も命懸けの戦いをしたから、オスカー先生の言葉が良く分かる。


「さ、もう一本です」

「はい!」


 再び木剣を構えて、オスカー先生と打ち合う。今度はオスカー先生が終わりと言うまでは決して集中を解かない。

 しばらく攻防が続き、木剣と木剣がぶつかって押し合いになる。オスカー先生よりも私の力は弱いから、分が悪い。

 でも、力に負けて退いたら、このまま攻められてしまう。

 あの時みたいに力が漲ったら……


 すると、オスカー先生が後ろへ下がり始めた。

 私の押す力が勝っているみたいだ。間合いを作るために、オスカー先生の木剣を全力で払い除ける。

 オスカー先生の木剣が浮いた。


 小さな間合いができる。

 その間合いに入ろうと私は猛追する。

 しかし、オスカー先生は私の動きよりも先に後ろへ下がって距離を取った。私の間合いではなく、オスカー先生の間合いができてしまう。

 だけど、私は前へ進む動きを止めれない。オスカー先生は木剣を構えて私の攻撃を待つ。

 私は前へ進む勢いを利用して木剣を振るうと、オスカー先生の剣撃と交差する。ガン、バキッと音がして、私は衝撃で木剣を手から落としてしまった。


「…… 負けました」

「そうですね。ですが、良い攻めでした」

「…… ありがとうございます」


 オスカー先生を見ると、考え込むような表情をしていた。


「どうしたんですか?」

「フレイヤ、あなたは魔力操作ができるようになったのですか?」

「魔力操作?」


 知らない単語を聞いて、私は首を傾げる。


「魔力を使って身体能力を上げる方法です。てっきり、ケイトに教えてもらったと思ったのですが」

「オスカー先生はケイト先生を知っているんですか?」

「当然ですよ。フレイヤに教える内容を話し合うためにマルクス団長を交えて何度か話し合っています。それに、ケイトとは彼女が魔法師団にいた頃からの知り合いです」


 オスカー先生とケイト先生は昔から知り合いだったんだ。知らなかった。それに、私に教える内容を先生たちが話し合ってくれていることも知らなかった。凄く嬉しい!


「オスカー先生、ありがとうございます!」


 私が感謝の言葉を言うと、オスカー先生は微笑んでくれた。


「もう一度確認ですが、魔力操作はケイトに教えてもらったわけではないのですね?」

「はい」

「とすると、私と同じですね。私も教えてもらわずに魔力操作を取得しましたから」

「オスカー先生もですか?」

「私は教えてもらう人がいませんでしたからね」


 平民が魔法の先生を見つけるのは難しい。元々、平民は魔力量が少ない傾向にある。そのため、成長しても魔力暴走を起こす可能性が低く、魔力制御を態々習う平民は殆どいない。

 でも、中には平民でも貴族並みに魔力を持つ者は一定数存在する。その場合は魔法師を育成するための学校やミュトス教が運営する神学校などに通って、、無償で魔法を学ぶことができる。


「え? オスカー先生は魔法の学校とかには行かなかったんですか?」

「行きませんでしたね。子どもの頃の私は魔力が少なかったんですよ。大人になってから魔力が急激に増えたんです。はっきりと変化を感じたのはエルフ族と戦闘していた時ですね。それまでは一日に十人ほどしかエルフ族を討ち取れなかったんですよ。急に強くなりましたから、不思議でしたね」


 オスカー先生は懐かしむような表情をして言った。


 何でもないように言うオスカー先生に私は衝撃を受けた。

 エルフ族は身体能力に優れ、特殊な魔法が扱える。平民傭兵がエルフ族に勝つのはとても難しい。そのエルフ族を一日に十人も討ち取るだなんて……

 オスカー先生は黒騎士と呼ばれる前から並外れた強さを持っていた。


「オスカー先生、強すぎます……」

「そうですか? でも、マルクス団長の方が私の全盛期よりも強いですよ」

「はぇ!?」


 変な声が出てしまった。

 お父様が『黒騎士オスカー』より強い? オスカー先生は二つ名があるくらいに活躍した騎士だ。私も稽古をつけてもらっているから、オスカー先生がとても強いって実感がある。

 騎士団長をしているからお父様が強いのは知ってるけど……

 でも、お父様に稽古をつけてもらったことはないし、お父様が活躍した話も聞かない。私の中では優しいお父様のイメージしかない。オスカー先生の言ったことが本当なのか分からなかった。


「信じられないという表情をしていますね。フレイヤはマルクス団長に稽古をつけてもらったことはないのですか?」

「はい。お父様はいつも忙しそうだから。我が儘言ったら困らせるかなと思って」

「そんなことはないと思いますが、そうですね…… でしたら、こういうのはどうでしょう。騎士団の稽古に参加してみませんか?」

「騎士団の稽古に!? 良いんですか?」

「私が許可します。ただし、それまでにもっと強くなること。マルクス団長を驚かせてやりましょう」

「は、はい! 私、もっと強くなります。オスカー先生、ありがとうございます!」


 帝国騎士の強さを体験できる良い機会になりそうだ。それに、お父様に稽古をつけてもらえるかも。私は騎士団の稽古のことを想像して心が弾んだ。

 オスカー先生が話を切るためにパンパンと手を何度か叩く。


「話を戻しますよ。魔力操作は魔力によって身体能力を向上させることですが、今のフレイヤは無意識にしているようです。無意識なのは良くないことです。ケイトに教えてもらうと良いでしょう。私からケイトに言っておきますね」

「はい、分かりました。よろしくお願いします」

「では、木剣を構えなさい。打ち合いを再開しますよ」

「はい」


 休憩を挟みながら、計十五本の打ち合いをした。私はヘロヘロになったけど、オスカー先生は平気な顔で帰って行った。





















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