幕間 魔獣事件終幕


 マルクスは半数の騎士団を小隊に分けて、ユルキコの森を捜索しながら進んでいた。

 小隊には公爵領に入った時、万が一武力衝突が起きた場合の備えとして、カロンが連れてきた騎士たちを同行させていた。

 マルクスの小隊にはカロンが同行している。


「ヴガアァァァーー!!」


 地面や周りの木々が震えた。森から動物の怯えるような鳴き声が聞こえ、動物が逃げ出しているのが分かる。


(この感じはまさか……)


 マルクスは魔力操作で脚の身体能力を高め、声が聞こえた方へ急いで向かう。

 自分に追いつけない小隊の団員とは離れることになってしまうが仕方ない。


「私もお供します」


 と言って、カロンがついてきた。

 マルクスと同じでカロンも嫌な予感がしたらしい。


 二人の頭によぎった声の正体は、『魔物』と呼ばれる化物だ。魔獣の中でも魔力量の多い特異個体がすると、魔物と呼ばれる全く別の生き物となる。


 強烈な衝撃がして、マルクスたちは走る速度を更に上げた。

 そして、開けた場所に出る。

 マルクスは目の前の光景に驚愕したが、直ぐに剣を持つ愛娘の姿を見つけて叫んだ。


「フレイヤ!」


 マルクスは倒れそうになっていたフレイヤを抱き抱える。

 すると、フレイヤが薄っすらと目を開けて言う。


「…… お父様?」

「そうだ、僕だ」


 フレイヤは震える左腕を動かして遠くを指差す。


「あっちにロゼが倒れてるの。ロゼには助けてもらって……」


 と言って、フレイヤは気を失った。


 マルクスはフレイヤの傷を確認する。

 全身傷だらけだが、命に関わるような大きな傷はない。疲れ果てて気を失ったようだ。

 カランと音がして右手から剣を落とした。

 その剣を見て、マルクスは怪訝に思う。


(フレイヤが持ってた剣か。これは誰の剣だ?)


 危険がないか周辺を調べていたカロンが戻って来て、剣を見て言う。


「マルクス団長、その剣はカルディオ卿の剣です」


 カルディオ卿と丁寧に呼んでいることから、カルディオはカロンの先輩のようだ。


「…… そうですか。そのカルディオ殿はどちらに?」


 沈痛な面持ちでカロンは答える。


「…… 既に亡くなられていました」

「それは…… お悔やみを申し上げる」

「ありがとうございます。マルクス団長、あちらに来ていただけませんか?」


 カロンが指差したのは、地面が深く削れ、木々が倒れた先。


「危険はありません。念のため、


 マルクスは首を傾げた。


(斬ったとは?)


 カロンが先に歩いていくので、マルクスはフレイヤを背負ってついていく。しばらく歩いた先にいたのは。


「これは……」

「そう、魔物です。おそらく私たちが探していた猿型魔獣が変化し、魔物になったのでしょう。首は私が斬りました」


 マルクスが見たのは、首が切断された魔物の死体。もはや猿型魔獣ではない。

 目は真っ赤で身体は紫の肉体へと変化し、角まで生えている。正に化物だ。

 首を斬ったのは正しい判断だった。魔物は並外れた再生能力を持っているため首を切断して、初めて安心ができる。


(おそらく胴に空いた風穴が致命傷になったのだろう。いったい誰が…… まさか!)


 マルクスは思わず自分の背中で眠っているフレイヤを見てしまう。


「マルクス団長、一つ訊きたいことがあります」

「何でしょうか?」

「フレイヤ様は一体何者ですか?」


 カロンが真剣な表情でマルクスを見ていた。良い雰囲気ではない。


「質問の意味が分かりませんが、フレイヤは私の娘ですよ」

「そんなことを訊いてるのではありません。あなたも分かっているはずです。魔物と戦っていたのはフレイヤ様だ!」


 カロンが語気を強めて言った。


「カルディオ殿が倒したのかもしれない」

「あり得ません。カルディオ卿の遺体の血は既に乾いていました。随分前に亡くなられたようです。だから、魔物を倒したのはフレイヤ様だと言っているんです」


 カロンが何を言いたいのか分からないが責めるような様子なので、マルクスも語気が強くなってしまう。


「つまり、カロン殿は何が言いたいのですか?」

「フレイヤ様を公爵領で質問をさせていただきたい」

「それは娘を取り調べると言っているのですか?」

「そう取っていただいても構いません。はっきり言いましょう、フレイヤ様は得体が知れない。魔物を倒す少女など聞いたことがありません。それに予知のこともありますから」

「予知?」


 カロンの口から急に出た単語にマルクスは困惑の表情を浮かべる。


「なるほど。その表情から察するに、マルクス団長は予知についてご存じないようだ」


 マルクスは何も知らないが、愛娘を自分から引き離そうとするなら、敵だ。


(僕の大切な娘に危害を加えようとするなら、容赦はしない)


 マルクスとカロンの間で殺気が交錯する。

 実力はマルクスの方が少し上。今はフレイヤを背負っている分、不利だ。

 沈黙が支配する。

 しばらく殺気をお互いにぶつけ合って、カロンが諦めたように息を吐く。


「…… 分かりました。フレイヤ様を公爵領につれていく話は撤回します。ですが、今回の件はエイルハイド公爵様に全て報告させていただきます」

「どうぞご自由に。…… カロン殿、ロゼという少女がこの先に取り残されているらしい。私は探しに行きます。申し訳ないが、カロン殿はあの開けた場所で小隊と一緒に待機して欲しい」

「承知しました」


 カロンは素直に頷いて先に戻る。

 姿が見えなくなったのを確認すると、マルクスは安心してロゼがいる方へ急いで向かった。



 ◇◇◇



 眠っているフレイヤを揺らさないようにマルクスは急いで走る。

 大きな傷はないが、やはりフレイヤを早く医者に見せたい。


「この辺から木々が沢山倒れてるな」


 更に先へ進むと、座り込んで動かない少女を見つけた。

 グレーの髪に紫の瞳が印象的。傷は少ないが、疲れているようだ。


「君がロゼ嬢かな?」


 マルクスが声を掛けると、ロゼはビクッと反応する。


「え? あなたは…… フレイヤ!」


 眠っているフレイヤを見て、ロゼは大きな声を上げた。


「しー。フレイヤは大丈夫だよ。大きな傷はない、今は疲れ果てて眠ってるだけだから。安心して」

「そうですか、良かった」


 ロゼは安心したようで肩の力を抜いた。


「騎士様、失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 マルクスは名乗ってないことに気がつく。


「これは失礼した。僕の名前はマルクス・フォン・ルーデンマイヤー。フレイヤの父で、帝国第十二騎士団の団長をしている」

「フレイヤ様のお父様!? 大変失礼致しました。私の名前はロゼリーア・フォン・グラストレームと申します」


 ロゼは座ったまま姿勢を正して挨拶をした。


「丁寧な挨拶をありがとう。ロゼリーアが正式な名前だったんだね。フレイヤがロゼと呼んでいたから」

「フレイヤ様のお父様でしたら、私のことはロゼで構いません」

「そうかい。じゃあ、僕もロゼって呼ぶことにするよ。…… フレイヤとは友だちになってくれたのかな?」

「はい、フレイヤ様は私の大切な友だちです」


 ロゼは頬を赤らめて恥ずかしそうに言った。


(おや? 恥ずかしがり屋なのかな?)


 マルクスは背負っているフレイヤを落とさないように気をつけて、ロゼと視線を合わせるために片膝を地面につく。


「ロゼ、何があったのか僕に教えてくれるかい?」

「…… は、はい」


 ロゼは何があったのかを語り出し、マルクスは何も言わずに冷静な表情で聞いていた。

 話が終わると、マルクスはロゼに感謝する。


「教えてくれてありがとう。ロゼは僕の大切な娘を命懸けで守ってくれた。本当にありがとう」


 マルクスはロゼに頭を下げた。


「頭を上げてください。結局、私はフレイヤ様に助けられたのですから」

「それでもだよ。フレイヤは良い友を持ったよ」


 マルクスは嬉しくなって微笑んだ。


「さて、帰ろうか。ロゼは立てるかい?」

「は、はい」


 ロゼは立ち上がったが、ふらついてしまい、直ぐにマルクスが体を支える。


「も、申し訳ございません! す、直ぐに離れます!」

「離れないで。このまま歩いて行こう」

「は…… はい」


 ロゼは顔全体を赤らめて、もじもじしながら歩いていた。



 ◇◇◇



 アンジェリーナは私室で待ち人を今か今かと待っていた。

 ドアがコンコンと鳴ると、アンジェリーナは入ってと直ぐに返事をする。

 ドアが開くとカロンが入って来て、直ぐにアンジェリーナの前で跪く。


「アンジェリーナ様、ただ今帰参致しました」


 カロンの無事な姿を見て、アンジェリーナは頬を緩めた。


(無事に帰って来てくれて良かったわ。カロンは私がどれだけ心配してたか知らないだろうけど)


 アンジェリーナは緩んでいた表情をキッと引き締めてカロンに訊く。


「それで、何があったの? 全て教えてくれる?」

「承知致しました」


 カロンは淡々とは話し始め、マルクスとの言い争いについても話した。基本的にエイルハイド公爵やアンジェリーナに隠し事をしない。


「そう…… フレイヤ様がね。お父様は何と仰ってたの?」


 カロンはアンジェリーナのもとを訪れる前にエイルハイド公爵へ報告していた。


「バッケル子爵を支援して、この機に取り込むと」

「当然ね。フレイヤ様のことについては?」

「アンジェリーナ様の好きなようにさせろと仰っていました」


 それを聞いて、アンジェリーナは不敵な笑みを浮かべる。


「恐れながら、そのお考えは危険かと思われます」

「あら? 私はまだ何も言ってないわよ」

「アンジェリーナ様はフレイヤ様を手元に置こうと考えているのはありませんか?」

「流石ね、私のことが良く分かってるわ」


 アンジェリーナは少しニヤッとしてしまった。


(カロンと私は通じ合っているのよ。こういうのを以心伝心と言うんだわ)


「アンジェリーナ様?」

「な、何でもないわよ。カロンはフレイヤ様のこと反対なの?」

「はっきりと申し上げますが、フレイヤ様は得体が知れません。私にした謎の予知や魔物を倒す実力は危険です」

「確かにあなたの言う通り、得体が知れないのも事実だわ。でも、私のもとに来たいと言ったのはフレイヤ様なのよ」

「本当ですか!?」

「ええ、少なくとも私にはそう聞こえたわ」

「ですが」


 カロンはそれでも反対する。余程、フレイヤを怪しんでいるらしい。


「カロン、焦らないで。何がなんでも手元に置きたいと考えているわけじゃないわ。それに、私も条件を出したから」

「条件ですか?」

「私に有能であることを認めさせなさいと言ったわ。カロンに疑念を抱かせてる時点で既にマイナスだから安心して。でも、友人としては付き合うわよ。それくらい良いでしょ?」

「私の許可など必要ございません。アンジェリーナ様の意志が私の意思であり、それにお応えするのみです」

「そ、そう。分かってるなら良いわ」


 アンジェリーナは態度とは裏腹に、カロンの言葉が愛おしくて胸がきゅっと締めつけられていた。だから、自分の浮わついた気持ちを鎮めるために現実を口にする。


「それに、皇太子との婚約が決まっている以上、必要な行動以外しないの。だから、フレイヤ様を手元に置くことは必要な行動に当たらないわ」


 カロンは顔を伏せて訊く。


「本当によろしいのですか?」

「何が? 婚約のこと?」

「はい……」

「良いか悪いかと訊かれれば、嫌よ。でも、私はエイルハイド公爵の娘なの。皇后となるために、私は色んなことを学んできたわ。それに、この婚約は皇帝派と貴族派が協力体制を敷くための証なの。くだらない権力争いなんて、早く終わらさないとね」


 アンジェリーナは本心を隠して笑顔を作った。しかし、 泣きたい気持ちが急に押し寄せてきて、瞳が潤んでくる。


(でも、私の本当の気持ちはカロンには秘密なの。絶対に悟られたくない)


 アンジェリーナはそっぽを向いて言う。


「カロン、もう良いわ。ありがとう、出てって」

「承知しました」


 カロンが部屋を出て行くと、アンジェリーナは涙が溢れないように手で顔を覆った。




 ――――――――――――――――――――

【後書き】


 これにて第一章が終了です。沢山読んでいただきありがとうございました。

 第二章はフレイヤが屋敷で目覚めてから始まります。


 期待できると思われた方は、★やフォロー、感想をお願いします! 作者の励みとなります!

 レビューをいただけると、作者が泣いて喜び、創作意欲が爆発します。

 どうかよろしくお願い致します!


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 第二章もお読みいただけると嬉しいです。

 これからもよろしくお願い致します。






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