第16話 剣聖の秘められた力


アルボー木のリトゥー妖精よバゴ私をラクトゥース守れ


 木の蔓が魔獣を絡めとり動きを封じるが、直ぐに魔獣の大きな手が蔓を払う。

 ロゼがその場に座って魔法を発動していた。どうやらもう立てないみたい。それに、魔法ももう直ぐ使えなくなりそう。体内の魔力量が少なくなっている。


 私は茂みで様子を見ていた。魔獣を狙うタイミングを見計らっている。

 今行っても役立たずだ。もちろん、ロゼが危なくなったら、そんなの関係なしで行く。

 短剣を構えていつでも飛び出せるようにする。これはカルディオ様の短剣で、あの時、拾ったものだ。


 今から魔獣の注意をロゼから引き離す。この短剣を魔獣に刺したら、魔獣は怒って私を追い掛けてくるだろう。

 問題は私の攻撃が効くかだけど……


 もう一度、ロゼの魔法が発動して魔獣は蔓に全身を絡め取られる。今だ!

 私は茂みから走り出し、魔獣の背後へ一気に向かう。

 茂みからただ見ていたわけじゃない。カルディオ様が魔獣につけた傷を探していた。

 一番傷が多かったのは左脚。その裏にも確りと傷が残っている。


 魔獣は私に気がついていない。

 いける! と思った。

 魔獣は手の蔓を払うと、鈍い音を立て、不気味な骨の動きを見せて腕の向きを作り替える。更にゴキバキっと音を立てて、魔獣は首を後ろに回転させて私の方を向いた。


 こんなことできるの? 私は予想外の出来事に驚いてしまう。

 でも、チャンスなのは変わらない。胴体から下はロゼの魔法で拘束されている。


 攻撃する部位も変更はしない。脚の傷が多いのは、カルディオ様が魔獣の動きを封じようとしたからだと思う。

 私が狙いやすいのは魔獣の左脛辺り。当然、私の邪魔をするために魔獣は右手で私を払おうとする。

 魔獣の右手は私の体よりも大きい。あんなのを喰らったら、どうなるか分からない。


 今なら躱す自信がある!

 私はケイト先生と同じように魔力を感知する力がある。私の場合は、魔力を色として判別し、その魔力の細かな動きを感じ取る。更に、魔力の流れを目で予測することができた。この能力は相手の動きを先読みすることに応用できる。

 魔力は大気中や生き物の体内に存在していて、魔法を使わなくても体を動かすだけで魔力は反応する。特に魔獣は魔力量が多いから分かりやすい。


 魔獣の魔力の色は黒、右腕に集中している。

 魔力の動きを敏感に感知して、右腕の魔力の流れを目で予測する。

 攻撃が当たる前に後ろへ下がった。空を切った攻撃は風圧が凄い。小さな体の私は吹き飛ばされそうになる。

 脚を踏ん張って我慢し、飛び出した。


 懐に入られたことに驚いたようで、魔獣は目を丸くする。

 私の狙いは、一度刺して逃げるだけ。

 カルディオ様の短剣を左脛の内側に全力で刺した。

 そして、直ぐに魔獣の左脚に魔力の反応が見えた。

 蹴られる!

 短剣を魔獣の左脛に残したまま、私は直ぐに逃げる。直ぐに逃げたので魔獣の蹴りは直撃しなかったが、蹴りの風圧で私は吹き飛んだ。ごろごろと地面を転がって木に当たった。


「イッツゥ…… でも、作戦は成功みたい」


 起き上がると、魔獣が私を見て狙いを定めていた。後は逃げるのみ。

 逃げ出す前にロゼと目が合う。どうして、と口が動いてる気がした。だから、私はニッと笑って手を振る。


 魔獣は怒るように声を上げた。


「キィーキィー、ギィーギィィーー!!」


 ここから離れるために私は走り出した。



 ◇◇◇



 木の間を急いで擦り抜ける。ドスドスと音を立てて、魔獣は私を追い掛けて来た。

 完全に怒っているようで、走りながら木々を薙ぎ倒している。

 今は掴まってないけど、時間の問題だ。

 どこかで魔獣と対峙しなきゃいけない。


 地面に落ちている長剣が見えた。あれはカルディオ様の物だ。

 私はその長剣を手に取る。大人用の剣なのでかなり重たいけど、今は使うしかない。

 長剣を構えて魔獣と対峙する。

 魔獣が再び笑ったように見えた。追い詰めたと思っているに違いない。

 魔獣はじりじりと近づき、私との間合いを詰める。


 私の作戦は同じ。一撃離脱戦法だ。

 体力だけなら自信があるし、魔力の動きも読めるので、何度か躱すこともできるはず。

 魔獣の右腕の魔力が動いた。私との間合いを一気に詰める。右手を振り上げて、私を叩き潰そうとする。

 咄嗟に右へと跳んで、魔獣の攻撃を躱した。

 今度は魔獣の左手が私を襲う。後ろへ下がって回避し、左手の風圧を受ける。


 攻撃をする余裕はなかった。躱すのが精一杯。どうしたら良いの?

 違う、弱気になるな!

 オスカー先生が言ってた。どんな強者だって、必ず隙はある。 今は我慢だ。


 魔獣の攻撃をギリギリのところで何度も躱しているので、魔獣がイライラし始めた。

 魔獣が両手を大きく上げて、一気に振る。私は後方に下がって魔獣の攻撃を躱す。

 大きな衝撃で地面が大きく割れ、周りの木々も倒れた。更に地面の塊や石が色々と跳び散って、大きな石が私の額に当たる。

 ドロッとした血が額から大きく流れた。

 大振りでバランスを崩し、魔獣に隙ができる。

 今だ、行け!

 魔獣との間合いを詰め、渾身の力を込めて剣を振った。魔獣の右脚から黒い血が溢れ出す。


 斬っただけなのに、私は少し気が緩んでしまった。

 右脚の動きが感じた時には、目の前に大きな魔獣の右脚が迫っていた。

 死ぬ。

 と思い、剣で脚を受け止めようとする。

 直撃は防いだが、蹴りの勢いは止まらず、私は空高く吹き飛んだ。



 ◇◇◇



 一度地面に落ちたが、地面から跳ね上がって、大きな木にぶつかって、ようやく止まった。

 良く生きているなと思う。

 右手の感覚はある。吹き飛ばされても剣は放さなかった。

 左手の指は動かせるけど、腕は動かせない。肘から下は変な方向に曲がってる。右脇腹が痛い。下の肋骨が折れたと思う。両脚はちゃんと動く。もうドレスがびりびりに破れて太股から下が良く見える。

 帰ったら、新しいドレスを買ってもらおう。こんなこと考えれるなんて、私はまだまだ余裕がある。

 自分の考えていることが面白くて、私は小さく笑った。

 前を向くと、魔獣がゆっくりと私の方へ近づいてきた。

 私にトドメを刺す気だ。

 ん? あれは何?

 カルディオ様の遺体の上に大きな白い光が浮いていた。

 周りを良く見ると、白い光が浮いているのはカルディオ様の遺体の上だけじゃない。

 近くの木々や地面にも白い光が浮いていた。右手を伸ばせば、触れる場所にも白い光が浮いていた。どうやら魔獣には見えていないようだ。

 私は右手を伸ばして、その白い光に触れてみた。

 ドクン!

 と胸が大きく鼓動し、全身が熱くなり右脇腹の痛みが引いていく。

 まさか痛みが引くとは思わなかった。

 この白い光を触れ続けたら。


「まだ戦える!」


 両脚を叩いて気合いを入れると、私は近くの白い光に向かって走り出した。

 魔獣が私を追い掛けて来る。

 構うもんか、走れ! 白い光を吸収するんだ。

 走りながら近くの白い光を吸収すると、左腕の傷が癒えた。

 傷が癒えただけではなく、白い光が私の全身を覆っている。ようやく分かった、この感じは魔力だ。

 私の回復を感じ取ったのか、魔獣が私に襲い掛かろうとする。

 吸収した魔力のおかげなのか、体が軽く力が漲っている。今の私なら対抗できるかもしれない。


 襲ってきた魔獣の攻撃を躱し、私から攻撃を仕掛けた。

 足運びがいつもより速い。

 魔獣との間合いを瞬時に詰めて、魔獣の左脚を斬る。更に近くに留まって、連続で剣を振るう。

 効いてる!

 すると、魔獣が怯んで大きく後ろへ下がった。追撃しようとした時。


「ヴガアァァァーー!!」


 魔獣の叫び声が響いた。

 地が震え、恐怖を感じたように森がざわざわとする。


 そして、魔獣が変化を始めた。

 目が真っ赤になり、ゴキゴキと音を立てて体が変形する。体毛が消滅し、筋肉粒々の紫色の肉体へ変わる。大きな手足の爪は更に鋭くなり、頭部には三本の黒い角が生えた。その姿は正に化物だ。

 突然の変化に私は驚いた。魔獣が変化するなんて、これまで一度も聞いたことがない。


 変化した魔獣は右腕に魔力をどんどん集め始める。変化する前とは比べ物にならない魔力量だ。魔力が集まって、私の目には魔獣の右腕が真っ黒に見える。

 思わず後退りをした。

 こんなの勝てるわけ……

 待って。どうして私は最初から弱気になってるの? 今の私は誰? 私は剣聖フレイヤ。

 あんな奴くらい倒せなくて、本当にアンジェ様を救えるの?

 魔力は周りに残ってる。カルディオ様の大きな魔力だって。

 それに、私が負けたら、ロゼだって無事に済まないかもしれない。

 こいつは私が倒す!


 不思議なことが起きた。

 まだ吸収していない周りの魔力が私のもとに集まってくる。

 どんどん魔力が私の中に入る。一番大きなカルディオ様の魔力も。

 全身から白い光が激しく溢れ出し、さっきよりも力が漲る。だけど、吸収した魔力の量が一杯になって、この魔力を私の中に留めて置くことができない。

 この魔力を放って魔獣を倒す。今の私ならできるはず。


 私が剣に全身の魔力を集中させていると、魔獣は攻撃体勢に入った。

 右腕を後ろへ大きく下げ、強烈な勢いで拳を突き出す。

 衝撃波に黒い魔力が混ざって、地面を大きく削りながら私の方に向かって来る。

 私は一切怯むことなく、剣に溜めた魔力を一気に解放した。

 白い光の奔流と黒い衝撃波が激突して、拮抗する。


「負けるかーー!!」


 全身の眠っていた魔力を解き放つ。白い光の奔流が増大し、黒い衝撃波を凌駕する。

 そのまま魔獣は白い光の奔流によって吹き飛ばされた。

 倒れ込みたいが、魔獣を倒したどうか分からない。確認するまでは安心しちゃダメだと思う。本当に魔獣を倒せたかどうか分からないから。


「魔獣を確認しなきゃ。あれ? 体が……」


 剣を支えにしながら数歩歩くけど、もう目を開けていられなくて。


「フレイヤ!!」


 最後にお父様の声を聞いた気がして、私は気を失った。











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