第10話 母の旧友


 オスカー先生を出迎えて、剣術の稽古を始めた。今日は剣術の稽古だけで勉強の時間はない。

 午後からお母様のお客様が来る予定で、私もお客様に挨拶することになっている。

 挨拶よりもオスカー先生の授業を聞きたかった。


「準備運動は終わりましたね。今日も私との勝負です。かかってきてください」

「はい!」


 最近、急にオスカー先生との稽古が厳しくなった。その時のオスカー先生の表情は生き生きしている。

 何だか分からないけど、望む所だ。私は早く強くなりたい。


 私が木剣を構えると、オスカー先生も木剣を構えた。

 オスカー先生の木剣の剣先が私の方へ向く。そして、凄みのある目が私を睨む。

 オスカー先生が私を木剣で直接攻撃するようなことはないが、迫力を感じて、ぞっとしてしまう。いつも体が硬直し、じりじりと足が動くだけ。今もそうだ。

 恐怖に打ち勝った瞬間から本当の稽古は始まる。

 地面を蹴って、オスカー先生との間合いを一気に詰めた。

 初撃必殺。初撃は必ず全力だとオスカー先生に教えられた。それは相手にどう戦うか考えさせる余裕を与えないため。

 横薙ぎの一撃を放つ。

 オスカー先生は軽い動きで、後ろへと少し下がり、自分の木剣で私の攻撃を軽く弾く。攻撃は簡単に防がれて、直ぐに距離を取った。

 間合いを考えて、タイミングを見計らって、連続攻撃。今度は木剣を使わずに体の動きだけで私の攻撃を躱す。

 無我夢中で攻撃をしていると、躱された拍子に足を出された。その足に引っ掛かり、勢いそのまま地面に転んでしまった。直ぐに起き上がろうとしたところで、頭をぺしっと手刀で叩かれる。


「意識の一点集中は良くないことです。一点ではなく、全体に意識を集中させてください。さ、もう三本ほどやりますよ」


 その後も同じように私は地面に転がるばかりだった。


「今日はこのくらいにしておきましょう」

「…… ありがとうございました」


 結局、三本ではなく、五本も稽古をつけてもらった。

 私だけ攻撃して、殆ど休憩を入れなかったから、息が苦しい。そんな私に比べて、オスカー先生は涼しい顔だ。汗はかいているけど、全く息は切れていない。


「オスカー先生、質問よろしいですか?」

「もちろんですよ、何でしょうか?」

「私は息が切れているのに、どうしてオスカー先生は息が切れていないのでしょうか?」

「良い質問ですね」


 と言って、オスカー先生は嬉しそうに笑う。


「フレイヤが息切れするのは単純に体力の問題だけではありません。無駄な動きが多いからです」

「無駄な動き…… ですか? そんなつもりなかったんですが。オスカー先生、教えてください」


 私の中では必要な動きしかしていないつもりだった。指摘されないと分からない。どんな時に無駄な動きをしてるんだろう?


「色々とありますが、特に無駄な動きが多いのは私との距離を詰める時ですね。今、私からすると、フレイヤとの間合いを詰めるには一歩踏み出せば足ります。対して、フレイヤの場合は最短で一歩半は必要ですね?」

「はい」

「間合いに意識を集中していれば、一歩半で済みます。ですが、フレイヤは打ち合いになると、一歩半の間合いを二歩で移動したり、極端な時は三歩で移動したりします。この余分な動きが無駄であり、余計に体力を消耗させるのです」


 なるほどと思い、うんうんと何度も頷く。

 オスカー先生に指摘されるまで移動の歩数なんて完全に意識の外だった。前世の私も移動の歩数なんて気にしていなかったと思う。


「オスカー先生、直す方法はあるのでしょうか?」

「もちろんです。打ち合いの際も必ず意識をするんです。どう近づけば最短距離になるのか、その繰り返しです。そうすれば、必ず身につきます」

「分かりました! 私、頑張ります」

「是非頑張ってください」


 稽古が終わると、私はオスカー先生を見送ってから屋敷へと戻った。



 ◇◇◇



 自室でシオンに入れてもらったお茶を飲みながらお母様に呼ばれるのを待っていた。


「ねぇ、シオン、お母様のお客様ってどんな人なの?」

「直接案内したわけではないのでお姿は分かりませんが、コルネリア様の友人だと聞いております」

「お母様の友人…… 初めて聞いたわ」


 お母様から友人の話をあまり聞いたことがない。てっきり友だちはいないのかと思っていた。

 あ、でも、お茶会に行くことがあるよね。その時の友だちかな?

 お母様の友だちだから、きっとお淑やかな女性なんだろうけど。


 すると、ドアをコンコンとする音が聞こえた。


「ヘドリックです。お嬢様、よろしいでしょうか?」

「お母様が呼んでるの?」

「はい、コルネリア様がお呼びです」

「分かったわ。直ぐに行くから」


 私はお母様の部屋へ行くと、ドアを優しくノックした。


「どうぞ、入って」


 部屋に入ると、お母様と友人と思われる女性が笑顔で談笑していた。


「フレイヤ、挨拶して」

「はい」


 スカートの裾を摘まんで挨拶する。


「お初にお目にかかります。マルクス・フォン・ルーデンマイヤーの娘、フレイヤです」


 お母様の友だちも立ち上がり私に挨拶を返す。


「丁寧な挨拶だな。あたしも小さい頃はしてたよ。おっと、自己紹介だったな。あたしの名前はケイト・フォン・ホルツマン。コルネリアとは昔の同僚兼友人だ」


 全然予想と違った。

 お母様の友だちなので、淑女らしい人かと思っていた。

 茶髪はとても短くて耳元までで切り揃えられており、女性らしくない髪型だ。着ている服はドレスではなく動きやすそうな服で、言葉遣いがとても緩い。

 フォンと名前と姓の間につくから貴族なんだろうけど、全く貴族らしさがない。


「面喰らったって感じだね。これでも一応あたしは貴族さ。親父殿が子爵なんだよ。他の貴族からは笑い者にされてるけど、変わった親父でね、全く気にしないのさ。だから、あたしはこんな風に好き勝手させてもらってる」


 そういう人もいるのね。私のお父様も他の貴族からしたら変わってることになるし。だから、この方もお母様と仲良しなのかな。

 あれ? この人、お母様の元同僚って言ってた。私、お母様がどんな仕事をされていたのか知らない。


「ケイト様はお母様と同じお仕事をされていたんですか?」

「ああ、そうさ。あたしとコルネリアは一緒に魔法師団で働いていたよ」

「魔法師団!?」


 お母様の過去の仕事はとても意外だった。








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