第7話 お茶会への招待


 木剣を振ることに集中していた。以前は木剣が重たくて体に力が入っていたのに、今は力まず自然体で振れている。

 木剣を振り始めた当初は不安だらけだったけど、今は少し自信が出てきた。

 オスカー先生に教えられた知識は直ぐに覚えられるし、剣技も少しずつ修得できている。

 オスカー先生との稽古と日々の鍛練のおかげで、私の華奢な体は引き締まった健康的な体へと変化していた。オスカー先生の指導が始まってから、まだ一ヶ月しか経っていない。この変化に私はもちろん、オスカー先生も驚いていた。

 流石、剣聖フレイヤ。やっぱり子どもの時から潜在能力は凄かった。

 でも、慢心をするのは駄目だ。沢山稽古してもっと強くならないといけない。

 アンジェリーナ様のために!


 だけど、私は強さばかりに気を取られていて、大切なことを見落としてしまっていた。今の私はアンジェリーナ様との面識がない。

 アンジェリーナ様の誕生日会の時、お祝いの言葉を言いに行くはずだったけど、私が倒れてしまったからお会いすることができなかった。


 あー、どうして倒れてしまったんだろう。記憶を思い出したからだっていうのは分かるけど……

 今の私はアンジェリーナ様の知り合いですらない。やっぱり知り合いにはなっておくべきかなと思う。

 何か良い案、思いつかないかな。


 一番初めに考えたのは、もう一度アンジェリーナ様の護衛騎士になること。


 「でも、難しいよね」


 私はルーデンマイヤー伯爵の長女だから、騎士となって伯爵位を継ぐか、夫をもらって、その夫に伯爵位を譲るかをしなければならない。

 護衛騎士になれるかもしれないけど、エイルハイド公爵家の従者になることはとても難しい。お父様とお母様が反対すると思う。


 「早く何か考えないと」


 屋敷へ戻ると、玄関でお母様が待っていた。


「フレイヤ、お疲れ様。どうしたの? 元気ない顔をしてるわ」


 悩み事が顔に出てしまっていたみたい。お母様を心配させたくないと思って、笑顔になる。


「ちょっと疲れただけです。今日は頑張り過ぎちゃったのかもしれません」

「無理は駄目。もし、体が辛くなったら直ぐに言いなさい。剣術を始めてから体力はついたかもしれないけど、私は心配よ」

「分かってます」


 倒れてしまってからお母様は心配性になってしまった。

 体力をつけるための運動として剣術をすることに最初は賛成していた。最近は無理しすぎだと言って、お母様にとても心配されている。

 私はとても元気だから、そんなに心配しないで欲しいな。


「いつも剣ばっかり振っているけど、フレイヤは剣が好きなの?」

「剣術は楽しいから好きですよ」

「そう……」


 お母様は何だか暗い表情をしていた。やっぱり、私が剣術することに反対してる?


「お母様、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、大丈夫よ。フレイヤ、あなたの部屋に湯を入れた容器があるわ。汚れを取ったら、私の部屋に来て」

「分かりました」


 自室に戻ると、シオンが待っていた。


「フレイヤ様、お疲れ様でした。お湯に入りますか? それとも体を拭きましょうか?」


 シオンの横に置いてあったのは湯を入れた大きな琺瑯ほうろう製の桶。座ったら、お腹の辺りまで浸かれる。


「ちょっとだけ浸かるわ。後で体を拭いてもらえる?」

「もちろんでございます」


 汗だくの服を脱いで、お湯に浸かる。

 汗を流せて気持ちが良い。それほど熱い湯ではないけど、体は温まる。


 ルーデンマイヤー家では桶にお湯を溜めて浸かることが多い。お風呂にお湯を溜めて浸かるのは週に三日程度で、舞踏会や大切な用がある場合はその直前にお湯へ浸かって汚れを綺麗にする。

 私たちの家にあるのは大浴場で従者も一緒に利用することができる。ちなみに、お風呂へ入る時はシオンといつも一緒に入っている。

 背中を洗い合うのはとても楽しい。シオンはいつも断ろうとするけど、問答無用なの。

 

 お湯から出ると、直ぐにシオンが近寄って体を拭いてくれた。


「ありがとう、シオン」

「はい、フレイヤ様。それにしても、以前とは違う体つきになられました」

「そうね。毎日剣を振ってるから」

「でも、無理はしないでくださいね」

「分かってる、お母様も言われたから」


 頭から被るだけのシンプルなワンピースを着て、お母様の部屋に向かった。

 ドアをノックすると、返事が帰ってきたので入室する。


「フレイヤ、疲れてないかしら?」

「大丈夫です。お湯に浸かったら、スッキリしました」

「それなら良かったわ。取り敢えず、座って」


 お母様に言われて、私はソファーに座った。

 このソファーは思ったよりふかふかで、気を抜くと眠ってしまいそうになる。

 机を挟んで向かいのソファーにお母様も座り、鈴を鳴らした。

 お母様専属メイドのリエッタが部屋に入ってきて、リエッタはお菓子と飲み物を慣れた動作で机に並べた。


「食べながら話をしましょう」


 お菓子はクッキー、飲み物は紅茶だ。

 運動したので、ちょうどお腹が少し空いていた。クッキーを一つ手に取ると、また一つ、更に一つと、クッキーに夢中になってしまう。

 しばらくしてお母様の視線に気がつき、私は手を止めた。


「お母様、ごめんなさい。ちょっとお腹が空いてて」

「分かってるわ。でも、外ではそんな食べ方をしちゃ駄目よ」

「はい、気をつけます」

「ところで、オスカーとの勉強はどうなの?」

「とても楽しいです。色んなことを知れて」

「それは良かったわ。フレイヤは勉強嫌いだから、どうなのかなと思って心配してたのよ」


 どうやらちゃんと勉強をしているのか私から聞きたかったみたい。

 オスカー先生との授業は楽しいから、今は勉強が好き!

 私はオスカー先生との授業の内容を話してみた。


「良かったわ、オスカーからちゃんと学んでるみたいね」

「これで安心しました?」

「はい、安心しました」


 お母様と顔を見合わせて笑い合う。すると、お母様は急に手を叩いた。


「あ、そうそう! 肝心なことを忘れるところだったわ」


 お母様は立ち上がり、執務机の上に置いてある何かを取って、私に渡す。

 受け取ったのは封蝋が押されている手紙。

 封蝋には精緻な三本の薔薇が描かれている。この封蝋に見覚えがある気がした。


「フレイヤ、エイルハイド公爵のご息女のアンジェリーナ様を覚えてる?」

「え!? はい、覚えてます」


 私はドキッとしてしまう。まさかお母様の口からアンジェリーナ様のお名前が出てくるとは思わなかった。

 もう一度、手紙の封蝋を見る。この手紙って、やっぱり……


「そのアンジェリーナ様からフレイヤ宛に手紙が来たのよ。ちょっと読んでみてくれる?」


 封を開けて、恐る恐る手紙を読む。定型的な短い文章で書かれている。


「手紙には何て書いてあるの?」

「体調の心配とそれから、来月のお茶会に招待されました!」

「え? お茶会?」

「はい!」


 アンジェリーナ様からお手紙をいただけるなんて! とても嬉しい!

 これでアンジェリーナ様と会うことができる。嬉しさで笑顔が隠しきれない。ニヤニヤしてるのが自分でも分かる。


「行きたいのね?」

「はい、とても行きたいです! 良いですよね?」

「そうよね、初めてのお茶会だもんね……」


 お母様の表情は芳しくない、悩んでいるみたいだ。直ぐに許可を出してくれると思ったのに。どうして?


「お父様に訊いてみるから、返事は待っていなさい」

「え…… どうしてですか? 行けないなんて嫌です」

「行けないなんて言ってないわ。ただ、色々と事情があるのよ」


 折角、アンジェリーナ様と会えるチャンスなのに。駄目って言われたらどうしよう…… そんなの、そんなの嫌!!


 突然、バリンと音が響くと、机に置いてある紅茶のカップが粉々に割れた。

 粉々になったカップに視線を移すと、お母様が驚いた顔で私を見つめていることに気がついた。


「このカップ、ヒビがあったのかもしれないですね。お母様、えっと、どうしました?」

「何でもないわ。フレイヤの言うとおり、きっとこのカップは元々ヒビがあったのね。…… フレイヤがとても行きたいって言ってたこと、私が必ずお父様に伝えるから。だから、フレイヤは心配しないでね」

「分かりました、お願いします」


 お茶会へ行けるか分からないから、思わずため息をついて、とぼとぼと自室に戻った。







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