幕間 フレイヤの成長を感じる人たち
マルクスは第十二騎士団の執務室で仕事をしていた。
時折、窓の外を見ると、マルクスの部下たちの訓練が目に入った。
第十二騎士団の主な仕事は国境の警備や魔獣討伐、盗賊団の殲滅などだ。
騎士団は第二十騎士団まで存在し、第十騎士団以降の騎士団は交代で国境警備を行う。第十二騎士団はアノーク王国との国境警備を任されており、次は二年後の予定だ。アノーク王国とは友好的な国交関係があるので、国境警備は滅多なことは起きない限り比較的安全な任務と言える。
それとは反対に、魔獣討伐は危険で死亡率が高い。近年、魔獣の出現が増加傾向になっており、特に戦闘経験の少ない若い騎士が真っ先に命を落としてしまう。
マルクスは騎士団長として戦闘時に命の選別を行うが、全員死んで欲しくないと思っている。
だから、生き残るために厳しい訓練を日々行っていた。
ドアがコンコンと叩かれる。
マルクスは仕事の手を止めて、入るように指示した。
「オスカー、仕事中に悪いね。若い騎士たちの頑張ってる姿を窓から見ていたよ」
「いや、まだまだですね。もっと強くならないと、使い物になりません」
「オスカーはいつも手厳しいね。そこに座って」
来客用の革椅子にオスカーを座らせた。
マルクスがオスカーを呼んだのはフレイヤのことを訊くためだ。
「オスカー、いつもフレイヤを教えてくれてありがとう。感謝しているよ」
「感謝なんてとんでもないことです。フレイヤ様はとても優秀です。私が教えることを何でも吸収されるので、教えることが私の楽しみになっています」
「優秀と言ってもらえて嬉しいよ。迷惑は掛けてないかい?」
「迷惑なんて、とんでもない。フレイヤ様はいつも真面目で熱心です。ここの若い騎士たちに見習わせたいぐらいですよ」
「フレイヤが真面目に……」
マルクスはオスカーの評価に驚いていた。フレイヤが頼んできたことは嬉しかったが、そろそろ飽きる頃ではないかと思っていたからだ。
(僕が真剣に取り組めって言ったからかな?)
「マルクス団長、ひょっとして、最近のフレイヤ様と会われてないのですか?」
「そうなんだよ。実を言うと、ここ一ヶ月、娘たちと顔を合わせれてないんだ。ちょっと忙しくてね」
「でしたら、フレイヤ様の変化に驚くと思いますよ」
「変化?」
「はい。剣士の体つきになりました。フレイヤ様には剣の才能があります」
「まさか……」
一ヶ月の間でそんなに変化するものではない。フレイヤは明るく優しい女の子だが、体は昔から華奢だ。
剣術を習いたいとフレイヤから言われた時には、勉強のついでに剣術を習わせて、華奢な体がましになれば良いと思っていた。
オスカーにも剣術は趣味のつもりでとお願いした。
(フレイヤは僕の娘だから気を遣ったのか?)
「オスカー、ありがとう。全て君の教え方が上手いお掛けだよ」
マルクスは感謝の言葉を言ったが、オスカーはムッとした顔になった。
「マルクス団長、忙しくてもフレイヤ様に会われるべきです。そのお言葉は私を評価してくれてのことでしょうが、フレイヤ様に失礼ですよ。フレイヤ様が変わったと申し上げたのはフレイヤ様の努力の賜物です。フレイヤ様の剣を見てあげてください、それで分かるはずです」
「…… そうだね、その通りだ。オスカー、すまない」
マルクスは素直に反省する。仕事ばっかりで娘たちの成長を見ることができなかった。忙しさを理由にして父親としての責務を放棄してしまっていた。
(オスカーに言われるまで気がつかないなんて、父親失格だ)
「オスカー、もう一度訊くけど、フレイヤには本当に剣の才能があるのかい?」
「あります。このまま鍛えれば、現役の時の私よりも強くなります」
「いや、待ってくれ。流石にそれは言い過ぎじゃないか?」
オスカーは嘘をつかない男だ。付き合いの長いマルクスは良く知っている。それと同時に『黒騎士』の二つ名も伊達ではないことも知っている。
(本当に現役のオスカーよりも強くなるとしたら、騎士団長クラスだ)
マルクスはとても信じられないが、オスカーの様子は冗談を言っているようには見えない。フレイヤの将来性を期待してくれているとマルクスは思った。
(娘を褒められるのは良い気分だね)
マルクスは嬉しさから表情が緩むのを隠すために少し頭を下げた。
「分かった。娘の望む通りにこれからも剣を教えてあげて欲しい」
「承知しました! 任せてください!!」
いつもの冷静なオスカーらしくない張り切った声が聞こえた。
どうやら頭を下げたと勘違いされたらしい。
オスカーの退出後、マルクスは娘たちとの時間を作るために急いで仕事を処理した。
◇◇◇
コルネリアはフレイヤとイリアが寝静まったのを確認して、マルクスの執務室に向かった。
「あなた、ちょっと良いかしら?」
「もちろんだよ。どうしたんだい?」
コルネリアはマルクスに手紙を差し出した。
「これを見て欲しいの」
マルクスが受け取ったのは上質な紙で書かれた手紙だ。
「差出人はエイルハイド公爵のご息女、アンジェリーナ様よ。フレイヤ宛だわ」
「何だって? どうしてフレイヤに…… 手紙には何が書いてあったんだい?」
「体の心配とお茶会への招待が書いてあったわ。フレイヤは行きたいみたいなんだけど、行かせるのは駄目かしら?」
マルクスは手紙を見ながら難しい顔になった。
「分かっていると思うけど、エイルハイド公爵は貴族派の筆頭だ。僕は末端だけど、一応皇帝派に属している。まぁ、周りに認知されているかは怪しいけど。フレイヤは行きたいんだよね?」
「ええ、とてもね」
「そうか、困ったなー。親同伴とかじゃないんだよね?」
コルネリアは黙って首を横に振るのを見て、マルクスはうーんと声を出して考える。
今、皇帝派と貴族派は微妙な時期だ。
隣国のヨマーニ王国が王政から共和政のヨマーニ共和国となって、その共和政治の余波がロギオニアス帝国に来ないかと両派閥は警戒している。
ヨマーニ共和国との国境は騎士団によって厳しく監視しており、両派閥とも敏感になっている。
だが、皇帝派にいるかいないかも分からない伯爵、しかも、その娘の動きまで気にする者はいないはずだとマルクスは考えた。
「あなた、フレイヤをお茶会に行かせてあげたいわ。お友だちを作る良い機会ですもの」
「そうだね、分かったよ。準備は君に――」
マルクスは途中で言葉を切った。
「どうしたの? 私に任せてくれて良いわよ」
「いや、一緒に準備をしよう。新しい服を買うんだろ? 家族四人で買い物に出掛けようじゃないか」
「でも、あなた。時間は? 無理しなくても……」
「ここ最近の僕は仕事が忙しくて娘たちと顔を合わせる機会がなかった。結局、今日も会えていない。会えていないのは、僕が家族との時間を作ろうと努力していなかったからだ。それに全部、君に任せっきりで…… だから、何とかする」
フレイヤたちとの時間をもっと作って欲しいとは以前から思っていたが、コルネリアは何も言わないようにしていた。
騎士団長の仕事に加え、領主の仕事までしているマルクスに無理をさせてしまうと思ったからだ。
「ありがとう、マルクス」
コルネリアは笑顔で感謝した。
「実はもう一つフレイヤのことで話があるの」
「もう一つ? 言ってみて」
コルネリアは昼間の出来事を思い出しながら言う。
「フレイヤに魔力制御を学ばせたいと思うの」
「いやいや、それはまだ早いよ。照魔の儀式を終えてからで良いんじゃないかな」
照魔の儀式とは、ミュトス教会が所持する特別な魔法具を使って、魔法属性を調べる伝統的な行事のことだ。
貴族は受けることが義務とされており、十一歳になると、照魔の儀式を受けることになっている。その後、魔力を制御するための訓練を受けるのが一般的だ。
「あの子、私たちが思ってるよりも魔力量が多い気がするの。今日、あの子の魔力でカップが割れたのよ。十歳の子どもの魔力じゃないわ」
「そんなまさか。ヒビが入ってたとかじゃないのかい」
「違うわ。ヒビが入ってたくらいで、カップが粉々になるわけないじゃない」
「そうだけど……」
魔力量は成長する度に増加するものだが、十歳の子どもの魔力量は微量で、周りの物体に影響を与えることは皆無だ。
魔力を制御することは非常に大切で、制御できない魔力は自分や周りを害する場合もある。
「分かったよ。早い気もするけど、フレイヤに魔法師の先生をつける。何かあったら大変だからね。君の方が魔法師の知り合いは多いだろう。良さそうな人がいたら教えてくれるかい?」
「もちろんよ! マルクス、ありがとう」
コルネリアはほっとしたような笑顔を見せた。
「まだ仕事をするの?」
「うん、ちょっとだけ」
「終わるまで私もここにいるわ」
このまま寝ずにマルクスが仕事を続けるのではないかとコルネリアは心配していた。
「ありがとう。良かったら、仕事が終わるまで、フレイヤとイリアの話をしてくれないかい?」
「もちろんよ。フレイヤは最近とても真面目になって、お姉さんらしくなったの。イリアはとても賢い子だけど、フレイヤのことが大好きでシオンに嫉妬しているわ。それからね――」
コルネリアがフレイヤたちの話をすると中々止まらなかったが、マルクスは不思議と心地好い気持ちで仕事を続けることができた。
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