第一章 力の覚醒
第4話 剣を教えてもらいたい
私の体調はすっかり元通りになり、今日から家族と一緒に食事をすることができる。
ずっと消化の良い食べ物ばかり食べていたから、とても痩せてしまった。
シオンに服を着せてもらったけど、少し大きい。
「ねぇ、シオン。お父様はいつ戻ってくるか知ってる?」
「午後には戻る予定と聞いております」
「そっか、ありがとう」
ワンピースに着替え終わって、朝食を食べるために屋敷の食堂へ向かう。
食堂に入ると、お母様とイリアが先に席へと座っていた。
「お母様、おはようございます」
「おはよう。ようやく一緒に食べれるわね。良かったわ」
お母様と会話をしていると、後ろから短い腕でお腹をぎゅっと抱きしめられた。後ろを向くと、お人形のように可愛いイリアがいた。
「お姉様、おはようございます。イリアはとても寂しかったので抱っこしてください」
「おはよう。でも、直ぐに朝食を持って来てくれるよ」
「いーえ、その前に抱っこです!」
お母様に視線を移すと、優しい表情で頷いている。
仕方ないなと思いつつ、私はイリアを抱っこした。
イリアは私の異母妹で、お父様とお母様の子だ。
二人にとても良く似ている。二人からちゃんと金髪を受け継いでいて、私は羨ましく思う時がある。
でも、凄く可愛いの!
笑うと目が線になって八重歯か少し見える。肌はもっちりとしていて、いつまでも抱き締めたくなる。
「イリアはお姉様に会えて嬉しいです」
「私も嬉しいよ。良い子にしてた?」
「はい、とっても良い子に。だから、イリアと沢山遊んでくださいね」
「うん、もちろん」
席に着くと、朝食が運ばれてきた。
パンとスープ、サラダ。最後に、できたてのオムレツ。オムレツはふわふわしていて、とても美味しそう。
私は家の食事が大好きだけど、他の貴族と比べたら質素だ。
私たちの家は他の貴族と同じような暮らしをしていない。
お父様は帝国の騎士団長なので給金を沢山貰っているけど、その大半は領民のために使っている。
他の貴族からは『慈善貴族』と馬鹿にされているが、お父様は全く気にしていない。むしろ、褒め言葉だと笑っていた。それに、私たちも『慈善貴族』であるお父様を誇らしく思っている。
ルーデンマイヤー領民の大半は農民で、帝国の重税を払うために困窮してしまう人も多い。困窮する人にはお父様の支援金で帝国税を肩代わりしたり、重税を払って食料がない時は食料支援も行ったりしている。
重税に苦しむのはいつも平民だ。
重税を払うことができない者の中には、農奴や物乞いとなったり、盗賊となってしまったりする場合もある。
貴族は民から取った税で豊かに暮らし、貴族の責務を放棄している。
この国の現状をアンジュリーナ様は変えたいと思っていた。
朝食を終えて、私は執事のへドリックに声を掛けた。
「へドリック、お願いがあるんだけど、良い?」
「もちろんでございます。お嬢様、何なりとお申しつけください」
「お父様が帰ってきたら、少しお時間をいただきたいの。今日は忙しそう?」
お父様はいつも忙しい。騎士団長の仕事に加えて領地の仕事までしている。
信頼の置ける領主代官を派遣しているが、全ては任せていない。全部任せてしまうと、お父様が領地の現状を分からなくなってしまうからだ。
お父様は領主として領民のために少しでも働きたいと思っている。
「お時間は取れると思いますよ。お呼びに参りましょうか?」
「お願いするわ。ありがとう」
「はい、お嬢様」
へドリックが呼びに来るまで、私はイリアと一緒にいることにした。
◇◇◇
私が居間の椅子でリラックスしていると、イリアが膝の上に座ってきた。
落ちないようにイリアの体へ腕を回す。とても温かい。お日様に当たっている感じがする。
「イリア、どうしたの? 難しい本は終わり?」
「はい、読み終わりました。今回は空気についての本を読みました」
「空気って、私たちが吸っている空気のことだよね。面白かった?」
「はい、とても興味深かったです!」
「それは良かったね」
イリアは正真正銘の天才だ。まだ五歳だけど、私よりも色んな知識がある。難しいことはイリアに訊いたら、殆ど解決する。
一歳で簡単な会話をするようになり、二歳で母国文字を覚え、三歳で算術を学び始めた。五歳になった今は外国語や自然科学も学んでいる。
私は勉強が嫌いで家庭教師の授業を聞いているといつも眠たくなる。
一度、イリアの授業中の姿を見たことがあるけど、集中力が凄い。
分からないことがあると、人に訊くのではなく解決するまで自分の力で調べ続ける。
私はイリアをとても尊敬している。自慢の妹だ。
イリアは脚をバタバタさせながら頬を膨らませて、私のことを上目遣いで見た。
「お姉様、イリアともっと一緒にいて欲しいです!」
「今はイリアと一緒にいるよ、駄目なの?」
「駄目です! だって、お姉様が熱を出してしまった時、イリアは一緒にいられませんでした。シオンだけがいました! イリアも一緒にいたかったんです……」
頬を真っ赤に膨らませながら怒っているイリアを見て、私は微笑んだ。
可愛いイリアの頭を撫でる。
賢いので、忘れてしまいそうになるけど、イリアはまだまだ小さい。家族に直ぐ甘えたがるし、わがままを言ったりもする。
私は膝の上に座るイリアをぎゅっと抱きしめた。こうやってイリアを可愛がれるのは姉の特権よね。
「もしかして、シオンに私を取られると思ったの? 私はイリアも大好きだよ」
「私もお姉様が大好きです!」
イリアは嬉しそうな笑顔になって、私のことを抱き締め返した。
可愛いと思ったら、私の膝の上から降りて、壁際に立つシオンの前まで歩いて行く。
「シオンはイリアのライバルです。お姉様を渡しません」
まさかの宣戦布告? 私を渡したくないのね。
イリアが可愛くて、私は笑顔になる。
シオンも微笑みながら対応した。
「イリア様、ライバルとは光栄ですが、フレイヤ様は渡しませんよ。私も大好きですから」
「イリアの方がもっと好きです。負けません!」
イリアはムキになって睨んでいるけど、シオンは笑っている。
すると、ドアがコンコンと鳴った。
「フレイヤ様、へドリックです」
明るい声でヘドリックに返事をする。
「ヘドリック、どうしたの?」
「マルクス様が呼んでおります」
「分かった、ありがとう。直ぐに行く」
私はシオンにイリアを見てもらうようにお願いして、お父様の執務室へ向かった。
◇◇◇
「お父様、失礼します。よろしいですか?」
執務室へ入ると、机が目に入った。書類が散らばっていて、お父様は忙しそうだ。
「やぁ、フレイヤ。僕に用があるんだって?」
忙しいのに、お父様は笑顔を見せてくれた。長くいたら邪魔になると思って、私は直ぐに用件を言う。
「お父様、お忙しい時にごめんなさい。お願いがあるんです」
「お願い? 何か欲しい物でもあるのかい? 高い物でなければ、買ってあげるよ。言ってごらん」
「違います。私に剣術を教えて欲しいんです」
「ん? 剣術?」
お父様が目を丸くする。驚くのは当然だと思う。
前世の記憶を思い出すまで、お父様に誘われても私は剣術に全く興味を示さなかった。
今は剣術を学びたい。私は強くならなければならない。
今の私はか弱い十歳の少女だ。綺麗で可愛らしい手をしている。剣を振る力は当然ない。このままでは剣聖になるどころか、騎士にもなれない。
帝国騎士団長のお父様に教えてもらえば、強くなれると思った。
「本当に剣術を学びたいのかい?」
「はい、とても興味があるんです」
「そうか、興味が…… 分かったよ、剣術の先生をフレイヤにつけてあげよう」
「え? お父様は教えてくれないんですか?」
「ごめん、僕は忙しいから無理かな。でも、なるべく時間は作れるようにするよ。それで、我慢してくれないかい?」
机に散らばる書類をもう一度見て、お父様に言ったことを後悔する。私は自分のことしか考えていなかった。
お父様が忙しいことは分かっているはずなのに、ごめんなさい。
「…… 分かりました。先生に教えてもらうの楽しみにしてます。お父様、ありがとうございました」
お辞儀をして下がろうとしたが、お父様に引き留められる。
「フレイヤ、待ってくれ。剣術を習うなら、心に留めておいて欲しいことがある」
お父様は真剣な表情で私の目を真っ直ぐ見つめた。
「分かっていると思うが、剣術は遊びじゃない。人を傷つけるものだ。生半可気持ちで学んでいたら、自分を傷つけることになる。十分に気をつけて、真剣に学んで欲しい」
「承知しました」
私は深く頷いて退室した。
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