第3話 最強になる覚悟



 ゆっくりと目を開ける。

 見慣れた天井を見て、私は自分の部屋にいることが分かった。

 まだ熱があるみたい、体が重い。


「フレイヤ様!」


 メイドと目が合う。

 私よりも三歳年上の少女で、栗色の髪は仕事の邪魔にならないように肩口までで切り揃えられている。

 真面目な性格からか、私をとても心配しているようだった。


「シオン、私はどのくらい眠ってたの?」

「二日間眠っておりました。このままずっと眠り続けるのかと思って、とても心配しました」


 ぐーっと、お腹から大きな音が鳴った。

 お腹の中が空っぽみたいで、早く何か食べたい。


「お腹空いた。シオン、何か食べたい」

「でしたら、ミルクがゆをお持ちしますね。コルネリア様も呼んで参ります」

「うん、頼むね。シオン、ありがとう」

「はい」


 シオンは安心した表情で部屋から出ていった。


 一人になると、死んだ時の記憶が沸々と蘇ってくる。

 私はアンジェリーナ様を守れなかった、何もできなかった。ごめんなさい、アンジェリーナ様。


 ダダダッと、こちらに近づく足音が聞こえて、急いで目元を拭う。

 部屋のドアが勢い良く開くと、ぎゅっと抱き締められた。


「お母様!?」

「ああ…… 本当に良かったわ。このままフレイヤが眠り続けるかと思って、とても心配したのよ」


 お母様が泣いている。目が真っ赤で腫れていた。

 この二日間、私のせいでとても心配を掛けてしまった。


「お母様、ごめんなさい」

「謝らないで。私たちが行く前に気づかなかったのもいけなかったわ。調子が悪いと思ったら、今度からは必ず言うのよ」

「はい、気をつけます」

「それなら良いけど…… フレイヤ、どこかまだ辛いの?」

「お母様、私は大丈夫です。どうしてですか?」

「目が赤いわ」

「これは違うんです。目にゴミが入ってしまって」

「そう、それなら良かったわ。後ね、今日はお父様が戻ってくるわ」

「本当ですか!? 嬉しいです」


 お母様に優しく撫でられた。

 色んなことを思い出して胸が苦しいけど、少し温かい気持ちになる。


「シオンがミルクがゆを持ってくるから、ゆっくり食べなさい。食べ終わったら、寝るのよ」

「はい、ありがとうございます」


 お母様が部屋を出ていくと、直ぐにシオンがミルクがゆを持って来てくれた。


「お手伝いしましょうか?」

「ううん、ありがとう。自分で食べれる」


 スプーンでミルクがゆを掬うと湯気が出ている。

 出来立てで美味しそうだが、かなり熱い。ふーふーとして、熱を冷ます。そのまま口に運ぼうとしたが、スプーンを戻して皿に置く。


 シオンが黙って私のことをじっと見ていた。

 心配してくれているんだろうけど、じっと見られているのは落ち着かない。


「どうしましたか?」

「どうしましたじゃなくて、そんなに見られたら、気になって食べれないよ」

「ですが、心配なのです。フレイヤ様の食べるお姿を私に見させて欲しいです。私のことはどうかお気になさらないでください」

「無理無理、気になるから。私は一人で食べれるから大丈夫だよ、心配しないで」

「仕方ないですね、フレイヤ様の言う通りにします。ですが、何かあったら直ぐにお呼びください」


 私が頷くと、シオンは残念そうな顔で部屋を出て行った。


 シオンは昔から優しくて、メイドだけど、私にとって姉のような存在だ。何かあると、直ぐに駆けつけてくれる。

 心配掛けているのは分かっているけど、色んなことを思い出したから今は一人でゆっくり整理したい。


 前世の私はアンジェリーナ様に仕える見習い騎士で、クレアという名前だった。

 八歳でアンジェリーナ様に拾われて、恩を返せないまま十四歳で死んだ。

 クレアとして生きた記憶や感情がフレイヤの中に存在している。

 じゃあ、私はクレアなの? と考えるけど、それは違う。

 

 前世の記憶を思い出したから分かったことだけど、今の私は前世で死ぬ前よりも過去に戻って生きている。

 十歳になったばかりのアンジェリーナ様をこの目で見た。

 今は帝国暦一〇五四年。

 アンジェリーナ様が亡くなったのは二十歳を迎える前日、帝国暦一〇六四年一月四日のことだった。

 私は約十年前に戻ってきている。


 「アンジェリーナ様を救いたい」


 今から動けば、後悔に終わった前世を変えられるかもしれない。何をするべきなのか考えよう。

 集中すると、アンジェリーナ様から聞いた色んな情報が頭に浮かんできた。



 ◇◇◇



 アンジェリーナ様が十一歳になった時、皇太子カイルとの婚約が発表された。

 二人の婚約はロギオニアス帝国内の問題を解決するためだった。


 帝国には権力派閥が三つ存在し、主に皇帝派と貴族派に分かれており、その二つに属さない貴族たちを中立派と呼んでいた。

 ある時、隣国のヨマーニ王国で国民の反乱が勃発し、民主共和制の国家が樹立された。

 皇帝派と貴族派はその影響で帝国でも平民の反乱が起きないように協力体制を敷き、アンジェリーナ様とカイルの婚約を決めた。

 しかし、両派閥にとって予想外の出来事が起きてしまう。十三歳になったカイルがある少女に恋をした。その少女は聖女と呼ばれ、国教であるミュトス教の権威の象徴だった。


 権威拡大を狙うミュトス教はカイルの恋愛を利用し、皇帝派と貴族派の協力体制に横槍を入れ始めた。

 同調するかのように皇帝派も再び権力独占に動き始め、教会勢力と協力してアンジェリーナ様との婚約を破棄し、新たにカイルと聖女の婚約を決めた。

 ミュトス教会を味方につけた皇帝派が貴族派の有力者を手早く粛清し、皇帝派が権力を掌握した。

 その動きに対抗して、貴族派は皇帝派に対抗するために中立派貴族を仲間にしようと動く。アンジェリーナ様も多くの中立派貴族を貴族派の仲間にした。


 順調に仲間を増やしていたけど、駄目だった。皇帝派の帝国騎士にお命を奪われ、前世の私も一緒に死んでしまった。

 見習い騎士だった私は全く歯が立たず、悔しかったことを強く覚えている。

 アンジェリーナ様はもっと無念だったと思う。

 皇后になるための厳しい訓練を幼少の時から受けてきた。積極的に人脈を広げ、我慢も沢山した。

 アンジェリーナ様は結婚さえすれば、聖女を側室にて皇后である自分をないがしろにしても構わないと考えていた。

 それなのに……


「どうして!」


 小さな拳を振り下ろしてベッドを殴った。ベットは少し沈むだけ、それを見て私は弱々しく笑う。

 貴族のお嬢様らしい綺麗で小さな手だ。前世と同じで、稽古しても私は弱いままかもしれない。

 本当に? なぜか弱いを否定するような言葉が頭によぎった。

 とても大切なことを忘れている気がする……


「もしかして!」


 急いで姿見の前に立つ。

 姿見に映るのは前世とは異なる自分の姿。サラサラの銀髪に群青色の大きな瞳、バランスの良い整った顔立ち。


 やっぱり!

 ある人物の面影が私にはあった。前世の記憶にある姿は今よりも成長した姿だけど、この特徴的な銀髪にルーデンマイヤー家のフレイヤであれば間違いない。

 前世の私の憧れであり、全ての剣士が夢見た存在。


「私は剣聖フレイヤだ」



 ◇◇◇



 剣聖フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーは帝国最強の剣士だ。十八歳の時に剣聖と呼ばれるようになり、剣士でありながら魔法の腕前も超一流。様々な魔法を乗せた斬撃は凄まじく、その斬撃は『魔剣』と呼ばれた。


 前世の私はフレイヤに憧れていたから、彼女の活躍を色々と知っていた。

 フレイヤはロギオニアス帝国を何度も救った英雄。フレイヤの活躍は今から五年後の帝都魔獣集団発生事件から始まり、第三皇女救出作戦、パルキア自治区動乱、獣人族反乱など、数多くの場面で活躍した。


 剣聖の力があれば、アンジェリーナ様を皇帝派の襲撃から守ることができる!


 必死に努力して誰よりも強くなる。

 アンジェリーナ様が亡くなる未来を変えてみせる。そして、今度こそアンジェリーナ様には幸せになってもらう。

 

 「絶対に守る。アンジェリーナ様を死なせない」


 私は覚悟を決めた。







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る