7-3
無慈悲な銃声が空間を劈いて、道半ばでシリカの足はその場に縫い留められる。
伸ばした腕と、力の抜けた肉体との距離はおよそ五メートル程で、しかし空を切った右手の感覚は絶望的なまでの距離を感じさせた。弾丸は延髄のみならず頸動脈までも貫通しており、夥多しい量の血液が皴だらけのシャツを赤く濡らしている。脈を取るまでもなく、視界のオーバーレイには生存率〇%の文字が光っていた。
暫し、息の詰まる様な沈黙が屋上に立ち込める。シリカも珪も、突然のことに茫然としてただその亡骸を眺めた。
「兄……さん……」
余りの静けさの中に、ぽつり、珪の呟き声が聞こえてくる。
本人も意識していなかったのだろう、独り言にも満たない思いの露出。しかし、それが不思議と精神に感応するように大きく聞こえてきて、――ふと、ずっと聞こえていた花火の音が鳴り止んでいることに気付いた。
祭りは、もう終わっていた。
その事実を認識した途端、身体が茹だるような夏の感触を取り戻し始めた。
これが初めてのことならば相当のショックを受けたかもしれない。しかし、シリカにとっては二度目の経験で、幾分か現実を受け止めるだけの用意があった。一方、横目でちらと珪の様子を伺うと、いつものポーカーフェイスはそのままだったが、まだほんの僅かにだが瞳が揺らいでいるのが見える。
今しかないと思った。
ゆっくりと、シリカは前に体重を預け――、地を蹴る。
「なっ……⁉」
視界の端に迫るシリカを見つけ、やや遅れて照準を合わせ、二度引金を引く保科。
真っすぐに額へと迫るその弾丸は、身体の何処に触れても必殺の一撃である。演算予測をフル稼働した思考回路は、音速で弾が到達するより遥かに速く弾道予測を完成させる。
一撃目は額を狙った牽制の一手だ。
首を傾けるだけの最小限の動きで避ければいい。
二撃目は胴体を狙った確実な一手だ。
避けるのは簡単だが、失速は免れないだろう。
そして恐らく、体勢を崩したところに続く三撃目こそが、彼女の狙いであり、決定打であることは想像に堅くない。シンプルな仕掛けだが、普通に突っ込むだけでは二人の距離およそ十メートルを埋めるには少し足りないと計算結果が告げている。
ならば……
シリカは予定通り一つ目の弾丸を躱すと、地を踏み抜いて更に加速しつつ手を前に突き出して二つ目の弾丸を――、掌で受け止めた。
「なっ――⁉」
すかさずシリカは怪我をしていない方の右手で、弾丸によってズタズタにされたもう片方の手を握り、そのまま強引に千切り取る。
義体を構成する骨格は人間のそれよりは硬質であるはずだが、正直貫通するかどうかは賭けだった。しかし、お陰でウイルスが全身に廻るより先に、被弾箇所を切り離すことに成功した。
流石の彼女も必殺と銘打った弾丸を真正面から受けられることは予想していなかったに違いない。あっけにとられて手が完全に止まっている。
あとは――、
次策を構される前に、千切り取った左手を珪の銃に投げつけて銃口を逸らす。反動でパンと一発弾が発射されたが、当たることは無かった。未だ呆けた様子の珪の懐に入り込み、銃を持つ両手を肘で挟みこむ。間髪を入れずにてこの原理で彼女の手首を捻ると、面白い程簡単に銃を奪えた。
「くっ……⁉」
銃を失って、珪は今度は裸の拳を振り上げて殴りかかってくる。しかし、片手を失っているとはいえ、完全に制御された義体とあらゆる未来を予測する眼を持つシリカに勝てる道理はない。
力任せに放り出された小さな拳に正面から突っ込んで、銃を握ったままの右手を彼女の腕と交差するように放つ。
「うっ……⁉」
こちらも額に一発を貰ったが、ぐちゃりとそれ以上の感触が拳に伝わった。
勢い余って背中から地面に転がった珪に向け、奪い取った銃の先を向ける。
強烈な衝撃を後頭部に受けて、今や優位が完全に覆ったことを、珪は直感する。
頭の前にも後ろにもぼんやりとした苦痛が覆い被さって来る中、つい先ほどまでシリカに向けていた銃口が、今度は自分に向けられているのを発見して、両眼を閉じる。
ただその瞬間を待つ表情は、むしろどこか穏やかな笑みを湛えていて――
――パンッ! と快音が頭上の暗闇で音を鳴らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます