3-3
「では、次博士の番です。」
「いやいやちょっと待て! 今の威力明らかにおかしかっただろう。」
慌てて手に持ったコルク銃を回してよく見てみると、ストックの部分には聞いたこともない会社のロゴ――明らかに玩具の会社らしからぬデザインだった――が入っている。明らかに銃身が重いので違和感があったが、これは本当に射的用の銃なのだろうか。
「そうですか? 弾を深めに入れておいたのが良かったのかもしれません。」
お道化たように首を傾げ、コンコンと銃口を叩くシリカ。
あたかも偶然のように振舞っているが、絶対に否だ。
普通なら初見の武器でそこまで精確に構造を把握するのは無理だが、彼女にとっては造作も無いことだ。絶対分かってて教えなかったに決まっている。
「というか、よく運営はこの威力のエアガンを許可したな。流石にコルクじゃ殺傷力は無いだろうし良いのか?」
「博士、ぶつぶつ言ってないで早く撃って下さい。」
「――まったくやられたな。」
文句を言うのも疲れたので、粛々とコッキングを進める。
シリカの言った通り少し強めにコルク弾を押し込む。普通のコルク銃なら空気圧が足りず不発になるに違いないが、もう色々面倒になってぐんぐん押し込む。
最初に狙った包みはシリカに吹き飛ばされてしまったので、今度は二番目に近いものに照準を合わせて、引金を引いた。
先程の練習のお陰か、コルク弾はちょっとは素直な軌道を描いて飛んで、袋の端っこを捉えた。
カス当たりではあったが、一発の威力が違う。
これで包みを飛ばすことができる――、はずだった。
「――なっ⁉」
確かに、弾かれた包みはそのまま後ろに傾いた。
しかし、まるでそこだけ異様な重力が発生したかのように、忽ち威力が削がれてそのまま棚の上の転がった。
「失礼ご婦人。この景品はは手に入れられるのでしょうか……?」
おずおずと問いかけると、店主の老婆は相変わらず口を閉したまま、机の上の紙を叩いた。
そこにはやけに達筆な赤字で『景品は落ちたら贈呈』と書かれている。
――なるほど。一杯食わされたというわけか。
「……恐縮ですが、今のは物理がおかしかったように思えます。景品の確認を――」
パン!
「――って、おいシリカ! 今私がこの婦人にチャレンジを要請しているところだ!」
「申し訳ありません。ですが、弾は当たりました。」
シリカは地面に落下したお菓子の包みを指差す。
「なお悪い!」
――しかも、今度はサイトを覗かないどころかほぼノールックで命中させていた。
やはり脳の基礎スペックからして無謀な戦いだったかもしれない。
「これで二対〇。逆転は無くなりましたが、続けますか。」
景品の飾り方に疑いがあるとはいえ、同じ条件でこうも差を付けられては文句は言えない。
だが諦めるにはまだ早い。
「――分かった。なら私はあのデカいのを狙う。難易度的にはお菓子の包み三つ分に当たるだろう。これでドローにしないか。」
苦肉の妥協策に対して、シリカは「良いですよ。当てられたらの話ですが。」と挑戦的な言葉で返す。その手は既にコッキングを終え、次の弾を装填しようとしていた。
「言ったな。ならば、こちらも本気を出させてもらうとしよう。」
保科は不敵に唇の端を歪め、最後の弾を込める。
――向こうが不正をしているのであれば、こちらも不正をするまでだ。
暫し眼を閉じ、眼鏡の位置を直す振りをしてブリッジに軽く触れて、拡張現実を起動する。そして運動補助デバイスを起動してから、コルク銃のサイトを覗くとすぐに着弾地点の予測が表示された。
狙うなら、弾の力がもっとも効果的に伝わる場所――即ち、上端の角だ。
たとえ棚板にテープで張り付けられていたとしても、空箱を吹き飛ばす位ならわけないだろう。
ARグラスによる過集中状態が作り出す無音の中、着弾予測が目標と重なるその一瞬をついて、最後の弾丸を放った。
「あっ。」
意識の向こうで、シリカの気の抜けたような声が聞こえた気がした。
これでもかというほど奥に詰め込んだ弾は計算通り真っ直ぐな弾道を描き、大きな箱の角の隅に直撃した。箱は緩慢な動きで後ろへと傾き始める。
――ここまでは計算通りだったが、二つだけ誤算があった。
一つ目は店側の細工が思った以上に強固だったことだ。
衝撃的なことに、傾いた箱はそのまま下の棚板を持ち上げながら後ろに倒れようとし始める。しかし、流石に板を巻き込んで肥大化した慣性モーメントを打ち崩すまではいかなかったらしい。結局一センチほど足下を浮かせただけで元の位置に揺れ戻った。
「――えっ。」
二つ目の誤算は的に当てた後の跳弾を考慮していなかったことだ。
コルク弾は箱に当たった後も余力を持って、鋭角でこちらの眉間に突っ込んでくる。
ARグラスによって高められた動体視力が飛来するコルク弾が真正面に捉えるが、見えるのと躱せるのは全く持って別の話だと思う。
でもまぁ当たっても少し痛いぐらいだし、とぼんやり待ち構えていたのだが、あと三十センチといった所で、突然パンッ! と耳元で一際大きな快音が轟いた。
反射的に目をつぶり、また開いた時には目の前からコルク弾がはじけ飛んでいた。
「博士、無事でしたか?」
横を見ると、鼻先にコルク銃の黒い銃口が触れる。
その持ち手を持っているのは紛れもなくシリカだった。
どうやら、彼女が後ろから飛んできたコルク弾を撃ち落としたらしい。
「ああ。でも君の銃声の方にびっくりした。」
「申し訳ありません。咄嗟のことで思わず手が出てしまって……」
「えっと、とりあえずそれ外してもらえるか。」
保科は頬を引きつらせたまま、視線でシリカに訴えかける。
そこで初めて自分が保科に銃口を向けていることに気付いたのか、慌ててコルク銃を後ろ手に隠した。いつも冷静沈着な彼女には珍しく、取り乱したように落とした頬が紅らんでいる。
「失礼しました! これは、その、他意は無くて――」
「分かってる。気にしなくてもいい。」
「すみません。ありがとうございます――あの、見て下さい。小さいですが、一つ景品が落ちました。良かったですね。」
「えっ……?」
箱は謎の力で元の場所へ戻ったのに、そんなことあるはずないと思いつつも床を見ると、確かに小さな木製の小さな箱が床に落ちている。
どうやら棚板が派手に動いた衝撃で他の景品も一緒に動いていたらしい。そのなかでもたまたま細工が緩かったものが落ちてきたのだろう。
「……これでドローってことにはならないか?」
「それはさすがに大人げないと思いませんか。」
一転して小悪魔めいた微笑に秘められた圧に、言い返す言葉もあるわけがない。
――文句なしの完敗だった。
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