3-2

 その時二人は丁度横道が交差する場所にいて、店があったのはその奥に少し入った場所だった。遠目にではあるが、カラフルな文字で『射的』の看板がでているのが見える。

 メイン通りは溢れんばかりの観光客の波だったのに、横道に入ると明らかに閑散としていた。一瞬その温度差にふとした驚きを覚えたものの、これが本来の商店街の様子なのかもしれない。

 件の射的屋も、例に漏れず絶賛閑古鳥が鳴いている最中のようだ。

 店は朱のクロスを掛けた肘掛用の長机が一つと、景品を並べる三段造りの雛壇が一つの非常に簡素な造りで構成されており、とても現代らしからぬアナクロな雰囲気を漂わせていた。長机の上には銃身の長いコルク銃が三丁並べられていたが、どれもあまり手が付けられた形跡はない。

 更に近づくと、カウンターの向こうでしわしわの梅干しみたいな顔をした老婆が、道路わきに居座る古樹の木下闇が半ば影を差すなかで、三脚椅子にドスンと座って番をしていた。

「――そこの市民の方。貴女が店主でしょうか。一つ試したいのですが、お幾らでしょう。」

 老婆はちらと二人を見上げ、無言のまま椅子の後ろからブリキの箱を一缶取り出した。なにかと思って覗いてみると、細かい紙幣が雑にまとめられて束になっているのが見える。

 ――どうやらキャッスレス対応はしていないらしい。

「シリカ。現金持ってるか。」

「まさか。私が持ってる訳ないじゃないですか。」

 残念ながら保科も財布は置いてきていた。

 何か無いかとシャツの胸ポケット、ジーンズの右ポケット左ポケットと順繰りに探って、最後に尻ポケットに手を入れると、指の先に紙の感触がある。何時からそこに入れられていたのか到底分からない紙幣が一枚、化石めいた風体で現れた。

「……博士。またポケットに物を入れたまま洗濯に出しましたね。」

「今はそれで救われたんだからいいじゃないか。」

「ちょっと、話はまだ終わってませんよ!」

 まだ何か言いたげなシリカは脇に置いておいて、店主の方へと向き直る。

「すみません……、これで足りるでしょうか。」

 値段がどこにも書いていないのでとりあえずその紙を店主の老婆に差し出すと、老婆は骨の浮いた手でむんずと掴み取り、ブリキの箱の底にそれを押し込む。そして椅子の下からまた別のブリキ缶を取り出すと、そこからコルク銃の弾を六発差し出した。

 二人で三発づつ撃てということだろう。

 ありがとうございますと小さく会釈して、改めて棚に並べられた景品のラインナップを見る。ほとんどは子どもが好きそうな袋入りの駄菓子で、遠くの高難易度ゾーンになるにつれて値段の張りそうなゲーム機や人形の箱――落下しても大丈夫なように空箱を使っている――が増えてゆく。景品の種類には全く一貫性が無く、ついでに言ってしまうとどれも一世代も二世代も前の中古品だった。もしかすると蔵掃除の余りものを消化してしまおうという魂胆かもしれない。

「折角ですし勝負にしませんか。多く当てた方の勝ちです。」

「断る。君がその提案をしてくる時点で勝てる未来が見えない。」

「では勝者には報酬を設けましょう。負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くって事でどうですか。」

「待て。私が了承してないのに勝手に罰ゲームを決めるのは止めるんだ。」

「これは敗者への罰ゲームではなく勝者への報酬ですよ。それとも勝つ自信が無いんですか。」

「だから最初からそう言ってるだろう。都合の悪い時だけ耳が遠くなるな。」

 徹底してNOを貫く保科に対し、シリカははぁと溜息をついてその銀瞳ぎんとうをじっとりと歪める。

「はぁ。博士は分かってませんね。これはただのお約束ですよ。私に要望があるなら命令権など使わなくても博士を操り人形にして叶えますよ。それに、そもそも博士は絶対的な命令権を所持してるじゃないですか。」

 ――酷い言われようだが一理あると思えてしまうのがなおさらムカつく。

「じゃあ、何故そんな回りくどい事をする。」

「それ、私に言わせます? ――ただの雰囲気作りですよ。良いじゃないですか、こういう生産性の無いおあそび。」

「……分かったよ。これ以上君と言い合いをしていたら店に叩き出されそうだ。」

 終わりのない議論を投げ出して、近くの銃を一つ掴み取り、コッキングをしてコルク弾を先端にはめ込む。幸いコルク銃の扱いは昔の経験で知っていた。

「先行でいいんですか。」

「どうせ君は後攻を選びたがるだろう? それに、先行にもメリットはある。一番近いものを狙えるからな。」

 銃は手に取ってみると思ったよりもしっかりした造りをしている。最初は片手を伸ばして距離を稼ごうと思ったが、ふらつきがあったので両手に持ち替えることにする。そして机の上に身を預けると、目いっぱい腕を伸ばして雛壇の方へ銃口を向ける。

 眼を眇めてしっかり狙った第一発目の弾丸はポンと軽い音を立て――、包みと包みの丁度真ん中をすり抜けて奥のネットに受け止められた。

「……成程。今ので大体わかったな。」

「安牌狙いに行って外すとかカッコ悪いですよ。」

「うるさい。大体コルク銃の精度なんてこんなもんだろう。そんなにいうなら君がやってみるんだな」

「分かりました。」

 シリカは軽く返事をし、すぅと息を吸い込むと、前触れもなしに自分の身長程もある銃身――既に装填は済ませてあった――を肩から水平に持ち上げる。

「では――」

 直後、パァン! と射的用の遊戯銃らしからぬ快音が鳴り響いたかと思ったら、駄菓子の袋が一つ吹き飛んでいた。

 ――サイトを覗きもしないで一発だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る