裏の裏の裏は裏

まめいえ

狙われた宝石〈前編〉

「警部殿! 怪盗ルブレッドからの予告状が来たというのは本当ですか?」

「おお、ハウスズ君! よく来てくれた! すまないね、休暇中に急に呼び出したりして!」


 今夜は満月が出ているはずなのだが、残念ながら雲が空一面を覆っていてその光が届くことはない。夜も遅いので灯りがついている場所は数えるほどしかなかった。そんな中で、一際ひときわ明るい光を放つ建物があった。

 とある美術館の最上階の特別展示室。警部をはじめとする警察官八名が厳重に警戒しているところに、スーツ姿に茶色のインバネスコートを羽織り、鹿打ち帽を深々とかぶった一人の青年が息を切らしてやってきた。


 ハウズズ君と呼ばれた彼は、周りの警察官に軽く会釈をしながら警部がいる部屋の中心へと歩みを進める。


 神出鬼没で盗めないものはないと名高い怪盗ルブレッドが今回目をつけたのは、世にも珍しいコーラルサファイアという宝石だった。しかも今回はご丁寧に管轄の警察署へ予告状まで出したのだ。


 ここまでされて宝石を奪われてはたまらないと、警部はこれまでに何度も事件の解決の手伝いをしてもらっている名探偵ハウスズに緊急に助けを求めたというわけだ。


 警部の横には立派な大理石製の台座があり、その上に握り拳ほどの大きさの淡いピンク色の宝石が鎮座していた。ドロップカットと言われる滴の形をしており、見る位置を少し変えるだけで綺麗な輝きを放つ。


「これが……狙われているコーラルサファイアですか」


 ハウスズがそう言って近づき、その宝石を見やる。

 確かにこれまでに見たことがないくらいの大きさと輝きをもつ素晴らしい宝石だった。怪盗ルブレッドが欲しがるのも無理はない。

 彼がそんなことを思っていると、警部が大きな声を出した。


「そうだとも。我ら警察の威厳を保つためになんとしてでも、この宝石を今夜零時まで守り抜かねばならぬのだ! なあみんな!」

「イエッサー、ボス!」


 警部の呼びかけに対して、周りの警察官八名が威勢のいい返事をする。なるほど、なかなかに精鋭を揃えてきたというわけか……こりゃ警察の方も今回は本気のようだ、とハウスズは彼らも注意深く観察していた。


 腕時計を見ると、現在午後十一時三十分。怪盗ルブレッドが現れるまであと三十分を切った。しかし、彼が現れそうな雰囲気はなく、部屋の中も外も不穏な動きは何も見られなかった。


「ところでハウスズ君、怪盗ルブレッドはどこから侵入してくると思うかね?」


 部屋の中をうろうろと歩いて何かを探しているそぶりを見せるハウスズに、何もすることのない警部が話しかける。

 彼は天井を眺めながら答えた。


「そうですね……正攻法だと、天井に設置されている窓から……でしょうね」


「やはりそうだろう! そう思って既にそこには警官を複数名配置しているのだ。相手の裏をかいてやろうと思ってな!」


「または電気を消して、横の窓から侵入……ですかね」


 ハウスズの言葉に、警部は勝ち誇ったように笑いながら話した。


「それも対策済みだ! 電気が消えても非常用電源にすぐ切り替わるようにしてあるし、美術館の外は大勢の警官が目を光らせている。もし外からやってこようものなら即お縄ってわけよ!」


「天井にある換気口も気になりますが……」


「人が通れる大きさではないということは一応確認済みだ。そしてとりあえず、換気口の出入り口にも警官を待機させておる」


 わはははは! と余裕を見せる警部に対し、ハウスズは一人浮かない顔をしていた。

 どうして彼は予告状を出したりしたのだろうか。そうすれば警備は厳重になり、宝石を奪うことが難しくなるだけなのに。そんなことを表情だった。


「ちなみに……このコーラルサファイアは本物なのですか? 盗まれるとわかっているのならレプリカか何かを用意しておけば……怪盗ルブレッドを出し抜けるのでは?」


「それにも考えがあるんだよ、ハウスズ君」


 警部はニヤリとして、続けた。


「おそらく怪盗ルブレッドもそれを想定していると思ってね、相手の裏をかいて敢えて本物を置いてあるのだよ」


 それに、こんなに立派な宝石のレプリカを作るだけでも結構な費用がかかるし、ここまで精巧なものを再現することはできないのだよ、という警部の言葉にハウスズも納得した。


「ここまで厳重に警戒されていると、さすがの怪盗ルブレッドもなすすべがないだろう。今回は我々の大勝利というわけだ!」


 再びわはははは! と笑い声を上げる警部に、ハウスズは眉をひそめながら言った。


「そこまで完璧なら、私の出る幕はなさそうですね。ではこれにて……」

「いやいや待ってくれハウズズ君! 思わず調子に乗ってしまったワシを許してくれたまえ。ここまで厳重な警備をしていても、それらを掻い潜ってやってくるのが怪盗ルブレッドだ。奴を捕らえるのにはどうしても君の力が必要なんだよ!」


「……」


 若干不機嫌そうな顔を見せながら警部に背中を向けて部屋を出て行こうとした名探偵を、警部が慌てて引き止める。

 周りにいた警察官たちも一瞬ざわついて、二人のやりとりを見つめていた。


 そして、ふうと一つ息を吐いてハウスズは警部の方に振り返った。

「そうですね、予告状まで出しているということは、怪盗ルブレッドもそれなりの策を用意しているということでしょう」


「そ、そうなんだよ、だから君に力を貸してほしいんだ!」


「もちろんですよ、そのためにここへ来たわけですから。そして、私にはわかってしまいました。怪盗ルブレッドの狙いが……ね」


 ハウスズはそう言ってポケットから片眼鏡モノクルを取り出すと、右目に装着した。

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