第16話 どったんばったんファンミリハーサルっ!


「以上で当日リハーサルは終了で~す!後は本番最高のイベントにしようね!ありがとー!」



 ファンミーティング開演前の最終調整だからまだお客さんは誰もいないが、舞台の上から客席に向かってペコリと頭を下げる。とその直後、バチバチバチっと力強い拍手が聞こえ、「イヤーン、最高よ!ラナちゃん!輝きすぎてマブシイっ!」と客席中央でニコニコこちらを見るイケメンオカマのサピコが拍手してくれていた。


 サピコはその生来の力強さを活かして、ファンミ開演中のトラブルを未然に防ぐセキュリティー担当を担ってくれる。おかげで私のイベントではどれだけ盛り上がったとしてもケガ人や揉め事が起こったことがない、はず。


 視線を上に向けると「ハイルぅ!ゆぅるりぃ!!」となぜかネオナチのような敬礼をしながら私をばっちりライトで照らしてくれている照明担当のハゲヲがいる。



「イェイ!絶対成功させようね~!てか成功するしか!」

「お疲れ様、時間配分も概ね完璧だし、あとは本番が楽しみね」



 舞台袖の幕内からレモンティーこと安東さんが顔を覗かせる。安東さんは手元にノートパソコンを抱えていて、リハーサルの内容も正面に置いたカメラから飛ばした映像で確認してくれていた。


 ファンミーティング本番では衣装早着替えのアシストやダンス・歌コーナーの音響など、照明以外のほぼすべての裏方作業を担当してくれる。


 いくら私の熱狂的な信者たちとはいえ、たった三人のスタッフのみでイベントを成り立たせられているのは、多分に安東さんの有能さのおかげだ。毎回、来てくれたファンの子からは「ゆるりちゃんのイベントって完成度高スギ!」との意見を頂戴できているクオリティーの高さは安東さんによって担保されている。



 ちなみに、照明についても遠隔で操作できる機材を使って自分がやるよ、と過去に安東さんが言ってくれたのだが、すかさずハゲヲが「御主、輝かすことこれ何人(なんびと)能はざるなり。於いて我のみ」と早口で言い放ち、みんな頭の上に「?」で一瞬固まったが、つまりは私を照らす照明関係は譲らないという意思表明だった。


 確かにハゲヲに照らしてもらった私は舞台映え、写真映えともに抜群だ。ただ、イベント中に照明機材エリアのチラッと見ると、照明に集中しすぎて口半開きのなぜか軽くあごを突き出してちょっと笑っているという狂気的なハゲヲを目にすることになるから要注意だ。



「安東さんもそう思う?これはアツ~いファンミになりますな!」

「そんなアツいファンミをもう一段階加熱させちゃうワンポイントアドバイスいいかな?」

「ぜひぜひ!どこを修正したらいい??」

「最後の曲終わりで、一旦舞台を暗くしてアンコールを待つところがあるじゃない」

「その後にサプライズを発表しちゃうとこ!」

「そう、みんなサプライズを喜んでくれると思うんだけど、さらにワクワク感を高めるために、ギリギリまで舞台を暗くして、そしてパッとライトを照らす、するとそこには今までなかったマイクスタンドが置かれていて、そこに吉川さんが舞台袖から登場するって流れはどうかな」

「!?なるほど!今まで舞台を空にする演出ね!絶対イイ!やろう!ハゲヲに変更伝えてくるね!」

「ありがとう。じゃあ曲出しのタイミング微調整しておくね」

「お願いしまっす!おーいハゲヲ~!聞いて聞いて、ちょっと変更点があるんだけど、って眩しっ!!もう照らさなくていいから!」



 こうしてすべての確認作業を終えたのはファンミーティング開始のたった1時間前だった。これから私はメイクや髪のセットを行い、そして直前ということでコメントをSNSに投稿し、ファンのみんなと気持ちを一緒にして開演に向かいたい。


 やることは山のようにあったけど、これから私のためのイベントが行われるという高揚感で疲れや不安は感じなかった。ただファンの子たちに会えるのが楽しみで、来てくれたみんなが少しでも楽しんで帰ってくれたら嬉しいな。



 ドタバタだけど準備は進み、ファンミーティング開始15分前にはすべての準備が終わり、今は安東さん、ハゲヲ、サピコの三人と円陣を組んで声をかけあっていた。チームゆるりはこういう時はなぜか体育会系のノリになる。



「じゃあみんな心のエンジンは高まってるぅ~??円陣だけに!」



 肩を組みながら四人で目を合わせる。そこには緊張した顔、気合の入った顔、表情は各々違っているけれど信頼できる仲間が集まっていた。ああ、私は何て素敵なチームに恵まれたのだろう。有名になるために毎日必死でやっているけど、既に幸せはここにあって、それを確認するための作業としてイベントなんかをやっているのではないか。



「いつもどおり一言ずつ意気込みを発表してちょうだい!!ではハゲヲからどうぞ!」

「御主との出会いはそう、五年前の春にござる。運命に導かれるように我が人生に御主が御座(←おは)しました。心に降り頻る(←しきる)雷雨が斧の柄朽つうち霧散し、滔々と―――

「もう~、その話長くなりそ?イベント始まっちゃう!またじっくり聞くから今は簡潔に!」

「失敬。御主フォーエバー」

「OK!次、サピコいってみよう!」

「さっき表の方チラッと見に行ったんだけど、もう開場待ちの列ができてるのよー!ファンの子たちみんなも今日を楽しみにしてくれてる!ディズニーランドを、超えましょうね」

「頑張るけどディズニーはちょっとハードル高いな~!じゃ最後安東さんお願いします!」

「今回のファンミはゆるり史上最大の会場キャパに挑戦してみたけど、チケットも完売でゆるりの人気は順調に高まっているね。そんなゆるりに関われて幸せです!頑張っていきましょう!」

「ジーンときたよ、心に。本番前に泣かすなってばよ!涙腺ゆるりでメイク崩れちゃうわ~ん!」

「最後はラナちゃんから一言ちょうだい!ビシッとね!」



 みんなの顔を順番に確認する。私みたいなちっぽけな配信者を信じてここまで付いてきてくれた愛すべき本物の変態たちだ。このファンミのようなリアルイベントは、信者たちと密接に関われる貴重な機会でもあるから、いろんな意味でやってよかったなと毎回思う。数時間後にはすべて終わってまた部屋のカメラに向かって話し続ける日常に戻るけど、今は、今だけはこの瞬間に100%生きていたい。



「お客さんも、運営側も、みんなハッピーにしちゃうぞー!チームゆるり、ファイト―!」

「「「オー!」」」

「ファイヤー!」

「「「ボッ!」」」

「ウィーラブ?」

「「「ゆるり!!」」」



 決起集会が終わると三人はそれぞれの持ち場に散っていった。私はというと、スマホを取り出していつもの100円ショップで買ったミニ三脚にセットし配信の準備を始めた。なぜ出番直前に悠長にも動画の撮影準備をしているのかというと、これもインフルエンサーとして重要なタスクをこなすためだ。



「オホン、サブスク会員のみんなどうも!ゆるりんテレヴィのゆるりだよ!現在の時刻は夕方の午後17時50分でーす!」



 私が動画の投稿・配信を行うサイト、Melodiaは視聴者側は無料で投稿された動画を見ることができるスタイルなのだが、有料機能として好きな配信者のサブスク会員になることができる。これはいわゆるファンクラブの簡易版のようなもので、応援する配信者に課金する代わりに、無料では入れない会員専用ページにログインでき、配信者はそこでしか見れない動画やメッセージ、写真などを提供する。


 配信者ゆるりにもサブスク会員が少ないながらもいて、今は会員用の出番直前ドキドキゆるりの心情激ハク動画を撮影している。


 およそサブスク会員のみんなはこの後のファンミ本編にも来てくれているからもうちょっとすれば生の本人に会える。それでも私なんかのためにお金を払ってくれるみんなにはちょっとでも還元したいから、イベント直前には必ず会員専用動画を投稿している。


 あと、本音の1パーセントぐらいはイベント直前に昂った気持ちを抑えつつ、本番でアガらないよう声出しを兼ねて喋りまくりたいからだ。



「今日はですねぇ、あと10分でファンミーティング開始ですよ!今回のファンミはいつもどおり事前準備にどったんばったん悪戦苦闘しましたが、何とか今日までこぎつけられたんだよ~!すでにゆるり頑張ったくない?もう頭の中ではサライがかかってゴールの目の前みたいな達成感!早すぎ!?ハハハ!」


「吉川さん、そろそろ舞台袖に来て。ピンマイクをセットするね」

「ハーイ!ああああああ緊張してきましたよぉ~!ではみんなこの後すぐ会おうね~!いってきます!バイバイー!」



 舞台袖に行くと、幕の向こうからは大勢の人の話し声や足音が聞こえる。さあ、いよいよだ。今日までの準備を爆発させるのだ。


 100%私のことを好きな人しかいない舞台に立つのは心が躍る。でも毎回毎回怖い。がっかりされないよう、嫌いになられないように全力でみんなの期待に応えていく。私の存在価値はそこにしかないのだから。



「出囃子鳴らしました!いつでもOKよ!」

「ほふ~・・・・・・。ゆるり、いきまぁーす!!」



 ハゲヲが照らすライトの中に飛び込んでいく。もちろん顔に最高の笑顔を携えて。

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【GRWM】さよなら、ゆるりんチャンネルっ! 一ノ瀬 水々 @amebrain

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