第14話 信者集合っ!


 合コンから数日後、大学終わりの夕方5時過ぎ。待ち合わせのため、大学最寄りの駅からから数駅電車に乗り、新幹線も発着する大きなターミナル駅で降りて、今はとあるファミレスに向かっている。


 いつもどおり時間ギリギリで若干焦って早歩きになっている。そして今から向かうファミレスの新作デザートメニューであるバスクチーズケーキが楽しみで早歩きにも加速がつく。


 人がたくさん行き来するこの駅はちょっと、いや、かなり苦手だけどバスチーが待っていると考えるだけでスキップでもしたい気分になる。ほんとに我ながらチョロい女だなぁと思う。



 合コンメンバーとその後どうなったかというと、男子たちはほとんどブロックしてしまったからもちろんのこと連絡はこないのだけれど、レイナちゃんとエリちゃんからもまったく何の音沙汰もなかった。


 もちろん本来はこっちから謝罪の連絡を入れるべきなんだろうけど、万が一あのキラキラ女子たちから本気で怒られてしまったら、私はもう立ち直れないような気がしてそのままにしてしまっている。・・・まあいいか、もうすぐお互い卒業だし、接することもないだろうし。


 今回の合コンに参加することとなった元凶である高田は合コンの翌日、大学で私のところに走ってきたかと思うと何か言いたげに、でも何も言わずに立ち塞がってきたから「フランス語 小西教授 対策資料」と、まるで検索エンジンに単語を打ち込むかの如く用件のみ短く伝えると、カバンから黙ってボロボロの紙の束を取り出して私に手渡した。


 その後もやはり何か言いたげであったが、「何?もういい?」と冷たく言い放つと、マンガのキャラクターの様にビクッと背筋を伸ばし、そのままスゴスゴというオノマトペが目に見えるほどスゴスゴと去って行った。


 結局男子との出会いには繋がらなかったけれど、私は頑張った。あのメンバーに囲まれて浮きまくりな中、泣き出しそうな心を落ち着かせ少なくとも場にいた時はにこやかに振舞っていた。私は頑張ったのだ。


 絶対にしないけど、もしこの合コンの一部始終を語る動画をゆるりチャンネルに投稿したら、「だから彼氏できないんだよ」とか「クソ陰キャでワロタwww」とか、頼んでもないアンチからのコメントがくるんだろうな。


 そんなことは言われなくても私が一番分かっているっつーの。それでも私はそんな私のことを愛して強く生きていくんだ。


 合わない人とは合わない。それだけのことだ。だから何も考えないようにしよう。そもそも何もなかった、そう思おう。


 ただ、辛いことばかりだったあの合コンの記憶の中でふと思い出すのは・・・。LINEの友達に今もブロックせず残している彼だけは、最初から最後まで優しかったな~、なんて思う。



 人の波をかき分けてスタスタ早歩きしていると、待ち合わせ場所として指定されたファミレスに到着した。ビルの一階が本屋だったのでいったん通り過ぎてしまったが、スマホの地図と現在位置を必死で見比べることでやっと辿り着くことができた。


 LINEを確認すると待ち合わせ相手は既に到着し席についているとのことだった。あれ、この流れどっかで体験したよな、つい最近。

 いや、何も考えないようにしよう。



 お店に入り、いらっしゃいませ~と人数確認にきた店員さんに、待ち合わせで先客がいることを伝えていると、店の中から「だ~か~らぁ!それどういう意味で言ってんの?って言ってんの!!」と女性の大声が聞こえてきた。


 急いで声がしたテーブルに走り寄っていく。

 そこにはロングの黒髪に、赤いフチのメガネをかけオレンジのパーカーを着た小柄な女の子と、スラっとしたスタイルのいいツーブロックのイケメン、いや控えめに言って超絶美男子がいた。


 二人はテーブルを挟んで向かい合って立っている状況で、女の子の方がとにかくものすごい剣幕で男性をにらみつけている。今にも掴みかかりそうな様子で男性に向け手を伸ばした。


「もう、またケンカしてるし!落ち着いて、ハゲヲ!」


 私はたしなめる言葉を投げかけつつ、メガネをかけた女子の手を下ろした。


「なんだお前は!・・・って御主にござらんか!!」


「そうだよー、御主だよー。だからケンカはもうやめ!No War! War Is Over!」


 すっかり大人しくなったメガネ女子を席に座らせ、対面の男性を見ると爽やかな笑顔で、しかし私の全身を舐めるようにランランとした視線で見つめている。


「はい、サピコちゃん、私のことエロい目で見るのストップ!」


 自分の両肩を抱き、胸を隠すポーズで大げさに嫌そうな表情をする。男性は「イヤん!」とさらに笑みを増し、口元に手を寄せ何とも女性らしく艶やかに笑った。


「私が好きなのはオ・ト・コ!でも~、可愛い可愛いラナちゃんなら、イイワヨ♡」


「モテモテで困っちゃう!っていきなりこのノリしんどいってば!」


「ささ御主、こちらにお座り下され」


 首尾よく私を隣に座らせるハゲヲ。ハゲヲは私の前では変な話し方になる。何でも尊敬語のさらに上であることを表現したくて江戸時代の侍のような話し方になるのだそうだ。


 基本的にハスキーな低めの声で、早口で喋る。「ずるーい、ラナちゃんこっちこっち!」と自分の横を指さすサピコ。この超絶美男子は紛うことなきオカマだ。


 もし普通に男として生きたなら、ジャニーズだって間違い無く入れるだろう顔の造形をしている。だけれども穢れなきオカマだ。これは世の女性たちにとっては大変な損失である。


 かくして何ともうるさいこの二人は、何を隠そう私、配信者ゆるりを本当の超初期から応援してくれている熱狂的なファン、信者である。


 今日も今週末に迫ったファンミの会議のため快く集まってくれた。今まで何回もリアルの対面イベントを開催しているけれど、この信者たちはそのすべてに無償で協力してくれていて、もはや彼女たちがいないとゆるりイベントは成り立たないといってもいい。


「今日は集まってくれてありがとう!じゃあさっそくだけど細かいところ決めていくよーん!」


 イベントのチケットの売れ行き(ありがたいことに完売!)確認や、当日の演目の確認をしたり、またイベント会場限定の販売グッズの搬入・陳列に至るまで本当に細かいことを話し合った。


 こんなこと本当は一か月前に決めていなくちゃいけないようなことなんだけど、信者のみんなは決して急かしたりはせず・・・いやハゲヲは急かしてきたけど、基本的に私の意思を最大限尊重する方針で、私の言葉一つでテキパキと仕事をこなしてくれる。


 みんなが優秀過ぎて私がそこに甘えてしまうのだ!と言い訳をしたくなるほど素晴らしいチームだと思う。今日だって約二割ぐらいしか決まっていなかったイベントの内容が既に9割近くまで決まっていく。


「御主、御主!」


「はえ!何!?」


「もー、ボーっとしてるラナちゃん可愛すぎ♡」


「それは!激しく同意でござるが、しっかりせねば。ここがイベントの分水嶺、ターニングポインツ!になる部分に候」


「ん?ああ、当日販売分のチェキ券の値段か~」


「チェキ券は収益の柱でござる!今後も継続してイベントを続けていくためにも一枚5万円にすることを進言いたす!」


「そ~んな高いと買おうってならないわよ!一枚3,000円!これなら気軽に手が出せるし、複数枚でも買いやすいわ♡」


「そんなことをしたらここまで築き上げたゆるりブランドが崩壊するでござろうが!オカマは黙っていただきたく」


「何よ!根暗女!そのいかにもドライヤーで乾かしただけの髪、ちょっとは女らしく綺麗にしてからモノ言ってちょうだい!」


「あ゛ーーー!!戦争にござるぅぅ!!」


「やったろうじゃないの!オカマの戦闘力、舐めんじゃないわよ!」


「もうぅぅ」


 ハゲヲとサピコがまたまた立ち上がってケンカを始めた。この二人のケンカはいつものことだし、そもそもゆるりのことを想っての口論なのは重々承知している。けど毎度仲裁に入るこっちの負担もちょっとは考えてほしい。


 私ひとりじゃもうしんどくなってきたよ~、ああ、早く来て安東さーん。


 テーブルにあごを乗せてげっそりしていたその時、お店のドアが開く音とともに真っ直ぐこちらのテーブルに向かってカツカツ景気のいいパンプスの音が近付いてきた。これはまさか、最高のタイミングで現れるあなたは。


「遅くなってごめんね、ヨシカワさん。仕事がどうしても片付かなくて。そんでもって、今はまた二人がケンカしてる感じ、かな?今度は何で言い争ってるの?」


 呼ばれて飛び出す安東さん!あなたはいつも最高のタイミングで来てくれる私のヒーロー、いやヒロイン?だ。状況把握も早くて助かります。


 テーブルの横に軽く腕を組んだスーツの女性が立っているこの優秀女子が安東さん。肩ぐらいの髪を右側は耳にかけ、左側を顔に沿わせ、毛先にかけてカールさせている。


 個人的には、これまでの動物園感から一転して、とてもとても安心感が場を包み込んだ気がした。


「レモちゃんおっそーい!」


「レモンティー殿、いいところに馳せ参じた。当日チェキ券の値段についてこのオカマがトンチンカンなことを言って譲らぬのでござる」


「レモちゃん聞いて~、この赤眼鏡が今日もオタク臭全開で臭いったらありゃしないのよ」


「天誅ゥ!!」


「フ。まあまあ二人とも落ち着いて。ハゲヲはとりあえずフォークを置きなさい」



 しばらく二人のケンカを仲裁したレモンティーこと、安東さんはサピコの隣に座るや否やノートパソコンを取り出して何やらカチャカチャと操作したかと思えばこちらに画面を見せつつプレゼンを開始した。


「見て。今度のイベントのチケット購入者を年齢ごとに分析したグラフよ」


「アラ、やっぱりゆるりちゃんと同年代の若い女の子が一番多いわね♡」


「お、お、男が!男が紛れ込んでいるにござる!きっと御主に近付き良からぬことを企んでいるにちが―」


「ハイハイ、その時は助けてねハゲヲ。んで安東さん、続きどうぞ!」


「もちの、ろんにござるぞ!」


「それで、ネットリサーチ会社が今年4月に行った若者女子のお小遣い額に関する調査によると、平均で2~3万円程度らしいの」


「バイトとか親からの仕送りとか含めたらそんなものかな~」


「だから、ハゲヲの一枚5万円はさすがにちょっと高すぎるかな」


「ござるぅぅ、、、」


「そうそう、だからここはお安くいきましょ♡」


「そうとも限らないの。ブランディングの観点からハゲヲの考えは頷けるところがあって」


「ござ!?」


「フ。消費行動において、ファンミみたいな“特別な”場においてはある程度金額がする方が購入時の満足感はむしろ高まるの」


「へぇ~!さすが大企業の最年少マーケティング部長!頼りになる!」


「いえいえ。だからサピコの一枚3,000円は確かにみんなが買いやすい値段なんだけど、購入時の気持ちよさ、満足感には繋がらない可能性が高い。また次も買ってもらうためにはむしろちょっと背伸びをして届くような値段設定にするのがベストなのね」


 こうしてハゲヲとサピコのどちらの顔も立てつつ、論理的にチェキ券の値段は決まっていった。安東さんを一言で表現するなら、「大人」という言葉がぴったりだ。冷静に物事を判断し、それでいて人間らしい優しさも持ち合わせた本当に優秀な女性だ。

 ちなみに、安東さんの働く企業の子会社が立ち上げた新規化粧品ブランドからは度々商品提供を受けていて、安東さんに関しては正真正銘のビジネスパートナーなのだ。



 安東さんの参加によって会議はさらにサクサクと進行し、午後8時にはすべての検討内容が解決・決定された。あとは当日予定通り動くだけでいい。ホッと一安心した。


「よっし!全部決まったところで、私は念願のバスチーを食べまーす!」


「私も何か飲み物お代わりしようかな。サピコ、メニューとってくれる?」


「ハーイ、どうぞ♡ところでラナちゃん、今日の動画は何かしら♡」


「ん!今日は『業スー(←業務スーパーのことです)の巨大タピオカを使ってタピオカミルクティー作ってみた!』だよ!」


「おふ!それは高まるでござる!家に帰ったら動画とコメント欄を二画面で楽しむに候」


「そりゃ~も~楽しみにしちゃってぇ~!でも、そのタピオカの次の動画まだ撮影できてないんだよねぇ~、ネタどうしよう~」


「最近やってない企画だと『恋愛相談コーナー』なんかどうかな?」


「イイ!久しぶりにゆるりの恋愛相談見たいわ私♡」


「確かに最近やってなかったし、安東さんおススメのそれにする!」


「じゃあ直近三か月の動画に寄せられた恋愛相談コメント一覧をまとめてあるから、後でメールで送っておくね」


「仕事はやっ!感謝です!」


「いえいえ」


 注文していたバスチーが運ばれてきたため、一度会話を中断して無心で食べた。まったく信者のみんなの存在は動画配信者ゆるりの大黒柱だ!うん?懐刀だ!・・・とにかく頼れる存在だということが言いたい、私は。


 その後も取り留めない話をずっとしていた。三人とも例の緊急生配信を見てくれたみたいで、合コンの件も根掘り葉掘り聞かれることとなった。そしてそのまま晩ご飯もファミレスで済ませて夜10時を過ぎた頃に解散した。


 私は安東さん以外、ハゲヲとサピコの本名を知らない。安東さんだって本名なのかどうか定かではない。それでも、ゆるりという共通項を通じてこの四人の不思議な関係が今日まで続いている。


 明日も明後日も、願わくばずっとこの関係は続いてほしいと、少しセンチメンタルな気持ちに浸りながら帰りの電車を待っていた。


「バスチー、また食べに来よっと!」


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