第13話 ハゲヲ時々生配信っ!


「あ~、ファンミって今週末だったっけ?」



 ファンミとはファンミーティングの略で、私が定期的に開催しているイベントのことだ。もちろん吉川ラナ個人のイベントではなく、動画配信サイトMelodiaの女子大生配信者ゆるりとしての私に直接会えるリアル対面イベントとして行う。


 今週は合コンのことで頭がいっぱいになっていたせいで、何か忘れているような・・・ぐらいの感覚はあったものの、自分のイベントのことをすっかり忘れていた。



「左様。ゆめゆめ、お忘れなきよう」


「そろそろ細かいところ詰めてかないと、ヤバいよね~」


「もう既に、ロスタイム状態にござるけど」


「試合終わりかけじゃんっ!何とかしてっ、ハゲヲ~」


「であるからして、当方電話した次第。ついては早急に御前会議をいたしたく」


「分かった!後の幹部二人には私から連絡しとくね!」


「・・・して、いつ集まりましょうぞ?」


「・・・いつがイイと思う?」


「御主の意のままに」


「え~、ハゲヲ決めてよ~」


「当方、いつでもよいにつき決めかねまする」


「アハ、これじゃあ、ファンミの会議をいつにするか決める会議の日程をまず決めなきゃだね!」


「期限ギリギリにござる!!笑いごとではござらぬぞ御主!」


「すみません、真面目に考えます。意識を入れ替えて、今日から頑張りたいと思いますまる!」



 電話を切ったのち、あちこちにメールをしスケジュール管理に奔走したが、結局私の予定管理能力がグダグダなせいで、イベント2日前にそのイベントの核を決める会議が行われることになった。


 ふと気付くとさっきまでの合コンで火照っていた肌がかなり冷えている。店の外で数十分過ごしてしまったことに背中がヒヤッとした。


 高田たちはなかなか席に戻ってこない私のことをどう思っているだろうか。明らかに会話の流れをぶった切って退席してしまったので、今からまた戻ったとしてどんな顔で、何を言うべきだろうか。


 もういい、めんどくさいよ。こんなに気を遣って神経をすり減らして、私は何をやっているのだろう。そもそも高田の誘いから急遽参加することになった合コンだし、私は数合わせ要員でしかないはず。


 あの場にはレイナちゃんとエリちゃんという美女二人がいるし、男子たちは大満足だろう。帰ろう。



「急用ができたので、帰らないといけなくなりました。途中なのにごめんなさいっと」


 さっき加入させられたグループLINEにメッセージを送り、そのままシレっとグループから退出した。ついでに個人的なメッセージが来ないように高田とヒゲロン毛の個人アカウントをブロックした。


 高田については、近いうちに合コン参加の交換条件だった小西教授のフランス語対策を聞かねばならないので今だけブロック。


 お店の入口をチラリと見つめ、少しためらったけれど逃げるようにその場を後にした。




 ついさっき降りたばっかりの大学の最寄り駅から家までの電車に乗って、いつもよりかなり手前の駅で降りた。なぜだか無性に心がざわざわする。


 今更だけど私は友達が少ない。散々ヒゲロン毛だのと文句を言っていたが、今回のように会話の中に上手く入れず疎外感を感じることはよくあるのだ。そして大抵は今みたいに自己肯定感がダダ下がって胸がキュッとなる。


 普通の人はこんな感覚味わうことなんてなく、交友関係を木の根っこのようにすくすく広げることができるんだろうな。私は数少ない理解者によって甘やかされ支えられて生きている、まるで蚕のよう。


 それにしても今日はいつもより精神的ダメージが深い気がする。こうなったら“あれ”するかな。


 道に駐車されている車の窓ガラスで軽く身だしなみを整える。髪型よし、アイメイクよし、唇は、リップをもう一度塗ろう。


 おもむろにスマホを取り出して、Melodiaのアプリを立ち上げる。



「みなさんどうも!ゆるりんテレヴィのゆるりだよ!今日は~、久しぶりのゲリラ生ライブ放送でーす!」



 急に生配信を始めたが、「こんばんは!」「生ゆるりちゃん嬉しい!」「我が御主、尊すぎで草」などのコメントがつく。ああ、みんなに必要とされているし愛されていることを実感できる。


 地の底まで下がっていた自己肯定感が徐々に上向いて回復していく。私にはこのファンのみんながいればそれでいい!そして実生活では数少ない理解者たちに甘やかされる優しい世界の中で生きていくんだ。誰からも傷つけられない優しい世界で。



「今日はね~、今週末に迫ったゆるりイベントの直前記念生配信になります!ま・さ・かみんな忘れてないよね~!まだチケット買ってない人は概要欄にリンクがあるのでそこからぜひぜひぜひ!買ってください!損させまへんで~」



 いつもの私の(もしくは配信者ゆるりの)調子を取り戻しつつ、ライブを見てくれる人たちにコメントを返したり、とりとめのない話をしながら夜の街をズンズン家に向かって歩いていた。

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