第12話 キモロン毛っ!



 私を含めた全員が次の言葉を探していた。さっきまでの盛り上がりがウソのように一転して、今まで全く耳に入ってこなかった店内の他のお客さんの話し声や食器の音がうるさく感じられる。



 いつかやってくるかもしれないなあと危惧していた状況がついに、突然訪れてしまったのだ。そのきっかけとなった高田は私の方をなぜか嬉しそうにジッと見つめている。頼むからせめてお前は何か喋ってくれ。



 みんなの沈黙に耐えかねて、「だ、“大学の4年間”何もなかった、ってことでしょぉ?」とレイナちゃんが助け舟を出してくれる。しかしごめんよレイナちゃん、あいにく私は生まれてこの方、大学生になってからもなる前もいつだってエブリデイ彼氏無しなんだよ。



 信じられないよね、そうだよね。でもレイナちゃんの一言に端を発して場の空気はが少しだけ和らいだ。周囲の空気を読むことに長けた私はこのほころびを見逃さなかった。ウソではないが、どうとでも解釈できる返事作戦でいこう。




「そうなの、大学の間は何もなくって!あはは・・・」


「そうだよね~。そんな可愛いんだもん、びっくりしちゃった」


「そういうことか、おいケンタロウ、悪意のある言い方するなよ」


「ほんとかぁ吉川!警視庁からウソ発見器借りてくるぞ!」


「お前の方がウソ臭ぇだろ。」


「高田ノイイトコロ、ウソツカナイトコロアルヨ!」


「アルアル~、フフフ」


「でもラナちゃん処女だよね。」


「ほえ?」




 ヒゲロン毛の唐突な質問を日本語として認識できなかったため、アホの子のような返事をしてしまう。処女?処女って言ったの?このヒゲは。


 初対面の女の子に向かって言っていいことと悪いことの判断基準がぶっ壊れてるとしか思えない。果たして他の女子二人の反応は?


 ああ、普通だ。私みたいに強張った表情をするでもなく「やれやれ」みたいな感じで成り行きを見守っている。二人にとっては慣れっこなのかな。


 助け舟レイナのアディショナル助け舟は出港しなさそうだ。私は今をもって男性不信になりそうなぐらい具合悪いんですけど。キショキショキショ、キッモーーー!




「レンって絶対女子にそれ聞くよな。でも吉川の性事情が気になるなんて、この物好き男!」


「チョー重要。だって俺処女に興味ねぇもん。」


「へぇ~、男の子って逆だと思ってたよ~」


「確かに!レン君って珍しいタイプだ!」


「経験上ちょっとね。」


「何でじゃっ!贅沢言うな!処女イイじゃんか!俺は断然処女推しだぜぇ!」


「どっちも下品だぞ二人とも」


「そういう話はちょっと苦手で・・・」


「ほら、吉川さん困ってるじゃないか」


「お願い。そこだけ聞かせて。」


「内緒っていうか、何というか、えーっとぉ・・・」と言葉を濁しつつも、ヒゲロン毛マジキモ男のことを心の底から拒絶し始めていた。もうこの男と話したくない、ていうかマジキモイから話すな、髪を切れ、ヒゲをもぎり捨てろ。




 確かにおっしゃる通り私は処女ですよ。


 カトリックのシスターからスカウトが来てもいいくらいにピッカピカの処女なのだ。ただ処女が事実であるにしても、こんな下品な男に私の秘密を教えたくなんてない。いつか現れる白馬に乗った彼氏様にだけ、こっそりと伝えてあげるのだ。


 こればっかりはどれだけまた場を凍り付かせてしまうとしても、強く拒否してやる。そう決意を固め、ヒゲキモロン毛をキッと厳しい目つきに変わった時、テーブルに置いていた私のスマホが光ってブルブル振動していることに気が付く。


 これだ!極めて居心地の悪いこの会話を一旦切り上げて席を外す口実を見つけたぞい。




「あっ、ごめーん。電話かかってきちゃっちゃ・・・から出てくるね」


「おうーーい!電話なんか切っとけい!40秒で戻ってきな!」


「ゆっくり電話してきなよ」


「いってら~」


「気を付けてね~」


「じゃあ二人はどんなくらいの経験値なわけ。」




 いそいそと席を立ち、賑やかな店内から一度外に出るべく入口へと向かう。背後でキモヒゲがターゲットをレイナちゃんとエリちゃんに変えていた。ごめんよ女子お二人さん、でもこれで私は話題の中心から免れることができただろう。それに恋愛経験豊富な二人なら盛る男子の相手もお手の物でしょ。さいなら~。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 店の外に出てホッと深呼吸をする。手元のスマホをタップし着信画面を通話状態に切り替える。



「ごめんごめんハゲヲ、ちょっと取り込んでて」


「全く問題なしでござるぞ。我が御主(←ゴシュと読みます)、ゆるりよ」



 聞きなれた少し低めの声が聞こえてきた。ああ、落ち着く。「また御主とかいってるしぃ!そのメイド喫茶用語やめてってば~!ゆるりはハゲヲの御主人じゃない!」とおどけた声色で返事する。



「失敬。なれどゆるりは永遠なるエターナル我が御主にあらせられ候」


「分かった分かった。それで要件はなんだったかな」


「ああ、これまた失敬。ゆるりんヴォイスで耳が幸せでござった。要件は他ならない、今週末のゆるりイベントの件でござるよ」


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