第6話 修羅場、継続っ!
「最初はもちろん主催者であるこの俺から始めさせていただきます!」
高田は手元にあったスプーンをマイクに見立てて、意気揚々と話し出した。それに呼応するように他の参加者は拍手する。
「法学部法律学科の高田ケンタロウです!趣味は今日みたい人を笑顔にすること!特技はリンボーダンスです!何なら今やってみましょうか!」
「今日は遠慮しとけケンタロウ」
「お前のリンボー見たくねー。」
勢いづく高田を静止する男子2人にこの時ばかりは感謝だった。リンボーを拒否された高田は「んだよ!」と文句を言いながらも大人しく次に番を譲った。次は鼻声ヒゲロン毛の番だ。
「はーい。こいつと同じ法学部法律学科の平野レンです。レンでいいよ。」
平野という名前を聞いてピンときた。確かこのロン毛・・・。
「平野君って、」
「レ~ン!」
レイナちゃんの横に座っているもう一人の女の子が、せっかく質問しかけたのを遮ってまで自分のことを名前で呼ばせようとするロン毛。
「ごめんごめん。レン君って確か生物愛好会の部長だよね」
「そ。今は元・部長だけどね。」
やっぱりそうだった。生物愛好会とは、我が大学の汚点とまで称されるほどの悪名高き飲みサークルである。通称せーあいと呼ばれ、一年中何かにつけて飲み会を開き、何人も病院送りにしているような集団で、特に近年は口に出すことも憚られるような活動が常態化しているらしい。
大学内の交友関係が極めて狭い私の耳にすらその悪評が届くくらいだから相当だろう。一度世間知らずのマリアがせーあいの飲み会に誘われ参加させられそうだった時は、チトセと2人でそれはもう全力で守り抜いたものだ。
そのせーあいを、さらに輪をかけた悪名にのし上げた悪の総帥、外道の権化が目の前の平野レンなのだ。
全身から危険信号が発令される。普段の学校生活では視界にすら入れたくない部類の人種と同じテーブルに座っている。
「おっし。じゃっ、次は俺だな」
男性陣ラストは、先ほど私に席をすすめてくれた爽やか男子だ。高田、ロン毛という濃厚なこってり豚骨ラーメンのような男子二人を経験した後ではどうしても好青年に見えてしまう。
「今日はお誘いありがとう。自分も右に同じく法学部法律学科の岡ジュンペイです」
素晴らしいです、岡君。君はこの場において唯一のまともな男子だよ。一人ぐらいは普通の男の子がいてくれないと私、もたないからね。
一通り男子の自己紹介が終わり、続いて女子メンバーの番となった。何となく最後は嫌だったので、一番目に紹介したかったのだが、トークの主導権は高田に握られていた。
「それではお待ちかね!女性陣のターンでございます!まずはエリちゃん!いっちゃって!」
「フフフ、話しづらいよ~」
「それは誠にソーリー!陳謝です!」
「まったくも~」
レイナちゃんの隣の女の子はとても穏やかで、でも芯のある話し方だと感じられた。着ている服が流行とは一線を画すようなオシャレさで、圧倒的にこのチェーンの居酒屋には似つかわしくない。
あと飛び切りの美人だ。
「えっと、経済学部国際経済学科の夘野エリです。今日はよろしくお願いします」
「よっ!エリちゃん!経済学部のオシャレ美人!今日も素敵な御召し物です!」
「やめてよ~」
夘野さんという名前だったのか。この美女を私は知っている。学部共通の一般教養科目の講義で見かけたことがある。オーラというか、明らかに他の女の子の中で輝いて見えたものだ。
レイナちゃんも夘野さんも、明らかに私より見た目が良い。マリアやチトセももちろん私が遠く及ばない容姿をしているものの、この2人はまた違うベクトルで私にダブルスコアを突きつけてくる感じだ。
高田以外の2人ごめんね~、私だけワンランクダウンの女子で。私だって、レイナちゃんや夘野さんのような素敵女子と付き合いたいよ~。
「経済学部経営学科の駒井レイナです!今日は盛り上がっちゃいましょ」
「イェー!レイナちゃんがいるだけで既にテンションMAXであります!」
余計なことを考えているうちに次は自分の番だ。ヤバっ、話すことを何も考えていない。ただでさえ私はこの場に遅れて参加したことで気後れしている。その上、自己紹介まで微妙な空気にしてしまったら完全に終わる。嫌な焦りでさらに思考がまとまらない。あ~~~、誰か助けてぇ。
そんな私の気持ちなんてつゆ知らず、高田がニッコリとこちらを見つめてくる。そして口を開いた。
「端っこに座ってる遅刻ガールは吉川ラナ、大学4年の現在も単位取得のためせっせと授業に出席している。以上」
「何で高田が私の自己紹介するのよ!」
やっぱりこいつは余計なことばっかりしてくる。ただみんなが笑ってくれて和やかな雰囲気を壊すことなく、肝心の自己紹介も終えられた。今回ばかりはちょっとだけ感謝しておこう。
「えらいね。」
「俺なんかもう週1の1コマしか授業取ってないよ」
「い、いやぁ、卒業するためにも頑張らなきゃで。アハハ」
男性陣からも上々の反応をもらえた。それに対し、できるだけ”普通”に返事をする。取りあえず場の空気に馴染みかけているのは一安心だけど、同時にこれ以上話題の中心にいたくないという気持ちが強く湧き上がる。
「み、みんなは授業でてる~?」
「全然だなぁ。正直、学費がもったいない気がしてるレベル」
「分かる。でも実際のところ卒業に必要な単位取り終わったらもう講義出るモチベ―ションゼロだよ!」
「俺なんか授業出てないけど、その分学費の元を取るためにも毎日必ず大学来てるで!もうトイレとか使いまくり!」
「暇か。」
「でも確かに時間はできるよな。4年になってバイト入る日数増えたもん」
「バイトでがっちり!だね!何に使うの?」
「今は卒業旅行に向けて貯めてるって感じかな」
「卒業旅行何にも決めてないな~。どこかいいところある?」
「ていうかとりあえず何か注文しよ!一杯目はみんな仲良く友情の証であるカシオレね!」
みんなの会話も弾み、にぎやかで楽しい雰囲気が流れる。私は笑顔を貼り付けたまま楽しそうな女を演じつつ、時折、「へぇ~すごい」とか「そうなんだ」と例のテクニックで返事をしていた。
いいぞ!このままお開きまでいい感じでいける!そう淡い期待を抱き始めた時、またしてもあの男が爆弾を投下してきた。
「それで!どうなのよ!みなさん!恋愛の方は!俺はそこが一番聞きたい!」
ダメだ、高田の口をおしぼりでふさがないといけない、早急に。
私にとって最も回避すべき話題が幕を開けてしまう瞬間であった。
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