第5話 先制っ!
19時半、指定された大学近くのチェーンの居酒屋の前に到着した。
週末とあって居酒屋の周囲は賑わいに満ちている。恐らく同じ大学の学生らしき人の姿もちらほら見かける。
「早く来過ぎだよな、こりゃ」
大学の講義ですらいつもギリギリ教室に駆け込むぐらいなのに、今日は気負い過ぎて30分も前に待ち合わせ場所に来てしまっている。
さすがに一番乗りで到着したとは思われたくない。もしそんなことを高田に知られたら、「何だよ、結局ノリノリじゃん!」とか何とか言われるのが目に見えている。
「あと15分ぐらいどっかで時間つぶすか~」
呑気にフラッとその場から動き出そうと歩き出した時、カバンの中のスマホがブルっと震えてメッセージの着信を知らせた。
ふと画面を覗くと、高田からのメッセージだった。
『まだ?もう全員来てるぞ!』
頭が真っ白になった。「は???」という感想しか出てこない。
これが合コン?これが普通の大学生?いや、そんなことより非常にまずいことになったぞ・・・。
とにかく急いで店の中に飛び込んで、店員さんに高田たちの待つテーブルまで案内してもらう。急げ、急げ。
通されたのは店の一番奥にある簾で仕切られた半個室の席だった。
簾をサッと開けて中を覗くと、思わず身を引いてしまった。テーブルを挟んで左側に女子2人、右側に男子3人が座っているのだが、その男女がテーブルの中央にスマホを差し出してゆらゆらと揺らしているではないか。
「やっときたのかよ!おっせーよ吉川ぁ!」
右の一番奥に座っていた高田が私をニヤニヤ見ながら、いつもの1.5倍大きい声で叫んでくる。
その高田の呼びかけに反応するように、他の男子二人もこちらを見る。
「どうも~。」
ねっとりとした鼻声、そしてヒゲ・ロン毛。その2点が目につく男子。いかにもチャラそうな雰囲気をヒシヒシと感じる。
「こんばんは!席、そこ座りなよ」
こちらの男子は爽やかそうな印象で今風の髪型、服装に身を包みこちらに優しげな視線を投げかけ、自分の目の前の開いている席を手で指している。
「す、すみませーん、遅れちゃったみたいで」
流されるままに席に座る。目の前ではまだスマホをゆらゆらしている光景が広がっており、面食らった精神状態が回復することはなかった。
「吉川さんだよね!久しぶり!元気にしてた?」
隣の席の女子から声をかけられ、またしても怯んでしまった。口元に笑顔を忘れないように貼り付けながら女子の顔を確認する。ああ、レイナちゃんだ。
「あ、久しぶり~。私は超元気だよ~」
「なにそれ!ウケる!」
何にウケたの?なんて言えない、決して。
高田が目ざとく私とレイナちゃんの会話に目をつけてきた。
「何なに?レイナちゃん吉川と仲良かったのぉ?」
「そうそう、入学式で隣の席になって以来よく話すよね」
「アハ、いつもお世話になってます~」
「もう!吉川さん面白過ぎなんだけど!」
「そうだろ~、こいつは俺が認めるオモローなやつなんだよ」
「エへへ・・・」
いつもだったらここで高田をぶっているが、今はそうもいかない。グッとこらえて愛想笑いで乗り切った。
しかしレイナちゃんもレイナちゃんで、確かに私は彼女と入学式で隣の席になったきっかけで、本当に一瞬だけ一緒に行動をともにしていた時期があるのだが、いつの間にか垢ぬけた女子と仲良くなりだしたレイナちゃんは私の隣から去って行った。
いや、私が着いていけなかったと言うべきなのかもしれない。その後は大学ですれ違ったりした際に軽くあいさつするぐらいの仲に落ち着いていった。いわゆるヨッ友というやつだ。
「てか、ラナちゃんもスマホ出しな。」
鼻声ヒゲロン毛がスマホを振る動作を交えて私にジェスチャーを送ってきた。てか、何で君は私の下の名前を知っているのかな?何で下の名前で呼べるのかな、今日初めて会ったのに。
「スマホ?」
慌ててスマホをカバンから取り出し、みんなと同じようにテーブル中央に向けるが、もちろん画面は起動する前の暗いままなので何も起きない。
「早く!LINE交換して全員のグループつくるんだから」
「えぇ」
これが現代の合コンなのか。連絡先の交換は最後にするものではないのか。
高田は幹事の特権を乱用して既に女子2人のLINEを知っているようで、主に男子2人と女子3人の連絡先交換なのだそうだ。
正直まだ素性の知らない男子とのLINEは嫌だったが、これ以上私のせいで輪を乱すわけにはいかない。
「よーし、これでグループつくって、と。招待したから入って入って」
招待されたグループLINEは、『高田とゆかいな仲間たち』だった。
この寒気のするグループに入りたくない、そんな気持ちでいっぱいだった。今日だけの付き合いだから、この会が終わったら退会すればいいだけだから。そう自分に必死で言い聞かせた。
「それでは諸君、いよいよわくわくドキドキの高田会を開催いたします!まずは自己紹介からいってみよー!」
始まってしまう。もうすでに帰りたい。でもここまで来て今さら帰るなんてこともできない。こんな風に場の空気に飲み込まれてしまわないように、早めに席に着いておきたかったのに。
後悔先に立たずで、完全に浮足立ったまま合コンが開始してしまった。
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