第三十話:休息
ススムと浄滅隊が対峙している隙に、校門前で撃たれた怪我人の救出が進められていく。
井堀を撃った浄滅隊の臨時指揮官は、自警団の動きも気にしつつ、井堀の遺体から『切り札』を回収した。対不死病発症者用に作られたアンプル弾と射出器だ。
(この臆病者と同じ日に入って来たあの研究員は、適応者にも効果があると言っていた。常呂谷前部隊長を殺した適応者を殲滅すれば、俺が浄滅隊の正式な部隊長だ!)
ススムを包囲する浄滅隊。彼等の中に交じっている元A.N.T隊員は、明らかに腰が引けている。一方で他の浄滅隊員達を見やれば、やる気満々で殺気を滾らせている者も居るが、半数以上は戸惑いの色も見られた。井堀があれほど危険を訴えたススムを、警戒しているようだ。
どう見ても『無理強いさせられている感』が漂う浄滅隊に、ススムはさっきの二人をどうにかすれば終わるのではないかと考える。
(A.N.Tの残党は逃げるだろうし、他の隊員もヤバいと思ったら退くんじゃないか?)
そう思ったススムは、その為の説得工作を仕掛けてみる。
「あんた達、もしかしたら知らないかもしれないから教えておくけど――」
もう直ぐ自衛隊機が飛んで来て、不死病ウィルスを殲滅する浄化剤が散布される。東北地方では、もう政府主導の復興活動が始まっている。
この辺りの復興も近い。今からその時に備えて、不法行為を働く集団からは離れておいた方がいいと思う。
そんなススムの言葉を聞いた浄滅隊の何人かは、あからさまに動揺を浮かべた。手応えを感じたススムは、さらに突っ込んだ内容を語る。
「今は防災無線で時々その様子が聞けるけど、あの病院は情報統制とかやってそうだし、知らなかったんなら今からでも逃げた方がいいと思いますよ?」
ざわめく浄滅隊。隣の者と顔を見合わせたり、そわそわと落ち着きなく仲間の様子を覗っている。彼等の姿からは、逃げ出す者が居れば便乗して逃げ出したいと思っているであろう事が覗えた。
しかし、件の二人組指揮官が包囲の隊列に戻って来て、全体の引き締めに掛かる。
「下らん戯れ言を。それとも命乞いのつもりか?」
「撃て、この異常感染者を始末したら、目標施設を制圧するぞ」
(あー、こりゃ会話が出来ない駄目な人だ。やっぱりこの二人を排除すれば納まるかも)
一斉にクロスボウが放たれる。一応、防御するススム。矢は刺さらず、当たった端からバラバラと地面に落ちる。それでも服には小さい穴が空いてしまう。
作業服に出来た小さい穴を気にしつつ、ススムは身構えて攻撃の態勢に入った。
「じゃあ悪いけど、あんたら二人はここで殲滅させてもらう。他の人はそれ見て逃げるかやり合うか決めてくれ」
それだけ言い放ったススムは、一気に距離を詰めて二人の臨時指揮官の片方を掴む。その瞬間、バスンッと音がして至近距離からアンプル弾が発射された。
「はははっ! 馬鹿め! 何の備えもしていないと思ったか!」
だが針は刺さらず、容器が砕けて中身が霧状に飛び散った。
「なっ! そんな……っ」
切り札が想定通りの作用を果たさなかった事に動揺するその一人を掴んだまま、ススムは小首を傾げる。すると、もう一人が先程と同じアンプル弾の予備を射出した。
それはススムの頭に命中するも、やはり針は刺さらず、地面に落ちたアンプル弾は砕け散った。
「……えーと?」
「ど、どうなってるんだ! あの似非研究員め!」
「一発で仕留められるんじゃなかったのか!」
何やら話が違うと喚いている。とりあえず、ススムは掴んでいる一人を大きく振り被ると――
「うりゃ!」
空に向けてぶん投げた。ススムに全力で投げられた臨時指揮官の一人は、正面に立つ13階建てマンションビルを越えて飛んで行った。それを呆然と見送る浄滅隊員達。
数秒後、遠くからパーンという音が響いて来た。人体がアスファルトなど硬い何かに叩きつけられた音だ。
落下地点に無関係の生存者が居ない事を祈りつつ、ススムは未だ呆然としているもう一人に手を伸ばしたところで、身体に変調を覚えた。
(うん?)
「ひ、ひいぃい!」
掴み損ねた臨時指揮官の片割れは、我に返ると悲鳴を上げながら逃げ出した。元A.N.T隊員はすぐさま走り出し、少し遅れて他の浄滅隊員達も退いて行った。
後には静寂と、散乱する数本の危険なボルト矢、それに浄滅隊が持ち込んだ大量の物資が残された。
「ん……まあ、予定通り、かな」
ススムは、何だか身体がふわふわする感覚に自分の腕を見ると、黒い血管がオレンジ色に発光しているのを確認した。
(あれ、これって確か……異形化の前兆だっけ)
以前、里羽田院長に聞いた話。病院前で機動隊モドキの初代浄滅隊を壊滅させた時の出来事で、倒れたススムはオレンジ色に発光してから姿を変えたらしい。
足元を見ると、変わった形の銃みたいな物体。直ぐ傍に割れた小さな容器。先端には針が付いている。容器の欠片には見覚えがあった。
「あ、さっきのあれって、アンプル弾だったのか」
そうか……と、ススムは静かに納得した。
「大木!」
「大丈夫か!」
そこへ柴崎達が駆け付けて来た。怪我人の回収と病院への搬送は順調に進んでいるようだ。
「ええ、何とか追い返しました。多分もう来ないと思いますけど」
「お前、何か光ってるぞ」
「みたいですね。危ないかもしれないんで、今日はこれで帰ります」
血管を発光させているススムの姿に、彼等は戸惑った様子を見せる。ススムは、今夜はもう襲撃も無いと思うので、これで引き揚げる旨を告げた。
「あ、ああ、分かった。後は俺達で何とかするよ」
「それじゃ、お疲れ様です」
普段通りの軽い挨拶をして、ススムは帰宅の途に就いた。
身体はまだ人の形を保っている。少しふらつきながら自宅マンションの部屋に帰って来たススムは、とりあえず服を脱いで鏡の前に立ってみた。
「うーむ」
全身の血管が発光している。およそ二ヶ月半前、この崩壊した世界で目覚めて鏡の前に立った時は、変色した肌に黒い血管という気味の悪い姿を見る事になった。青紫の変色肌には見慣れたが、光る血管は何だかますます生き物離れしてきた気がする。
あのアンプル弾は、身体には刺さらなかったようだが、霧状になったモノを吸い込んだ影響なのかもしれない。
まだ世界が完全に復興するところを見ていないけれど、これで活動が終わるなら、それはそれでいいかと思うススム。
(元々やるべき事を果たしたら、自分に血清を打って終わらせるつもりだったし、小学校も病院も、もう大丈夫だろう)
一人頷き納得すると、鏡に映る怪物も頷いた。全裸のまま寝室に行く。ベッドにビニールシーツを被せて、その上に横たわる。
復興後、誰かがこの部屋を調べに来て自分の亡骸を見つけた時、運びやすいように考慮した。
「ふぅ~、しばらくぶりに横になるな」
もう、休んでも良いんだよな? 誰にともなく問い掛け、深く息を吐いたススムは、全身が流動するように変化していくのを感じながら、静かに目を閉じた。
浄滅隊の夜襲騒ぎがあってから三日後。遂にこの地方にも自衛隊機が飛来し、対不死病浄化剤が散布された。
約一週間に渡って、事前の散布勧告と避難警告、発症者誘導、そして浄化剤散布が行われ、埠頭のあるこの地区一帯から屋外の発症者は全て処理された。
近く、政府から公式に復興部隊が派遣される事になっている。
その間、病院側にも小学校側にも、ススムが姿を見せる事は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます