第二十九話:夜襲


 病院までひとっ走りしたススムは、病院側の幹部クラスに当たる医師達に自警団側の事情を話し、緊急会議への参加を提案した。ススムが十分な信頼を得ていた事もあり、提案は即座に了承された。


「小学校の会議室を使おうかって事になってますが、いいですか?」

「ああ、構わないよ」


 問題の舞台にもなり得る小学校で話した方が、会議中に何かあった場合も対処し易い。

 ススムが護衛して病院側の代表三人を小学校まで案内する。若い医師と年配の医師の三人を連れて病院の敷地外へ出た。

 この付近の発症者は遠くに移動させてあるので、もうほとんど危険は無い。


「じゃあ、行きましょう」

「うむ、よろしく頼む」


 病院と小学校は距離自体はさほど離れていない。校門前までの順路を普通に歩けば十分ほど掛かってしまうが、道路を横断して通学路からグラウンドを横切れば五分と掛からない位置にある。

 校庭の焚き木を目指して真っ暗なグラウンドを進み、二階の職員室前に繋がるバルコニーの階段を上がる。

 二階の入り口から校舎内に入ると、柴崎達に出迎えられた。


「よく来たな。歓迎する」

「建設的な話し合いが出来る事を期待しますよ」


 挨拶もそこそこに、自警団のリーダー達と握手を交わした病院側の代表達は、そのまま会議室へと案内される。

 小学校の暗い廊下を行く自警団幹部と病院側の代表医師。それにススム。この時間は大体皆就寝しているので、校舎内は静まり返っていた。


 大多数の避難民達は、それぞれ課せられた役割に応じて割り当てられた教室に寝泊まりしており、重労働に従事している者ほど大きい教室で広いスペースを与えられている。

 電気は極力節約されていて、冷蔵庫とか食料保存に重要な家電にのみ使っているようだ。発電設備と蓄電器を増設していけば、もう少し余裕のある使い方が出来るようになるだろう。


 やがて会議室で向かい合うススム達。今回話し合う内容は、今後、野木病院が武力行使を仕掛けて来た場合の対処法について。

 小学校には武装自警団の戦闘員が居て僅かながら飛び道具もあるので、ある程度の戦闘にも対応出来る。しかし、医療の専門家や怪我の処置を出来る者が少ない。

 病院側は逆に、専門の戦闘部隊が存在しない。代わりに医療の専門家だらけなので、互いに協力し合えば、かなり強固な組織として運営できる。


 以前までは病院側を傘下に置こうとしていた自警団、柴崎は、今は対等な立場で協力関係を結びたいと申し出た。

 これに関しては病院側も断る理由は無く、今後協力体制が取られる事が早々に決まった。


「協力内容の細かい部分はまた追々おいおい決めていくとして、まずは野木病院に対する備えだな」


 実際に野木病院側が乗っ取りを仕掛けて来ると決まった訳ではないが、既に地元の病院は血清を奪われるという被害に遭っている。ススムの話に聞く限り、ススム自身や中洲地区の里羽田病院も浄滅隊の被害に遭っているのだ。何も仕掛けて来ないと考えるには、いささか前科があり過ぎる。


「向こうがどういう手を使って来るか、だな」

「病院側には、血清を使った不死病の治療法を話し合いたいと言って入り込んだんだったな?」


 福部が情報の確認に問うと、若い医師がその時の事を答える。


「ああ、少人数だったとは言え、武装集団相手に非武装の我々ではどうにもならなくてね」

「ふむ……俺達の方も戦闘員が居るとは言え、大多数の避難民を人質に取られるとマズいな」


 とりあえずは、内部に入り込まれる事だけは最優先で阻止しようという認識で一致する。問題は、調達活動や物資運搬など、野外で活動しているグループが狙われたりする可能性。


「外からじわじわ削りに来た場合か……」

「まあ、いきなり本命を攻めるよりも、その手足から潰していく方が安全で確実だしな」


 野外で活動するのは、それなりに経験豊富で戦う力も持った人材に限られる。そういった貴重な人材が失われれば、避難所の防御力は著しく損なわれ、物資不足にも陥る事になる。


「外回りのグループには、常に十分な戦闘員を護衛に付ける事で対処するしかないか」


 現在は若手を育てる目的でベテラン二人に新人三人、そこそこ経験のある者をベテランの補佐に二人ほど加えた編成で一つのグループとしている。今後は安全を優先して、二つのグループを統合した体制で運営する方針が考えられた。

 自警団が調達した物資は病院側にも回され、病院からは常時医師を派遣して、小学校の避難民と自警団員の健康面を補佐する。特に、今小学校側でも問題の中心になりつつある慰安係に関しては、免疫検査をはじめ健康診断が必須と言える。


 きちんと話し合ってみれば、いとも簡単に合理的な協力体制が構築された。互いの管理体制に大きな方針の違いはあれど、これなら復興までの道のりも共に助け合っていけるだろう。


「やはり、崩壊後の混乱期に衝突した事が思考の枷になっていたんだろうな」

「確かに、今なら不幸な擦れ違いだったと言えますな」


 混乱最初期の調達活動で双方に怪我人を出した事から、互いに反目する事になった武装自警団と地元病院は、ススムの橋渡しと外部から迫る共通の脅威野木病院という存在によって和解が成立した。


 復興を前にして良い流れが出来ている。両代表が現状の認識を共有し、互いに対する緊張を和らげていたその時――


「柴崎さん! 福部さん! た、大変です!」


「どうした」

「何があったか落ち着いて話せ」


 酷く慌てた様子で会議室に飛び込んで来た若い自警団員に、柴崎と福部が冷静に問う。


「校門で見張りが……っ 仲間が撃たれました!」


 ハッと顔を見合わせる柴崎達と病院の代表。報せに来た若い自警団員の話によると、突然門番がボルト矢で撃たれて倒れ、助けに駆け付けた自警団戦闘員や、避難民の運搬係も撃たれたという。

 しかも、撃たれた者の傷口からは皮膚が変色し始める感染反応が出ているらしい。その報告内容にはススムが反応した。


「っ! それ、A.N.Tの手口だ」


 矢に発症者の体液を塗り付け、撃たれた者を発症者にしてしまう。A.N.Tが攻撃対象の殲滅のみならず、味方を服従させる為の脅迫アイテムとしても使っていた事を説明する。


「そんな凶悪な事を……」

「最悪だな……」


 言葉を失う面々に、ススムは不死病の毒矢で撃たれた人達が血清を使った治療を受けた事で、何とか助かった例を都心の大学病院で見て来たと告げ、医師達に治療を訴える。


「わかった、病院に収容して今ある分の血清を使ってみよう」


「しかし、現在いまは襲撃の真っ最中なんだろう?」

「こんなに早く来るとは思わなかったが、毒矢で狙ってるとなると、危なくて外に出られないぞ」


 撃たれた者の回収もままならないのではないかと危惧する柴崎と福部に、ススムは立ち上がりながら答えた。


「俺が行きます」




 一方、小学校の校門を見渡せる物陰に潜んで、自警団の出方を覗っている襲撃者。


「やはりな……対人戦闘は経験が無いのだろう。隙だらけな上にまともな反撃さえしてこない」


 井堀達『浄滅隊』は、今日の襲撃の為に野木病院から大量の物資を持ち込み、多くの兵を動員していた。夜襲を仕掛けて反応を確かめた井堀は、先日までの視察で感じていた通り、自警団は大半が素人だと看破する。


「一気に行きますか?」

「いや、このままもう少し様子を見てから突入しよう」


 部下の問いにそう答える井堀。自警団の幹部を根こそぎ処分して、避難民達に我々が新しい支配者だと発表する。反撥する者はその場で射殺して見せれば、迅速に支配を浸透させられるだろう。


「おっと、また一人……無防備な奴が出て来ましたね」

「手ぶらでノコノコ表れるとは、自警団側はよほど混乱していると見える」


 井堀は、作業員っぽい恰好でマスクを付けたその若者の足を狙って、クロスボウを撃たせた。パシュンという発射音を立てて飛んで行った矢は、目標の左足に当たって跳ねた。


「うん? 弾かれた」


 服の下にプロテクターでも装着しているのだろうかと、井堀が部下に次の矢を撃つよう指示しようとしたその時、件の作業着の若者は、二メートル以上はある校門を飛び越えて外に出て来た。


「何だ、今の跳躍力は」

「っ! まさか、適応者か?」


 井堀の脳裏に、一瞬、A.N.Tを壊滅させたあの異常適応者の事が浮かぶ。が、あんなのがそうそう何人も居てたまるかと頭を振る。


(奴の前に遭遇した強化人間クラスの適応者なら、今日揃えて来た装備でも対処出来るはずだ)


 先日の視察で自警団が保有する戦力を調べた時は、適応者の存在は確認されなかった。しかし、切り札として隠し玉にしておいた可能性は十分考えられる。井堀がそんな推察をしていたその時、校舎の二階から投光器が向けられた。


(電気の使用は極力節約していたようだが、流石にこの事態で出し惜しみは出来ないか)


 校門の周辺が投光器に照らし出される。校門前を走る道路を挟んで、反対側の街路樹や放置車の陰に潜んでいる井堀達は、少し眩しそうに手を翳した。投光器の光は、作業着姿の適応者の容姿も明らかにする。その姿を確認した井堀は、思わず声を漏らした。


「なっ!? そんな馬鹿な……!」


 なぜあの化け物がここに居る! 心の中でそれだけ叫んだ井堀は、直ちに撤退を決断した。


「撤退っ、撤退だ!」

「え、いいんですか?」


 井堀の直属として就いている二人の部下は、今夜の襲撃作戦には野木病院の戦力の約半数と、大量の物資も投入している事を挙げて問い質す。


「大した戦果も挙げずに帰ると、野木院長に叱られますよ?」

「そんな場合じゃない。奴は不死身の化け物だ、戦ったら確実に死ぬぞ」


「そんなにヤバい奴なんですか?」

「一斉攻撃で何とかなりませんかね」


 井堀と共に野木病院に入った元A.N.Tの部下達は、ススムの事を知っているので黙って撤退命令に従っている。

 だが、それ以外の浄滅隊員達は井堀の決定に不満を訴えた。井堀は、具体的な脅威を語って撤退を促す。


「お前ら、素手で大型バスを振り回すような化け物を相手に出来るのか?」


「なんですかそれは」

「怪獣じゃあるまいし」


 どこか胡散臭げな様子で冗談ぽく返す部下達に、井堀は「冗談ではない」と至極真面目に答える。確か、初代の浄滅隊も奴に潰されていたはずだ、と。


「この地区は駄目だ。今後手を出さないよう俺から院長に進言する」


 それで野木院長が理解しなければ、見限って他所へ行くとまで内心で決意している井堀。そんな彼等の行く手を阻むように、前方にススムが降って来た。

 井堀達の頭上を跳躍して飛び越えたのだ。


「やっぱり見た事ある顔だ、あんたA.N.Tの残党だろ」


「ま、まてっ、俺はもうA.N.Tは抜けたし、今も撤退を決めたところだ! この地区には手を出さ無いよう野木院長にも進言する!」


 まるで命乞いのように捲し立てる井堀隊長に、浄滅隊員達は驚いた表情を向ける。


「悪いけど、もう被害者出てるし……ショッピングモールの運搬チームとか襲撃した時点でアウトだから」


 ススムが「ここで逃がすつもりは無い」と宣言すると、井堀は見るからに青褪めた。井堀直属の浄滅隊員の二人は、互いに目配せし合うと、井堀隊長を励ますように言った。


「隊長! やりましょうっ」

「我々の武器なら殺れますよ!」


 威力増し増しの改造クロスボウを構えて鼓舞する浄滅隊員達。しかし、ススムの力を知っている井堀は、首を縦に振らない。


「無理だ! やめておけっ」


 戦うのは無謀だと促して、どうにか生き延びようとする井堀。そんな彼の態度を、臆病風に吹かれたと判断した直属の部下二人は、井堀の罷免を決定した。


「……ちっ、傭兵だとか売り込んでおいて、たかが適応者一匹にヘタれるとは」

「現時点をもって、貴様を我々の隊長から罷免する」


「好きにしろ、俺は逃げ――」


 ガスン


「逃がす訳ねーだろ、臆病者が」


 一瞬の出来事。井堀の眉間に、ボルト矢が突き刺さっていた。


「……ば……かが……」


 あっけなく倒れ臥す元A.N.T突撃隊長の井堀。


「ちょ……何やってんだ、あんた等」


 ススムは、いきなり仲間割れを始めた彼等に戸惑いを露にする。


(いや、逃がすつもりは無いとか言ったけどさ……)


 ここまで全力で逃げようとしている相手を、追い詰めて潰そうとまでは考えていなかった。

 世界が復興してから司法に委ねるという手だってあるし、そっちの方が混乱した世界で好き勝手やっていた人間にとっては堪えるだろうという考えもあった。


(さっきまで『隊長』とか呼んでたのに、いきなり撃つとか……)


 あまりに酷い手の平返しに、ススムはただただ驚く。


 実は、井堀を撃った浄滅隊員は以前から野木病院に所属していた施設警備員で、井堀の指揮下に置かれながらも、彼の行動を監視する役割も担っていたのだ。


「お前らも戦列に戻れ!」


 井堀に付いて野木病院入りした元A.N.T隊員達も、指揮権を継いだ浄滅隊の臨時指揮官にクロスボウを向けられて、戦闘態勢を取らされる。


 小学校に夜襲を仕掛けて来た浄滅隊の総数およそ四十人が、道路の交差点でススムを取り囲んだ。

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