第二十八話:集束する因果
ススムが病院の立て直しに着手してから数日。施設内の安全も確保された事で、病院の避難所としての機能は回復し、すっかり安定している。食料もこの前運び込んだ分と病院の備蓄分で余裕が出来た。
そして、12月を目前にしたある日から、今までうんともすんとも言わなかった防災無線より、度々政府の復興活動に関する情報が流れるようになった。
不死病の全国浄化作戦が段階的に説明されていて、政府は防災無線を通して生存者に行動の指示を出しているようだ。散布中やその前後には絶対外に出ないようにと、警告のビラなども撒かれているらしい。
浄化の済んだ地域からも情報が届いており、その内容を纏めると、まず予め対象地域には自衛隊機が飛来して、対不死病浄化剤を散布する旨がアナウンスされる。
その後、先行機が音を発するデコイを投下して発症者を開けた場所に集め、後続機がAtlas科学研究所で作られた対不死病浄化剤を散布するという流れらしい。
浄化剤を浴びた屋外の発症者は、溶けるように崩壊して黒い塊になるそうだ。
不死病ウィルスは、浄化剤によって死滅すると黒く変色する。その為、一時的に町中が黒く煤けた状態になるという。
ウィルスは感染者や発症者の近くに限らず、町中のいたるところに付着していて、それらが黒い染みになって表れるので、予想以上の広範囲に蔓延していた事が明らかになった。
同時に、空気感染を始め、感染者との接触以外の感染率は本当に低いという事が証明された。
いよいよ復興が現実のものになるという実感が伴い、人々の期待も膨らんでいく。
活気を取り戻していた病院の避難所は、この町の浄化に向けて新たな運営方針も打ち出しており、復興後を見据えた活動で熱気に包まれていた。
(この分なら、コンテナの巨大バリケードは必要なさそうだな)
ススムは、廊下でリハビリをする患者や、ロビーに設けられた遊戯場で遊ぶ子供達。点滴袋を下げたスタンドを引きながらうろつく元気な高齢者など、まるで崩壊前のような病院内の光景を見渡してそう判断する。
「それじゃあ今日から小学校の方に取り掛かります」
「ああ、向こうの事もよろしく頼むよ」
以前まではあからさまに表れていた、病院側の武装自警団に対する敵愾心は、このところすっかり鳴りをひそめている。生活が安定すると、心にも余裕が生まれるという事なのかもしれない。ススムはそんな風に思った。
この日の昼頃。ススムは機材を持って小学校を訪れた。校門のところに四人ほどの見張りが居たので声を掛けると、その内の二人が若干狼狽える様な反応を見せた。
どうやら先日のショッピングセンター前で遭遇した、あのグループの中に居たらしい。ススムがリーダーの柴崎と揉めているところや、車を放り投げたところも見ていたようだ。
「な、何しに来たんだ!」
「設置する無線機とか機材持って来たんですが」
ススムは、先日の別れ際に『また後日ここを訪れる』と予告していた事を指摘する。
「あれ、そうだっけ?」
「そうですよ?」
車両投擲が衝撃的過ぎて、その後のやりとりはよく見ていなかったそうな。とりあえず、上に取り次いで貰えるよう頼む。
すると、ものの数分で自警団の中でも偉い立場にある人に出迎えられた。小学校側でも防災無線は聞いていたらしく、ススムの話が本当だった事が証明された。
それで、上の人達はススムが訪れるのを待っていたらしい。
通常なら一人で運ぶには無理がある量の機材を担いで、小学校の廊下を行くススム。校舎内は特に殺伐とした様子は無く、至って普通の雰囲気だった。
先導するのはサブリーダーの福部とベテランの倉田。偶々居合わせたクロスボウの稲生。それにもう一人、
この人は以前ススムが遠征の際に訪れた、中洲地区の歩道橋の上に陣取っていたグループのリーダーで、ススムにビル街の歩き方を教えてくれた人である。あの時、ススムが『神衰懐』のアジトビルから助け出した女性達と同じグループでもあり、実は学校の教師だったようだ。
「無事に到着してたみたいで何よりです」
「君のおかげでここまでスムーズに来られたからね。あと、水樹川先生達の事もありがとう」
無線機を設置する部屋までの道すがら、ススムは熊谷にこの避難所での生活について訊ねた。
熊谷先生は教師として割とうまくやっているようだが、一緒に避難して来た他の仲間達には少し問題も起きているという。
水樹川先生を筆頭に、慰安係に所属する事を強く拒否する女性グループが結束して、廃止を求める声を上げる活動をしているとか。
賛同者も少なくは無いのだが、慰安係をやっている一部の女性グループからは逆に批判をされて対立化を引き起こしており、その事で少々避難所内での立場を悪くしているらしい。
「自警団の主要メンバーに女性が居ない事もあって、色々拗れててねぇ」
「あー……」
確かにそれは厄介そうだと肩を竦めるススム。二人の会話を聞いていた福部が「今後大きな問題になりそうで、割と頭の痛いところだ」と、補足した。
そんな話をしているところへ、件の女性グループが通り掛かった。
「あら熊谷先生、皆さんとどちらへ?」
「ああ、水樹川先生。例の彼が訪ねて来たんですよ」
熊谷が荷物タワーと化しているススムを指すと、初め訝し気に小首を傾げていた水樹川は、荷物タワー人間を横から覗き込んでその姿にハッとなった。
「え……? ああっ、本当に!」
荷物の過積載状態なススムは前からでは顔が見えず、気付かなかったらしい。ちなみに、ススムは荷物の隙間から前方を確認している。
「あの時は、助けて頂いたのに満足にお礼も言えず、すみませんでした。本当にありがとうございました。お陰で生徒共々ここまで来る事が出来ました……あの、その荷物、大丈夫なんですか?」
「いえいえ、大丈夫ですんでお構いなく」
改めて丁寧にお礼を言われつつ、大荷物を心配されたりしつつ、ススムは元気そうで何よりですと返しておく。
生徒達を護るために身体を張っていた人だけに、なかなか意志は強そうだ。彼女達の避難所内での活動については、特に言及はしなかった。
(まあ、俺が何か言う事でもないしな)
福部の懸念する通り、今後復興してから大きな問題になりそうではあったが。
その後、無線機を置く部屋に機材を運び込んだススムは、福部や倉田、稲生、熊谷達と協力して配線を引いたりアンテナを立てたりと作業を進め、無事に無線機の設置を済ませた。
電源も確保してスイッチオン。通信テストに地元の病院側と繋いでみる。
「こちら小学校の避難所です。総合病院さん、聞こえますかー」
『こちら総合病院。大木君かい?』
後ろで福部達が「おお~」とか感心している。
「そうです。ちゃんと繋がってるみたいですね」
『ああ、しっかり届いてるよ。設置作業お疲れ様だったね』
通信テストも問題無く、これにて小学校への無線機設置も完了した。今後は地元の避難所同士、無線で情報の共有や緊急時の連絡も安全かつ迅速に行えるようになる。
後は簡単な使い方や周波数について説明しておく。そこへ、柴崎達が外回りから帰って来た。
「こんちゃー」
「設置はもう終わっていたのか……丁度いい」
柴崎は、ススムに話があると言って別室に来るよう促した。福部も一緒だ。部屋の片付けなど残りの細かい作業は稲生と熊谷に任せ、ススム達は無線室を後にした。
自警団の主要メンバーしか入れない、校長室を改装した指令室にて。ススムはテーブルを挟んだソファーで柴崎達と向かい合う。
柴崎は、福部に『あの話をする』と言う意味の目配せをすると、おもむろに訊ねた。
「"野木病院"とか"浄滅隊"に聞き覚えは無いか?」
「ありますよ。というか、ここでその名を聞くとは思いませんでした」
「ふむ……実は先日、その野木病院の使者を名乗る浄滅隊という連中が、うちと提携を組みたいと訪ねて来てな。色々話し合ったんだが、少し引っ掛かる事があったんだ」
柴崎の話によると、以前、地元の病院側から『血清を奪ったのはそちらの差し金か』という問い合わせをされた事がある。
その時は、何だかよく分からない言い掛かりを付けられたと思っていたが、病院側の訴えの中で、血清を奪った者達が『野木病院の使者』を名乗っていたらしい事を思い出した。
「それで返答を保留にして、お前が来たら野木病院について何か知っているか、訊いてみようと思っていたんだ」
「それ、保留にしといて正解ですよ」
ススムは、野木病院と浄滅隊の性質の悪さに触れ、あそことは関わり合いにならない方が良いと勧める。
「やはりそうか。また後日、来る事にはなっているが……追い返した方が良さそうだな」
「ちなみに、どんな事を話し合ったんですか?」
「ああ、
福部が、その時の会話の概要や、浄滅隊のリーダーが挙げた野木病院側の支援内容を説明した。医師や傭兵を派遣する準備があり、食料その他の物資にも余裕があると言っていたらしい。
「……」
何か引っ掛かるススム。あの選民意識に染まった超排外主義集団が、わざわざ隣町の避難所に支援を申し出てまで提携を結ぼうとするだろうか。しかも、同じ地区の病院からは血清の略奪までやらかしているというのに。
「あ……もしかして、戦闘員の人数とか、組織の概要も教えました?」
「ああ、提携に必要な情報だろうからって」
何となく野木病院側の意図が読めて来たススムは、ここでA.N.Tの話を切り出した。都心部では、避難所を武装集団が襲撃する等という事件も起きていた。
A.N.Tの目的は、都心部最大の避難所であるショッピングモールを乗っ取って、自分達の本部として使うつもりだったらしい事など。
「もしかしたら、ここを乗っ取るつもりなのかもしれませんね」
傭兵の派遣とは、実は応援の兵を送るのではなく、攻撃の兵を送り込むつもりなのかもしれない。そこまでの隠れた意味を込めた言葉では無かったにせよ、野木病院側は
その可能性は考えていなかったと、柴崎は衝撃を受けている。
「俺も思っていたより平和ボケしていたようだ」
確かに弱肉強食的な信条を持ってはいたが、まさか避難所を武力支配して勢力拡大を計ろうなんて考える輩が居るとは思わなかったと、柴崎は思考の脇が甘くなっていた事を反省する。
この小学校の避難所は、柴崎達自警団の独裁と言ってもよい体制なので、首のすげ替えで簡単に乗っ取りが出来るのだ。
「備えが必要かも」
「ああ、その通りだな」
ススムの進言に大きく頷いて同意した柴崎は、改めてススムに向き直ると、堂々とした態度で言った。
「大木」
「はい?」
「お前が正しかった。先日の非礼を詫びる」
「いえいえ」
そんなこんなでスピード和解したススム達は、今夜にでも地元総合病院側との会議の席を設け、野木病院が仕掛けて来た場合の対策を話し合う事が決まった。
無線を傍受される懸念も考慮し、両者の代表が直に会って意見を交換する。
「お前も出席してくれると助かる」
「勿論、協力しますよ」
不死の交渉人、始動。
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