*第二十七話:裏話・燻りの選択


 最近の柴崎は、避難所運営がジリ貧になりつつある現状に焦りを募らせていた。物資不足の事もあるが、避難民が増えるにつれて不満の解消が難しくなって来た。

 このまま柴崎一人に全ての判断を任せるのは負担になる。そう思って度々幹部会の設置を進言しているが、柴崎は頑なに首を縦に振らない。

 ボーイスカウトのインストラクターをやっていた頃から、頑固なところは変わらんな。


 今回、ショッピングセンターの未探索エリアを調査に踏み切ったのは、組織の引き締めを狙う意図が強かった。

 すっかりルーチン化して緊張感も薄れている現在の調達活動では、十分な量の物資を確保出来ないばかりでなく、今後食料が手に入らなくなるかもしれないという危機感さえ失い始めている。

 緩んだ意識に対しては、いくら口で説明してもなかなか理解し難い。

 そこで、精鋭戦闘員を引き連れ、場合によっては数日間に渡って発症者を殲滅しながらの探索を決行し、それでいて空振りに終わるかもしれないテコ入れ調達活動を計画していたのだ。


「福部さん、運搬用の台車が来ました」

「よし、じゃあ運び出すか」


 倉田のグループに所属する稲生という若者。以前は何をするにも、どこか他人事のような雰囲気があったが、例の団地での一件以来、自分の行動に責任感を持つようになったようだ。

 彼に成長の切っ掛けを与えた人物は、俺達に貴重な情報と大量の物資をもたらせてくれた。


(確か、大木 進と名乗っていたな)


 車を持ち上げて投げ飛ばした時は、流石に夢でも見ているのかと思ったが。

 適応者とか言うとんでもない力を手に入れたあの異常感染者は、恐らくこの町で誰よりもお人好しの常識人なんじゃないかと思えてくる。


 柴崎は、彼に対して珍しく軽率な判断をした。恐らく、彼に先を越された上に病院側が立て直していると聞いて、さらに焦りを覚えた結果、強引な手段に出ようとしたのだろう。


「積み込み第二陣、出発します!」

「ああ、台車の車輪を鳴らし過ぎないように気を付けてな」


 当分は安心出来る量の物資は手に入った。今までほとんど得る機会の無かった、外部の色々な情報も得られた事で、自警団構成員の意識を引き締める効果もあった。

 しかし、柴崎の焦りは消えないようだ。


「柴崎、撤収の合図を」

「ん? ああ、そうだな……引き揚げるか」


 柴崎は『純粋な力こそ正義』を信条にここまで避難所と組織を纏めて来た。

 実際に、彼の信条と主義主張に異議を唱える相手とは何度も拳を交えて、その都度退けて現状を勝ち取って来たのだ。

 死体が徘徊する無法地帯となったこの世界で、人々の生活圏を護り、秩序を維持していくには、それが唯一の正解だと信じていた。しかし、圧倒的な力の差を見せつけた『適応者・大木 進』にソレを否定された事で、アイデンティティが揺らいでいるのかもしれない。


(しかしまあ、復興が近付いているのなら、ここらで路線を変えるのも一手かもしれん)


 柴崎のやり方は、あくまで無法地帯と化した世界で生き抜くための、手段としての選択の一つだ。行政が回復し、秩序ある社会が復興するのなら、崩壊前の法を基準にした方針に切り替えるべきだろう。その方が、復興後の社会復帰もスムーズに出来るというもの。


「なあ柴崎、帰ったら少し話さないか?」

「大事な話か? 幹部会の事だったら――」


「それもあるが、復興に向けた俺達の今後の方針についてだよ」

「……まだ、確実と決まったわけじゃない」


 変に希望を持たせてヌカ喜びさせると、避難民の不満はさらに加速すると柴崎は語る。まあその懸念も否定出来ないところではある。


(柴崎の心情も考慮するなら、ここは大木君が無線の機材を持って、小学校を訪ねて来てくれるまで待つのが得策かもしれんな)


 帰還の道中、いつもより口数の少ない柴崎の背中を見ながら、俺はそう判断した。



 小学校に戻ると、留守を任されていた者達から客人の集団が来ているという報せを受けた。


「また新しい入所希望者か?」

「今はもう余裕が無いのだが……」


 俺と柴崎が面会に乗り気でない事を示すと、留守役は客人集団について、隣町の避難所病院からの使者を名乗っていると言う。どうやら避難民では無いらしい。


「どう見ても武装集団って感じの連中ですよ」

「武装集団?」


 柴崎と顔を見合わせる。ふと、脳裏に大木君の言っていた「厄介な武装集団の存在」が浮かんだが、ここでの言及は避けた。今朝の事もあるので、今はタイミングが悪い。 


 支援要請などには応じられないが、とりあえず会うだけ会ってみるかと、その客人集団を待たせている別室へ向かう。念の為、播本と倉田も同室させて、稲生を外に立たせた。


 部屋に入ると、カーキ柄の戦闘服っぽい服装をした六人ほどの集団がソファーに座って待っていた。彼等のリーダーらしき男が立ち上がって挨拶をして来る。


「お初にお目に掛かる。我々は野木総合病院所属、施設警備隊『浄滅隊じょうめつたい』です。自分は隊長の井堀いほりといいます」


「浄滅隊?」


 彼等は、俺達自警団と隣町にある野木総合病院との提携を申し出て来た。


「我々には、医師と傭兵を派遣する準備があります。食料その他の物資にも余裕があります」

「なぜ俺達との提携を望む?」


 病院なら病院同士の方が良いのでは無いかという疑問に対して、彼等は自分達のトップである野木院長が敷く運営方針を語り、ここの方針との相性の良さを謳った。


「野木院長は、正しい指導者による支配と先導こそが、人々を安全な環境に導く理想的な体制であると考えています。貴殿らとなら、その体制を拡大して行ける」


 俺にはどうも胡散臭く感じるが……柴崎は彼等をどう判断するのだろうか?

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