第二十話:怪物


 ショッピングモールと大学病院を繋ぐ連絡通路を渡っていた浅川達は、病院に迫るA.N.T部隊に運搬用のフォークリフトが突っ込んで行く光景を見た。


「あれって、敵の足止めをしてる?」

「これなら間に合う、急ごう!」


 応援チームが病院の防衛に加わるまでに、一階の封鎖は突破されていたかもしれないタイミングだったが、フォークリフトの乱入でA.N.T部隊の動きが止まった。今の内に防衛チームと合流して防備を固めれば、一階への侵入も防げそうだと小丹枝が推測する。


「行くぞ」

「……」


 前方に突き出た爪を駆使してA.N.T部隊と対峙するフォークリフトは、その場で旋回して足を払ったり、直接車体で体当たりして跳ね飛ばすなど大暴れしている。

 その様子をボーと見詰めていた浅川に、小丹枝が声を掛けた。


「浅川、今は防衛の事だけを考えろ」

「う、うん、ごめん」


 先程の、ススムがA.N.Tの部隊諸共、戦車砲で吹き飛ばされた事に対する動揺が抜けきらないでいた浅川を、小丹枝が励ます。流石に「彼は大丈夫だ」などとは言えないが、今はやるべき事に最善を尽くす時だ、と。

 浅川もそれで持ち直し、従来のリーダー気質を発揮する。病院に配備されていた防衛チームとの合流を果たして一階のバリケードを護れる防衛位置に付いた浅川達は、フォークリフトとA.N.T部隊の攻防をバリケード越しに見守りながら待機していた。


「誰が運転してるんだろう?」


 件の運転手に無線で呼び掛けたが応答は無く、また、どのチームからも駐車場に出たメンバーは居ないとの返答があったので、避難所の人間では無いようだ。

 その時、双眼鏡で観察していた八重田が、ある特徴に気付いて報告する。


「あの人、大木さんと同じ皮膚の変色が見えます」

「えっ、それって……」


 以前、ススムがA.N.Tのアジトに斥候で向かった夜、攫われた女性由紀を早く助けたい理由が語られた事がある。

 あの時は詳しい説明が省かれていたが、その後の発症者隔離活動の中で、浅川はススムから、彼以外にも同じような状態にあるという『適応者』の存在を聞いていた。

 今フォークリフトを動かしている若い男は、その特徴にも合致する。謎の助っ人に浅川達が顔を見合わせていた頃。



 磯谷部隊の突入を援護していた井堀から、思わぬ妨害者によって作戦に遅れが生じているとの報告が坂城に上がっていた。


「適応者がもう一匹居たか……以前、巡回中に見た奴だな」


 確か、『神衰懐』とか名乗っていたガキ共だ。井堀から特徴を聞いた坂城は、そう呟いて対処すべく指示を出す。


「磯谷の突入を優先しろ、その適応者はこちらで処理する」


 ブルドーザーと機動戦闘車、そしてワゴン車で待機する本隊にもそれぞれ指示を出して、突入の準備をさせた。



 一部崩れたバリケードにブルドーザーが突っ込み、ワゴン車からフル装備の本隊が降りて来て整列を始める。

 フォークリフトを駆使してA.N.Tの病院突入を阻止していた篠口は、その動きに舌打ちする。


「チッ、先にバリケードの穴を塞がねぇと――」


 こっちの部隊は、半分は跳ね飛ばしたりして潰した。後は避難所の連中でどうにかなるだろう。篠口はそう判断すると、病院の一階入り口を固めるバリケードの向こう側から、様子を覗っている人影に向かって叫んだ。


「おいっ、俺はバリケードの穴塞ぎに行くぞ!」


「分かった! 後は何とかする!」

「ありがとう、助かったわ!」


 避難所側からのそんな返答に、篠口は一瞬呆けた表情を浮かべる。


「……へっ」


 だが直ぐに顔を背けて鼻を鳴らした。


("ありがとう感謝"か……そういうのも悪くねぇ)


 レバーを入れ、ハンドルを回してアクセルを踏む。その場で一度大きく旋回し、A.N.T部隊を威嚇してから正面のバリケードに向かった。


(まずはあのブルを何とかしねえと。このフォークは大型だが、あれを持ち上げて引っ繰り返すのは無理だ)


 何か無いかと周辺を見渡す。ブルドーザーが破壊しているバリケードはフェンスを組み合わせた部分で、その横に並ぶコンテナの部分は健在だ。


「それなら……」


 ゴオォというエンジン音を響かせながらバリケード前までフォークリフトを走らせた篠口は、慣れた操作で爪の幅を調節し、二段重ねコンテナの上半分に爪を入れる。それを高く持ち上げながらブルドーザーに向き直った。

 篠口の意図に気付いたブルドーザーが慌てて後退するが、舗装された路上ではタイヤを履いているフォークリフトの方が早いし小回りも効く。


「これでもくらえ!」


 猛然と突進して行き、衝突の直前で急ブレーキ。重いコンテナを持ち上げたままそんな挙動をすればどうなるか。ジャックナイフの如く後輪が持ち上がって前方に傾くフォークリフト。

 ブルドーザーはブレードを持ち上げて防ごうとするが、高さが全く足りない。ショベルカーなら何とかなったかもしれないが。爪から滑り落ちたコンテナがブルドーザーの運転席を直撃した。

 装甲版を貼っていても、フレームの剛性まで補強されている訳では無かったので、ブルドーザーの運転席は落下して来たコンテナに押し潰された。


 その直後、機動戦闘車の主砲が火を噴いてフォークリフトが破壊される。間一髪、脱出した篠口は、爆風に煽られて地面に投げ出されながらも直ぐさま起き上がり、フェンスを拾ってA.N.Tの本隊に突撃した。

 工事現場用の黄色と黒のラインが入ったガードフェンスをブンブン振り回して蹴散らしに掛かる。


 一連の攻防を目撃した避難所防衛の武装チーム達は、浅川チームからの連絡でススム以外の適応者が助太刀に入っていると聞き、その人間離れした戦闘力に目を瞠る。


「やはり凄いな、適応者は……」

「ああ、これなら何とかなるかもしれない」



 改造エアガンに撃たれながらも、全く意に介さずフェンスで殴り掛かる篠口に対し、A.N.Tの部隊は包囲しつつ一定の距離を保つ。


「はっはあー! オモチャの銃なんて効かねぇぜ! まとめてかかって来やがれっ」


 そこへ、アサルトライフルを装備した坂城が現れた。


「出やがったな? てめぇには見覚えがあるぞ!」

「やはり貴様だったか」


 篠口は包囲しているA.N.T部隊に向かってフェンスを投げ付けると、坂城に向かって猛然と走り出した。


「てめぇをぶっ飛ばして部下共の仇を討ってやる!」

「悪いが、子供の遊びに付き合っている暇は無い」


 助走をつけてからのジャンピングストレート。四メートル近い距離を跳躍して殴りかかってくる篠口に対して、坂城はアサルトライフルを構えて引き金を引いた。


 タタタタタッという、明らかに改造エアガンとは異なる発砲音が響いて血飛沫が舞う。撃ち落とされた篠口が地面に転がった。


「ゴホ……ッ な、なんだぁ?」

「ふむ」


 血を吐いて這いつくばりながらも起き上がろうとする篠口。おもむろに近付いた坂城は、ブーツで篠口の顎を蹴り上げた。


「がはっ!」


 仰向けに倒れた篠口に、坂城はアサルトライフルを向ける。


「なるほど、丈夫に出来ているな」


 そのまま至近距離から乱射した。次々に着弾して砂煙に交じった血柱が上がり、その都度反動で篠口の身体が跳ねる。近くのA.N.T隊員が思わず首を竦めた。


「ゲホゴホッ て、めぇ……」


 そんな状態からでも尚起き上がろうとする篠口を、坂城は冷静に観察する。


「もう傷が治り始めているな」


 撃ち尽くしたマガジンを交換し、コッキングレバーを引く。


「頭を潰したら死ぬか?」


 篠口の額に銃口を向けた坂城がトドメを刺そうとしたその時――


「――っ!」


 ガンッという衝突音が響いて、坂城の手からアサルトライフルが弾き飛ばされた。地面に転がったアサルトライフルは、くの字に折れ曲がっている。

 骨折した指を抑えながら坂城が振り返ると、横転したバスの前に、片膝を付きながら投石した姿勢で睨み付けているススムの姿があった。



 ススムは、実は砲弾に弾き飛ばされてバスの側面から車内にまでめり込んでいた。衝撃でしばらく意識が混濁していたが、今し方回復したのだ。

 目が覚めて周囲を見渡せば、抉れた地面と散乱する肉片。そして、何故か地面に倒れて銃で撃たれている『篠口しのぐち しょう』の姿。

 状況はよく分からないが、ススムは一つ確かめておく事があった。A.N.Tの総司令、坂城を睨みつけながら問う。


「なあ、あんた……今さっき、味方ごと撃った?」

「……まだ生きていたか」


 驚きとも苦渋ともつかない表情で呟く坂城。


「答えろよ」

「ふん、味方などではない。あれは貴様を葬る為の舞台装置だ」


 坂城は「単なる捨て駒、消耗品の類だ」と、大袈裟な身振りで注意を引きつけつつ、インカムで機動戦闘車に指示を出す。


『機銃で撃て』

「そうか……あんたは、そういう奴なのか……」


 次の瞬間、機銃掃射によってススムの周囲に着弾の砂柱が上がる。


「ススム!?」


 思わず叫んだ篠口は、舞い上がった砂煙の向こうから、ギギ……という金属の軋む音が響くのを聞いた。

 漂う砂塵と白煙が晴れると、真っ直ぐ射貫くような視線で坂城を睨むススムが――


「あんた、人間じゃねーわ」


 ――そう告げて、静かにキレた。

 ギギギギという軋み音と共に、横転していた大型バスが動く。


「人間が相手じゃないんなら、こっちも自重無しだ」


 そこには、片腕で大型バスを持ち上げながら立ち上がるススムの姿があった。

 パラパラと部品や砂が零れ落ちる。持ち上げられたバスの陰に覆われて、黒い輪郭しか見えなくなったススムの鋭い眼光が、坂城をしっかり捉えていた。


「……!? 化け物か、貴様……!」


 これには流石の坂城も怯みを見せる。思わず後退る坂城に、ススムは一言、こう言い放つ。


「あんたがな」


 ゴオッという風圧をともなう風切り音を鳴らして、大型バスの巨体が坂城達に投げつけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る