第二十一話:悔恨


 宙を舞った大型バスの巨体が地響きを立てて落下する。咄嗟に前方へ身を投げ出し、車体を潜るように滑り込んだ坂城は辛うじて押し潰されずに済んだが、彼の護衛が二人巻き込まれた。


 ススムはさらにもう一台、大型バスのシャーシを掴むと、それを武器にして振り回し始めた。

 持ち上げてその場で一回転するだけで、A.N.Tのワゴン車や乗用車はバスの巨体に撥ね飛ばされて横転する。

 なにせ攻撃範囲がバスの全長10メートルと広いので、篠口を包囲する為に近くに居たA.N.Tの本隊も逃げきれず、ことごとく弾き飛ばされていた。


「ススム、お前……マジかよ……」


 篠口は唖然とした表情で呟きながら、その災害級の破壊力がA.N.T勢に叩きつけられる様を見つめていた。


 最初のバス投げを躱してから直ぐに逃げ出していた坂城は、高速道路の出入り口に停めてある自分の乗用車に駆け込むと、この危険地帯から脱出を図ろうとする。


「出せ! 早くこの場を離れるんだ!」


 機動戦闘車にも撤退命令を出して道を開けさせ、バックで高速に上がろうとしたが、突然ボンネットが大きく陥没して捲れ上がった。ススムがコブシ大の石を投げつけたのだ。爆発こそしないが、ススムの全力投石はちょっとした火砲を打ち込むのと同等の威力がある。

 さらに投げ付けられた石飛礫いしつぶてが、剥き出しになったエンジンルームを直撃した。ボンッと煙を吐いて動きが止まった車に向かって、大型バスが袈裟懸けに振り下ろされる。

 ガラスが砕けて弾け飛ぶ音に、車体のひしゃげる金属音。車の衝突事故のような轟音が響き渡り、坂城の乗った車は道路の壁と大型バスの残骸に挟まれた。

 車の後部から天井が斜めに押し潰されており、腕一本分ほど残ったフロントウインドウの隙間からは、白いエアバックがはみ出ている。


「くそっ、あの化け物め! 機動戦闘車を戻せ、そっちに乗り移るぞ!」


 後部座席に伏せていたお陰で天井と車体後部の圧壊に巻き込まれずに済んだ坂城は、インカムで指示を出しながら運転手をどやしつける。


「何をしている! 脱出だっ!」

「動けないんですよ!」


 運転手は座席に挟まって身動きが取れなくなっていた。エアバックが前面に広がってフロントウインドウの隙間を埋めており、運転席の足元からは煙が漂って来る。


「エアバックを閉じろっ、ナイフを使え!」


 エンジンルームからの出火で煙は徐々に増していき、僅かに残された車内の空間に充満し始める。車の左右はコンクリートの壁とバスの残骸に挟まれ、車体の後部と助手席側は完全に潰れているので、運転席側のフロントウインドウの隙間にしか出口は無い。

 煙はさらに増していく。焦る坂城は、運転手を強引にどかせようとする。傾いた座席を引っ張るが、潰れた天井が引っ掛かっているのでビクともしない。


「ええい、早くそこをどけ!」

「ですからっ、狭くて出られな――あががが」


「どけと言ってるだろうがああ!」


 血走った目をして激昂する坂城は、運転手の首にナイフを突き立て、切り裂いた。血を吐いて絶命した運転手を脇にどかし、フロントウィンドウの隙間から出ようとするが、狭過ぎて出られない。


「くそっ、火が! 誰かジャッキを持って来い!」


 潰れたフロントウインドウの隙間から腕だけ出して、外にいる部下に命令する。しかし、坂城の命令に応えられる部下は居ない。既にA.N.Tの本隊は壊滅しているのだ。


「おいっ、早く火をっ、ゴホゴホッ 煙が……残骸をどかせ!」


 坂城は隙間から出した腕をバタバタさせながら必死に叫ぶ。火が回り始めた残骸に、ススムがゆっくり近づいて行く。


「熱いっ 誰かここを! 燃えるっ燃え――ああああ熱いあつい! だれか――」


 ついに車内にまで火の手が回り、坂城に燃え移った。半狂乱となった坂城が助けを求めて叫ぶ。


「ここから出せ! 出してくれぇ! うわああああ! いやだああ!」


「……俺も嫌だよ」


 足掻く坂城を乗せたまま、激しく燃え盛る車を前に、沈んだ目をしたススムは、そうポツリと呟いた。




 日が暮れて、夜の帳が下りた避難所前の一帯。一部崩れたバリケードと、その正面に広がる広い空間には、アスファルトの抉れた地面と、大破した大型バスや横転した車両の残骸。高速道路の出入り口付近は、黒焦げになった車両で塞がれている。

 今日の戦闘は、夕刻前に終息した。坂城の最期の時、残骸の近くまで戻って来ていた機動戦闘車は、そのまま引き返して何処かへ走り去った。大学病院への突入を試みていたA.N.Tの別動隊も、坂城が倒れた事を知るとこの場を撤退して行った。


 大学病院の屋上から暗い町並みを眺めているススムは、心に残る後味の悪さに一人溜め息を吐く。戦闘が終わって冷静になってから、やり過ぎたと思ったのだ。


(やっぱ激情に駆られて行動しちゃいかんな)


 自分の持つ力が半端では無い分、振るえばその影響力も計り知れない。もっと冷静に動けるように心掛けようと決意する。


(とりあえず、脅威は去った――のかな)


 撤退して行ったA.N.T部隊は、どこに行ったのかは分からない。もしかしたら残党が襲って来る可能性もあるが、坂城のような指導者が居なければ、そうそう厄介な事にはならないんじゃないかとススムは思う。

 ちなみに、篠口はいつの間にかいなくなっていた。


(なんか、防衛に協力してくれたらしいな……)


 篠口に関しては、里羽田院長の病院に運んだ『神衰懐』のメンバーから聞いた限り、中洲地区の避難所崩壊はどうも篠口が指示したわけでは無かったっぽい事が分かっている。

 捕虜の虐待を含めて、篠口は彼なりに、自分の部下がしでかした事は自分の責任として考えていたようだ。

 だから、ススムに避難所崩壊の事を問われた時、その辺りの言い訳をしなかった。


(あいつとも、もう一度ちゃんと話した方がいいのかな)


 以前、篠口と揉めた時の『味方に付かない同族は敵だ、死ね!』は如何にも短絡的で危険人物な言動だが、中二病の延長だったと考えれば、叩き伏せて自分の配下に入れる、というゲームのような感覚だったのかもしれないとも思える。

 割と死が隣り合わせな今の世の中でやられると、シャレにならないのは変わらないが。


 そんな事を取り留めも無く考えていたススムのところに、浅川がやって来た。


「ススム君。今日はお疲れ様」

「浅川さん、お疲れ様です」


 いつかのようにススムの隣に並んだ浅川は、ようやく会議にも一段落ついたと言って伸びをするように手摺にもたれる。事後処理も結構大変そうだ。


「ススム君は、これからどうするの?」

「そうですね……物資も十分みたいだし、武装集団の脅威も落ち着いたし、もう少し様子見てから一度、里羽田院長の病院に戻ろうと思います」


 それから自宅に帰るつもりだと答えるススム。


「ススム君の自宅って、中洲地区の向こうだっけ?」

「ええ、埠頭が見えるところですよ」


「埠頭かぁ、そう言えばしばらく海も見てないなぁ」


 海の向こうは今どうなっているんだろうねと、二人で雑談に興じているところへ、小丹枝がやって来た。


「浅川。ああ、大木も一緒か」

「あら小丹枝君、どうしたの?」


「実は、病院の人員の事でちょっとな」


 今、他のチームも交えて大学病院の防衛に出向いた時の事を話し合っているという。


「大学病院の研究者が一人、行方不明になっているらしいんだ」

「え、なにそれ初耳」


「現場が混乱していたからな」


 事後処理の会議が終わって大学病院に戻った関根院長に、研究者達からの報告があったそうだ。何でも、試作品のアンプル弾の一部と共に、その研究者の私物諸共消えていたらしい。


「まさか、岩倉君が言ってたA.N.Tのスパイとかじゃ無いでしょうね?」

「その可能性も考えているらしい。まあ、今日の戦闘が始まって直ぐ、危ない場面があったからな。単に早目に逃げ出したのかもしれないが」

「それはそれで、微妙よね……」


 大きな問題が片付いた後も、細かい問題やそれに付随した様々な出来事が続いて行く。ススムは、まだまだ立ち止まっていられる時では無いなと顔を上げると、悔恨の憂いを掃って前を向いた。


(あとで由紀ちゃんの様子でも見に行くか)


 浅川達と今後の活動や帰省時期を話し合いながら、ススムは異常適応者としての、これからの生き方を模索するのだった。

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